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第百二十九話

 あかねが神戸に行ったことなど知るはずもない、壬生の屯所では。

 池田屋での騒乱以降、残党狩りという名の見廻りが徹底されていた。

 そんな中。

 とある事件が勃発する。



 ことの始まりは6月10日のことだった。

 この日。

 奉行所から「不逞浪士が潜伏している」との情報を受けた近藤は、数名の隊士に加え応援で来ていた会津藩士数名を、東山にある『明保野亭』へと向かわせた。

 事件はこの時、起こる。


 その場に居たのは不逞浪士ではなくれっきとした土佐藩士だったのだが、突然の襲撃に動揺したのか逃げる素振りを見せてしまったのだ。

 これに対し、隊を率いて現場に入っていた武田観柳斎は相手を不逞浪士と断定し「斬れ」と命じてしまう。

 そして。その言葉にいち早く反応したのは・・・・・・幸か不幸か、会津藩士の柴司だったのだ。


 一言で言うなら、同士討ちである。


 これに怒ったのは当然ながら土佐藩である。

 土佐藩士をあろうことか不逞浪士と間違え斬りつけたなど、言語道断。

 まして正式な会津藩士でもない、たかが浪人風情の新撰組が命令を下したなど土佐の面目に関わる恥である!!という具合に、怒りの矛先は当然ながら壬生へと向けられた。

 その噂はあっという間に広がり、壬生周辺では「今日にも土佐が攻めてくる」という噂でもちきり。

 気の早い町民などは荷物をまとめて家を飛び出す・・・・・という有り様で、とにかく大騒ぎになっていた。


 ここまで話が大きくなった以上「人違いでした」では済まされない。

 といって、土佐藩との亀裂をこれ以上深くするわけにもいかない。

 早急になんらかの決断をしなければならない。と近藤たちも切羽詰まっていた。

 要するに。

 命じた張本人である武田の首ひとつで、なんとか事を収めようと考えていたのである。


 そんな矢先。

 土佐藩邸で、斬られた方の麻田という藩士が切腹したのである。


 「踏み込まれた時、動揺し逃げようとしたのは武士にあるまじき行為。よって斬られたのは己の落ち度である。あの時、堂々と名乗りを上げていればこのような事態にはならなかった故、責任は自分にある」


 そう言って、麻田は切腹し果てた。

 その一報を聞いた会津藩士の柴司は

 「ろくに確認もせず刀を抜き、結果的に麻田を死なせてしまった責は自分にある」

 と、こちらも切腹したのである。


 これにより。

 土佐と会津は痛み分けということで決着し、最悪の事態は免れた。

 が。

 それで全てが丸く収まった・・・・・わけではない。



 「早々に武田の野郎が腹斬ってりゃ、こんな後味の悪いことにはならなかったんだ」

 「まぁ、まぁ、トシ。そう言うな。此度のことは不運としか言えまい?」

 武田の失態に怒りを爆発させる土方をなんとか宥めようとする近藤だったが、今回ばかりは取りつく島もないほど土方は荒れていた。


 「不運、だぁ?俺には武田の見識見解の甘さが招いた災い(・・)としか思えねぇぜ?それを罪もない2人が死んでヤツひとりが生き残るたぁ・・・俺には到底納得出来ねぇな」

 元々。武田を良くは思っていない土方が、腹に据え兼ねるのも道理。

 だからと言って。副長として仲間を私情で処断するわけにはいかぬのも、また道理。

 そこは鉄の掟を作った張本人なのでよくわかっている。


 「・・・・・気持ちはわかるがトシ・・・・・ここは(こら)えてくれ。ここで武田さんを死なせりゃ、会津の沙汰を無視することにもなる」

 「わかってる、わかってるさ、んなこと・・・・・だが、俺は今回のことを忘れるつもりはねぇ。ああいう男はいつかまた何かやらかすに決まってる。そん時は・・・・・・・・・・容赦はしねぇ」

 「・・・・・・・・」

 土方の冷酷な横顔に、近藤は言葉を失い押し黙る。


 確かに今回の出来事は不幸・不運が重なった。

 だが、人の命を奪っておきながらそんな一言で片づけるわけにはいかない。

 土方が怒るのも当然。それは近藤自身も同じ気持ちなのだから良くわかる。


 (何事も起こらなければよいが・・・・・なぁ)

 もし次に何かあれば・・・・・・いくら近藤でも武田を庇うことは出来ないだろう。

 だがこの件で武田を死なせれば、会津公の恩情に泥を塗ることになる。

 裏を返せば、この件以外であれば処断出来るということだ。

 恐らく次は。

 容赦なく武田を責め立て、追い詰める。

 それは土方の冷たい視線が物語っていた。



 「やだなぁ、近藤先生まで怖い顔しちゃって。まるで土方さんが2人いるみたいですよぉ?」

 ひょっこりと顔を出した総司は、屈託のない笑みを浮かべたまま部屋に足を踏み入れる。

 「そんな顔で、誰かを消す計画でも立ててたんですかぁ?」

 恐ろしいことをさらりと口にしながらも、総司の言葉に緊張感はない。

 まるで「大福食べますか?」と同じような言葉尻。

 それでも総司の目は何かを察しているように、キラリと光って見える。


 「ははは、総司。何を言い出すかと思えば・・・・・そんなわけないだろう?」

 ふいに近藤は心の中を見透かされたような気がして、それを誤魔化すかのように乾いた笑い声を立てる。

 「ふーん。まぁ、いいですけど・・・2人でコソコソ実行しないで下さいよぉ?わたしが淋しいじゃないですかぁ」

 ヘラヘラと笑みを浮かべながらもチラリと土方に視線を流すと、自然とふたりの視線がぶつかった。


 「淋しいって、お前・・・・・そんな理由かよ?」

 少し棘のある言い方をする土方に、総司はピクリと眉根を上げる。

 「そうですけど、それじゃ理由になりませんか?」

 一瞬にして一色即発の雰囲気を(かも)し出すふたり。

 今日の土方はトコトン虫の居所が悪いらしい。


 「お前が淋しいのは、あかねがいないから。じゃないのか?」

 「お、おい、トシ!?」

 それは禁句だろう!と言わんばかりに焦った表情を見せる近藤。

 だが、近藤の心配を吹き飛ばすかのように総司は笑い声を立てた。


 「あははははっ!やだなぁ、土方さんったら心配してくれてるんですか??」

 「なっ!?ここ、笑い飛ばすとこかっ!?」

 「そ、総司?」


 なぜ総司が腹を抱えて笑っているのか理解出来ず、ポカンと口を開けている土方と。

 総司の気がフレたのではないかとオロオロとしている近藤。

 そんなふたりに向かって、ひとしきり笑い終えた総司はあっけらかんと言い放った。


 「あかねさんがいないのは確かに淋しいですけど、何か事情があって壬生を離れているだけのことですよ?そんなの前にもあったでしょう?」

 「お前、あかねに会ったのかっ!?」

 痛いほどの視線をふたりから浴びせられながらも、総司は静かに首を横に振る。

 「いいえ」


 「だ、だったら・・・・・」

 思わず言葉を濁らせる土方。

 さすがに「死んだかもしれない」などと口には出来ない、いや口にしたくなかったのだろう。

 それを読み取ったかのように総司は真っすぐな視線をふたりに向ける。

 「彼女は生きています」


 「は、ぁ?」

 「なっ!?」

 あまりにも自信有り気な総司の言葉に声にならない声を漏らすふたり。

 その様子に総司はクスリと笑みを浮かべた。


 「生きていますよ、あかねさんは」

 「な、何か有力な情報でも得たのかっ!?」

 「いいえ」

 初めと同じく静かに首を横に振る総司に、土方は苛立ちからか声を荒げた。


 「なら、どうして生きていると言い切れるっ!?あの、池田屋での惨状からはっ!」

 「言いきれます。ハッキリ生きていると」

 土方の強い口調にも動じることなく、総司は視線を真っすぐにしたままで答え続ける。


 「だから、どうして言いきれるっ!?」

 「わかるんです・・・・・わたしには。あかねさんの鼓動がちゃんと聞こえる。生きていると、わたしの心が、わたし自身に訴えかけるんです」

 そう言い放った総司の瞳に優しい色が宿る。

 それはふたりが初めて目にする大人びた表情だった。


 「「・・・・・・・・・・・・・」」

 「信じて貰えないかもしれませんが、わたしの心は未だ空虚感を感じてはいません。もし本当にあかねさんが命を落としているとしたら・・・・・わたしの心にはポッカリ穴が空いてしまっていたはずです。でもそれを感じない。だから彼女は生きている、そう言いきれるのです」


 ハッキリとした口調で一生懸命伝えようとする総司の言葉に、嘘偽りなどないだろう。

 それは近藤にしても、土方にしてもよく理解出来る。

 だが、同時に。

 そんな根拠のない理由だけで「生きている」と信じられることが出来るのか?


 あの夜。確かにあかねはあの場に居た。

 そして総司の倒れていた付近には、誰のものか特定出来ない大量の血が残されていた。

 あかねのものである証拠はないが、あかね以外のものである証拠もない。

 全ては謎のままなのだ。


 思考がグルグルとまわる中。

 ずっと下を向いていた近藤がポツリ、と近藤が呟く。

 「信じ、て・・・・・いいのか?」

 「近藤さん?」


 ゆっくりと頭を上げた近藤の頬に、一筋の涙が流れ落ちる。

 「絶望的だと思っていた中で・・・その言葉・・その言葉だけが・・・唯一の、希望なんだ・・・・・」

 「信じて下さい、先生。あかねさんは生きています、絶対に」

 「そう、かっ・・・・・良かっ・・た」


 総司の胸に頭を預けた近藤は大きく息を吸い込み、安堵したかのようにゆっくりと吐きだす。

 「だからもう・・・・・ご自分を責めたりしないで下さい」

 近藤を包み込むように抱きとめた総司。

 今まで大きく感じていた近藤の身体が、今日は不思議と小さく見える。などとボンヤリ思いながら、自分の言葉を信じてくれた近藤に心から感謝していた。

 (だから先生、大好きですよ)


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