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第百二十七話

 玄二の葬儀を無事終えて3日後。

 あかねは神戸へと出立し、朱里は一抹の不安を抱きながらもその背中を見送りながら昨夜のことを思い返していた。



 それは。

 任務報告のために立ち寄った里でのこと。

 単身あかねを神戸に出向かせる危険性を、朧と翁に直訴していた時のことだった。


 朱雀隊の隊長として御所から離れるわけにはいかない。

 それは百も承知だ。

 だが何故、ひとりで行かせるのか?

 朱里は抑えきれない怒りを爆発させるかのように、一気に()くし立てていた。


 「何故、供のひとりもお付けになろうとはなさらないのですかっ!今のあかね様をひとり行かせるなど危険過ぎますっ!もし何かあればどうなさるのですかっ!?」

 「・・・お主は昔からあかねのこととなるとムキになるのぉ・・・報告に来たのではなかったのか?」

 ちらり。と視線を流しながらも顔色ひとつ変えない朧に、朱里はギュッと唇を噛み締め切り返す。


 「御所に変わりは御座いませんっ!!変事あらばわたしがここに来ることは出来ませぬ。そのようなこと、言わずともおわかりのはずでしょう??」

 「おぉ、おぉ。今日は荒れておるのぉ。そんなにもあかねが信用出来ぬか?」

 「信用出来ぬのではなく、心配しているのですっっ!!」

 まるで湯が沸くかのように顔を真っ赤にさせて怒る朱里に、朧はふんっと鼻を鳴らした。


 「此度のことであかねが参っているのはわかっておる。じゃが、任務は任務。お主も隊長という立場にあるなら、わかっておるはずじゃろ?それに行くと決めたは、あかね自身。それを止める必要がどこにある?」

 「あ、あなたという人はっ!どこまであかね様を苦しめるおつもりなのですかっ!?」

 「苦しめる、じゃと?」

 それまで余裕有り気な様子で答えていた朧の表情が、一瞬強張った。

 その表情に気づきながらも、既に引き下がることの出来ない朱里は、強い口調を緩めることなく言葉を続ける。


 「はい。どれほどあかね様が今回のことで傷ついていらっしゃるか・・・なぜ理解しようとなさらないのですかっ!!このような時に任務などっ」

 キッと睨みつける朱里に、それまで黙って聞いていた翁が長い長い溜め息を吐いた。


 「朱里。そなた、あかねがこのままで良いと思っていると思うか?」

 「は?・・・どういう、意味ですか?」

 「いつまでも玄二の死を悼み、前にも進めず、立ち止ったままで良いと・・・あかねがそう考えていると思うのか?」

 「・・・・・それは・・・しかしっ!今暫くは・・・」

 言葉を濁らせる朱里に、翁は静かな口調のまま諭すように話しを続ける。


 「恐らくは・・・・・・誰も今のあかねの心は救えぬ。あかね自身が這い上がって来ねばならぬ。それはあかね自身がよく判っていること・・・・・だからこそ。ひとりで行える任務を与えてくれと、申し出てきたのじゃろう」

 「え・・・?今、なん、と?」

 驚いたように目を丸くし、言葉を途切らせる朱里に翁は明らかに「しまった」という表情をみせる。


 「余計なことを言いおって・・・全く困ったジジイじゃ」

 「いや、済まん。つい・・・」

 「ど、どういうこと、ですか!?」

 口を(つぐ)む翁を食入る様に見つめる朱里。

 その様子に朧は「仕方ない」とでも言うように短く息を吐いた。


 「そこのジジィの言った通りじゃ。今回のことはあかねの希望じゃった。お主にこれ以上心配をかける訳にはいかぬと申してのぉ・・・・・わしらも良い機会じゃから息抜きがてらと思うたんじゃ」

 「しかし、息抜きがてら行くような任務ではないでしょう!?操練所には疑わしい点が」

 「いや、まぁ、そうなのじゃが・・・・・肝心の勝殿も今は不在。塾頭の坂本とかいう男も幸か不幸か神戸にはおらぬ。つまり・・・行ったところで何も出来ぬのじゃ。これは神戸からの知らせ故、間違いはない。じゃからわしらも安心して行かせたのじゃ・・・・・さすがにあかねを失う訳にはいかぬからのぉ」

 囲炉裏に炭を足しながら答える朧の表情はどこか寂しげだ。


 「そ、れじゃ・・・・・」

 「そう。此度は偵察という名の旅じゃ。お主が心配することはない。きっと半月もせぬ内に戻るであろう。それに神戸には信頼出来る者もおる・・・何も、心配はいらぬ」

 「・・・・・・・・・・そ、れでも。・・・・・・・・それでも、わたしはっ!おひとりで行かせることに納得しかねますっ!!」

 それだけを言い残し、朱里は邸を飛び出した。


 あかね自身が望んで自分から離れて行くことが寂しい。

 こんな時にまで人のことを気にかけているあかねがもどかしい。

 なにより。

 何も出来ずにいる己自身が情けない。

 そして結局止めることが出来ない事実が・・・・・・歯痒い。




 朱里が飛び出したあと。

 部屋に残された朧と翁は、囲炉裏を囲み背中を丸めてチラチラと揺れる炎を眺めていた。


 「・・・・・・やれやれ。とんだ悪者扱いじゃの」

 肩を(すく)めて苦笑いを浮かべる翁に、朧は力なく笑う。

 「ははは。仕方なかろう?・・・・・・何しろ、こうなることがわかっていながら・・・・・あかねに玄二を殺させたんじゃから、な」


 思い返せば一年前の夏。

 裏切り者の公卿たちに付き従い長州に流れた玄二に向け送り込んだ刺客たちが(ふみ)を持ち帰ったのは、その年の秋だった。


 そこには裏切り者である自分を、このまま裏切り者としてあかねに処断させるべし。と綴られていた。

 それは玄二の最期の願い。

 と、同時に。

 それはあかねにとって。

 もっとも過酷な任務になることを意味していた。


 朧も翁も数ヶ月間に渡ってなんとか最悪の事態を回避する方法を考えた。

 玄二を死なせずに済む方法。それは同時にあかねの心を守る方法でもあった。

 だが。

 結果は変わらなかった。

 どんなに手を回し玄二を里に連れ戻そうと思っても、それが叶うことはなかった。

 そこには玄二の確固たる決意が立ちはだかり、どう足掻いてみても崩すことは出来なかった。

 それほどに、玄二の心は揺らぐことなく決まってしまっていたのだ。



 『もはやこの世に未練はない』

 そう突き付けるかのように、玄二は死を選んだ。

 長州の地で、長州者に囲まれ、どんな現実を見たのか。

 今となっては何もわからない。

 ただ、玄二の覚悟だけは痛いほどに伝わってきた。

 


 ならば。

 もはや自分たちがしてやれることはただひとつ。

 命を懸けた玄二の願いを叶え、あかねを立派な長にすることだけだ。

 たとえ誰に恨まれ蔑まれたとしても。

 その道しか残ってはいない。



 「わしらも年だけは無駄にくったが・・・・・まだまだじゃのぉ」

 「ほんに・・・・・手塩にかけて育てた我が子ひとり守れぬとは、情けない」

 「のぉ、ばぁさん。わしはこの先何があっても子らを守る・・・・・・もう、親より先に死なれるのは沢山じゃ」


 揺れる炎の中に見えたものは・・・・・哀しい現実。

 そして。


 「思えば・・・・・・わしらは長く生き過ぎたのぉ。先立つ子らを何人、見送ったじゃろう」

 「・・・・・・・・・そうじゃな・・・・・敵地で命を落とした者も多い故、死に顔を見れた者は数少ない。戦乱の世に比べれば、恵まれているなどと言い聞かせたとしても・・・・・やはりやり切れぬものじゃな」


 流した血は決してムダには出来ない。


 「なぁ、ばぁさん・・・・・・忍びなどがおる内は、本当の意味での平和とは言えぬ・・・のかもしれんな。我らは結局戦乱の道具にしかならぬ」

 「なんじゃ、じぃさんにしては珍しく的を得たことを言うではないか」

 「珍しく、は余計じゃ」


 この輪廻の輪を断ち切るためにも。


 「・・・・・・じゃが、わしはそんなところが気に入っておる」

 「は?」

 「わしもちょうどウンザリしていたところじゃ。この世の取り繕われた(・・・・・・)平和には。誰かが実権を握れば、誰かが(ねた)みその足元を崩そうと躍起(やっき)になる・・・・・・歴史とはその積み重ねでしかない。権力を握る者が変わろうと、下々の生活が変わることはなく・・・・・・また我らの力も求める声も変わらぬ。この堂々巡りは一体いつまで続くのじゃろうな」


 終わらせなければ、ならない。


 「ばぁさん・・・・・・・」

 「本音を言えば・・・・・もう、終わらせてしまいたい・・・・・こんな哀しいことは。まぁ、無理じゃろうがな」


 きっと。

 次代を担う者たちが、血を流さずに済むように。


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