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第百三十一話


 「私の命が欲しいのなら暗殺などではなく、堂々と狙えば良い。そのためにも私は、このまま暫く玄武隊を率いることにする。昼夜問わず、いつでも、どこでも、挑んでくれば良い」



 有馬から戻ったあかねは、玄武隊隊士の前でそう高らかに言い放った。

 その宣言は朱里だけでなく朧や翁、そして玄武隊で息巻いていた隊士たちの予想を遥かに超え、皆の度肝を抜いていた。


 一拍の沈黙・・・のあと。

 その場にいた隊士たちから野次が飛ぶ。

 「ふざけるなっ!」「馬鹿にしているのかっ!」などなど。

 そのまま放っておけば確実に暴動に発展しそうな勢いに、朱里はアタフタとその場を収めようと声を上げるが・・・それはすぐに掻き消されてしまう。


 そんな状況にあっても。

 あかねは平然と前を見据え、皆の様子を冷静な目で眺めている。

 それどころか。

 見ようによっては薄ら笑いを浮かべているようにも見え、その余裕さに朧も翁も驚きを隠せなかった。


 (神戸へやって・・・・・ひとまわり大きくなったようじゃな)

 (あやつめ、どんな手を使いおったんじゃ??)

 年寄りふたりがそれぞれに思いを巡らせる中。

 怒号は止むことなく飛び交い続ける。


 そんな中。凛とした声が隊士たちに降り注ぐ。


 「お前たちにとって悪い話ではないだろう?私は逃げも隠れもせず、常に皆の目の届く位置にいる。それは。心おきなく私の命を狙えるということ。何も文句などあるまい?それとも・・・・・私を消す自信がない、とでも?」

 挑戦的な眼差しと共に、口の端を上げ笑みを浮かべるあかね。

 当然ながら隊士たちからは更なる野次が飛び交った。


 「ナメんじゃねぇーぞっ!このアマっ!!」

 「テメェーなんぞすぐにでも消してやるっ!!」

 一気に殺気立つ隊士たちだったが、ひとりの男が声を上げたことでその場は一瞬にして静まり返る。


 「面白れぇ。その話、ノッてやろうじゃねぇか」

 「お、おい、タケっ!?」

 その声と共に前に歩み出た男は顎に手をやり、チラリと朧に視線を向ける。


 「この女を消しても・・・・・当然お咎めはナシですよね、朧様?」

 ゆるゆるとした面白がるようなその口調に、朧は目を閉じ深く頷いた。

 「あぁ・・・本人がそう言っておるんでのぉ」


 その言葉を聞き終えると同時に、タケは満足げな笑みを浮かべる。

 「・・・だそうだ。だったら良いんじゃねぇの?逃げも隠れもされねぇ方がこっちも手間が省けて助かるしよ」

 タケのその一言でその場の空気は一変する。


 「じゃが。当然任務は最優先じゃ。内輪もめなんぞで京を守れなんだら、それこそ帝に申し訳が立たん」

 「それはわかっていますよ、翁。これでも一応、公私混同はしない主義なんで」

 ニヤリと不敵な笑みを返すタケに、朱里は背筋が凍るのを感じていた。


 「あかね様、言っておきますが俺は本気ですよ?本気でアンタを殺す。これは隊長の仇討だからな。今さらさっきのはナシなぁんてのはナシですぜ?」

 「もちろん、女に二言はない。その代わり・・・・・長州を甘く見るな?今の奴らはお前たち以上に何をしでかすかわからん」

 余裕の笑みで切り返すあかねの姿に、朱里は頭がクラクラするのを感じていた。


 「フッ・・・長州如きに後れを取る玄武隊じゃねぇ。何しろ俺たちは玄二様に散々しごかれてきたんだからな、そうだろ?オメェーらっ!」

 タケが(あお)ると後ろにひしめいていた隊士たちが「オォーッ!!」と雄叫びに近い声を上げる。


 「それは心強い。では商談成立、だな」

 真っすぐな視線を向けるタケに、あかねも満足そうに頷きチラリと朱里に視線を流す。

 見れば朱里の顔は蒼いを通り越して白くなっていた。


 (朱里にまた怒鳴られるのは明白、か・・・・・けれど今は玄武隊を操縦するが先決。悠長なことをしている場合じゃない・・・・・許せ、朱里)

 そう心で呟きながらも弁解している暇などない。



 その夜。

 あかねの予想通り。

 朱里は顔を真っ赤にしながら、プリプリと怒ってみせた。


 「まったくあなたというお方は一体何を考えておいでなのですっ!?いいえ、言わずとも承知しておりますとも!それが最善策だと仰せなのでしょう!?それでもわたしは怒りますよ!ご自身のお命を顧みないあなたを怒るのが、わたしの役目なのでしょうっ!?」


 予想外だったのは。

 朱里の口調に滲み出ているのは、怒りだけではなかったこと。

 怒りながらもどこか悲しんでいるような。

 責められているはずなのに、どこかそう言いきれない。

 そんな不思議な感覚。

 何かがいつもと違う。

 そんなことをボンヤリ思っていると、朱里が眉間にシワを寄せた。


 「なんですかっ?わたしがこんなにも怒っているというのに、その唖然とした顔は!?」

 「あ、いや、ごめん。思ったより怒っていないみたいだからちょっと拍子抜けした」

 「怒っていない訳ないでしょう!こんなにも怒っているのにっ!!」

 腕をブンブン振り回しながらも、目はやはり怒っていない。


 「いや、なんというか・・・・・今日はいつもより口調が穏やかな気がして・・・なんか調子が狂うというか・・・・・」

 「なにを訳のわからぬことを。わたしは心底怒っているのです!心底、心配しているのですっ!」


 心配。という言葉にあかねは合点がいったように呟く。

 「あぁ・・・そうか。だから・・・・・・」

 (だから悲しそうに見えたのか)


 目が怒っていないのは悲しんでいるから。

 それでも朱里が泣かないのは、泣けないから。

 いや、泣いても仕方ないことを彼女は知っているからだろう。


 「私が殺されるかもしれないから?」

 ポロリと零したあかねの言葉に、朱里はこの日初めて目をつり上げた。

 「違いますっ!!あかね様が隊士なんぞに()られるはずがないことは、このわたしが一番知っていますっ!!」

 「えっ?じゃ、なに・・・?」

 予想外の返答に目をパチクリさせるあかね。


 その様子に朱里の中で何かが弾け飛んだ。

 「わたしが気にしているのは貴女の心ですっ!!こんな風にご自分を悪者に仕立てて、どこまで自分を苦しめれば気が済むんですかっ!?こんなことをしてもっっ」

 思わず言葉を詰まらせ顔を(そむ)ける朱里に、あかねはハッとする。


 詰まらせた言葉の続きなど聞かなくてもわかる。

 『玄二様は喜ばない』だろう。


 「・・・・・・・ごめん、朱里。でも、玄にぃのことで自分を責めているわけじゃないよ?結果的にそう見えたかもしれないけど・・・・・そうじゃない」

 ゆっくり首を横に振るあかねを、今度は朱里が見つめ返した。


 「どういう、意味ですか?」

 「・・・・・・・近々、長州がこの京に攻めてくる・・・それは知っているよね?」

 「はい、西から知らせがあったと。だからあかね様は急遽戻られたのだと・・・・・」

 朱里の言葉にあかねも深く頷く。


 「長州の狙いは会津か薩摩か・・・・・それとも御所か、もしくは帝の御身か・・・・・いずれにしても。今は内輪揉めをしている場合じゃない。皆の力をひとつにまとめる為には、ああでも言わないと無理だと思って・・・・」

 サラリと恐ろしげなことを口にするあかねに、朱里の顔色が変わった。


 「帝の御身っ!?それが(まこと)であれば一大事じゃないですかっ!?」

 「そ、一大事。だから今は誰がどうのと悠長なことを言ってる場合じゃない」

 あっけらかんと言い放つあかねに、朱里は溜め息交じりに呟く。


 「だからって・・・・・」

 「あはっ、やっぱ戦法としては無謀だよね?でも神戸からの帰り道、それしか思いつかなくって」

 「笑いごとじゃないですっ!」

 「あ、ごめん」

 乾いた笑い声を立てるあかねにビシッと釘を刺す朱里。

 朱里の言葉を受け申し訳なさそうに頭を掻くあかねの姿は。

 短くなってしまった髪のせいか、子供の頃とまるで同じに見えた。



 いつもそう。

 大事なことはいつも勝手に決めてしまう。

 それでもその背中を追いかけたいと思うのは、強さと弱さを知っているのが自分だけだと思ってしまうから。

 そこにいつも。自分は誤魔化されてしまうのだ、と朱里は思い出していた。



 「・・・・・でも。これでわたしも遠慮なくあかね様の傍にいることが出来ます」

 「へ?」

 「朧の手となり足となるは朱雀隊隊長の最大の任務。こうなったら玄武隊だろうが、長州だろうが、このわたしが全て打ち払ってやりますよっ!!」

 「それはまた・・・・・なんとも心強いね」

 力強く握りしめられる朱里の(こぶし)を見つめながら、あかねはそれ以上何を言っても無駄だろうと短く息を吐き苦笑いを浮かべていた。



 敵は玄武隊ではなく、長州軍。

 玄二の仇だと言われようと。

 あかねにとっての仇は長州。

 それが明確になった今。

 あかねの心には迷いも恐れもなかった。


 目的はただひとつ。

 玄二の心を崩壊させた長州を壊滅させること。

 そのために必要ならば、この命など惜しくはない。

 長州を潰すことが出来るのなら。

 この命を失ってでも。


 その強い決意は。

 あかねの今後の人生にも大きな影響を与えることになる。

 そして同時に。

 更なる地獄への序章となることを、あかねはまだ知らない。

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