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第百二十三話

 池田屋での騒乱から3日。

 少し落ち着きを取り戻しはじめていた新撰組の屯所に、新たな騒乱が巻き起こっていた。


 と、言っても。

 血生臭い話しではない。



 「なぁぁにぃぃ!?」

 「へ、へ、平助んとこに女が訪ねて来ただぁっ!?」

 目を剥いて叫んだのは・・・・・永倉と原田、である。


 「んで!?今どこにっ?」

 「び、美人かっ!?」

 同時に問うふたりに、知らせに来た隊士はたじろぐ。


 「い、今は藤堂先生のお部屋ですっ!美人ですっ!」

 隊士の答えを聞くや否やふたりは、脱兎の如く一目散に藤堂の部屋へと向かっていた。



 一方。

 池田屋で倒れて以来、隊務から外されていた総司は退屈そうな表情を浮かべながら自室で寝転がっていた。


 (もうどこもなんともないって言ってるのに・・・・・)

 そう(ふく)れてはみるが。

 当然ながら誰もいない部屋では虚しいだけだ。


 今までなら隣にある近藤の部屋から誰かしらの声がしたのだが、総司に気を使ってかここ3日物音ひとつしない。

 部屋の主である近藤でさえ、執務を自室ではせず土方の部屋で行なっているらしいのだ。


 (あぁ!もうっ!やっぱり明日から隊務に加えて貰おうっ!!こんなに寝てばかりじゃ身体が鈍って余計におかしくなりそうだ)

 そう思い総司が起き上がったのと、部屋の襖が開けられたのはほぼ(・・)同時だった。


 「おや、沖田さん。もう起きて大丈夫なのですか?」

 「斉藤さぁん!お帰りなさぁい」

 隊務から戻ったばかりの斎藤は、総司からの熱烈歓迎ぶりに一瞬たじろぎながらも平静を装う。


 「あ、あぁ、ただいま・・・・・で?」

 まるで子犬が尻尾を振るかのような総司の嬉しそうな顔を見ながらも、斎藤は顔色を変えることなく「暑い」とばかりに襟元を緩めながらもう一度、体調を問う。


 「もうどこも大丈夫ですよぉ。なのに先生が寝てろって」

 「そりゃ、心配するのは無理ないでしょう。なにしろ原因不明なんですし」

 「それ、なんですけどねぇ。ひとつ思い当たることがあって・・・・・」

 視線を泳がせ呟いた総司の言葉に、斎藤の表情が曇る。


 「ん?なんですか?」

 「絶対内緒にしてくれます?」

 「は?・・・・・まぁ、そうしろと言うなら」

 眉を(しか)める総司の様子に、銀三は表情を固くしながら頷く。


 「たぶん・・・・・なんですけどぉ。最後に対峙した人から貰った水が原因だと、思うんですよね」

 「水?」

 まったく話しが読めない銀三が目をパチパチさせながら聞き返す。


 「えぇ。刀を交える前に一息入れよう・・・みたいなこと言われて竹筒を渡されたんですけど」

 「・・・・・まさか・・・それを、飲んだんじゃ」

 「あはっ。さすが斉藤さん、よくわかりましたねぇ」

 悪びれることなくサラリと肯定した総司に、斎藤の口調に怒気がこもる。


 「わかりましたねぇ・・・じゃ、ないですよ沖田さんっ!!敵から貰ったもん口に入れるなんて、何を考えてるんですかっ!?あなたって人はっ!!」

 「だってぇ。わたしに渡す前に、その人も飲んだんですよ?まさかそこに何かが仕込んであるなんて思わないでしょう??」

 「!!」

 総司の言葉に銀三の表情が凍りつく。

 それに気づかぬまま、総司は話しを続けていた。


 「でも不思議ですよねぇ。その人が飲んで何ともなかったのに、わたしだけ倒れるなんて」

 「その男も・・・飲んだ、んですか?」

 「えぇ。そりゃもうグビグビと」

 自信満々にハッキリと答えた総司に、銀三は短く息を吐き小さく首を振る。


 「・・・・・悪いことは言いませんから、次からは飲まないで下さいよ?今回はたまたま無事だったってだけのことなんですから」

 「えぇ、そうですよね。以後気をつけますよ。眠り薬を飲んだだけでこんなに隊務から外されちゃかないませんかなねぇ」

 もっともらしく腕組みをして頷いてみせる総司に、銀三は聞き返した。


 「眠り薬?」

 「えぇ、たぶん・・・・・飲んだ直後に強烈な睡魔が襲ってきたので」

 「・・・・・本当に、命拾いしましたね」

 呆れた表情と共に思わず漏れ出た銀三の言葉を受け、総司はカラカラと笑う。


 「あはっ。やっぱ、そう思います?・・・・・そういえば、その人・・・・・不思議とあかねさんと同じ匂いがしたんですよねぇ」

 「え?」

 「というより、斉藤さんに似ていたのかなぁ?・・・・・気配が」

 にっこりと満面の笑みを浮かべる総司に、銀三は言葉を失っていた。


 (この男はやはり勘付いている・・・・・俺とあかねの関係・・・・・いや、俺の正体に)

 だからといって糾弾するわけでも、追放するわけでもない。

 その事実を自分の胸ひとつに留めておくつもりなのだろう。

 それは。恐らくあかねのため・・・・・・。


 銀三が黙り込むのを見て、総司は更に言葉を続けた。

 「そういえば、あかねさんは元気でしたか?」

 これまた悪びれることもなく、にこにこと笑みを浮かべ問う総司。

 その表情に銀三は思わず「真実を話してしまおうか」という衝動に駆られながらも、なんとか踏みとどまった。


 真実は時として残酷である。

 それは銀三自身、痛感していること。

 知ればきっと総司も傷つく。あかねの苦しみを自分の苦しみとして。

 知らぬ方が幸せなことも、世の中にはある。


 「はっ!?わ、わたしが知るわけないでしょう!?副長の話しに寄れば近江に行ってるとかじゃありませんでしたっけっ??」

 半ば投げやりに答える銀三に、総司はポンッと手を打った。


 「あぁ、そうでしたっけ?なんだ、斉藤さんなら知ってるかと思ってたんですが・・・どうやら勘違いだったようですねぇ」

 「勘で言わんで下さいよっ!大体、どっから出てくるんですかっ。その勘違い(・・・)はっ!?」


 「あはは。まぁ、寝言か独り言だと思って聞き流して下さいよぉ。なんとなく、なんですから」

 「で?その勘は彼女の無事を知らせているんですか?」

 「え?えぇ。もちろんです!」

 キッパリと言い切る総司の姿に、銀三は何故だか笑えてきた。


 「ははっ。ほんっとに不思議な人ですよ、あなたは」

 「??」

 「なるほど、だから落ち着いているわけだ」

 その言葉の意味を理解したのか、総司は大きく頷く。


 「ほんと、不思議なんですけどねぇ・・・・・でも、わかるんですよ。こうして離れていても、彼女が無事だってこと。生きてるってこと。元気だってこと・・・・・今はそれがわかれば充分ですよ」

 「沖田さん・・・・・」

 「まぁ、欲を言えば会いたいですけどね」

 少し寂しそうに笑う総司を見て、銀三の胸の奥がチクリと痛む。


 それを察したのか、総司はすぐに話題を変えた。

 「そうだ、斉藤さん。外の様子、どうでしたか?」

 「あ、あぁ。いや、これといって・・・・・あっ!そう言えば、向こうの屯所は騒がしかったですよ?なんでも藤堂さんの元に女が訪ねて来たとかで」

 「えっ!?どうして早く言ってくれないんですか?そんな面白そうな話しっ」

 と、言いながら総司は縁側から庭に駆け下りそのまま走り去る。


 「ほんと、どこも何ともないようだな」

 呆れ笑いを浮かべながらも、その後ろ姿を見送る銀三の表情はどこか吹っ切れているようにも見えた。


 総司が対峙した相手は・・・・・間違いなく玄二だ。

 いつもの彼なら毒を仕込んでいただろう水は、今回に限って毒ではなかった。

 恐らく。初めから総司はあかねを呼び寄せるための餌。

 命を奪うつもりはなかったのだろう。


 総司は「相手も口にしたから大丈夫だ」と思ったらしいが。

 自分たちは幼い頃から毒を飲み身体に耐性を作っているから、少々のものでは効かない。

 要するに。

 殺すつもりがあれば、眠り薬でなく毒を入れておいても良かったのだ。

 玄二がそうしなかったのは・・・・・きっとあかねを想ってのこと。

 初めから、殺す(・・)のは自分ひとりと決めていたから。


 銀三はこの時改めて思い知った。

 玄二のあかねに対する愛情の深さや、想いの形を。

 逆立ちしても今の自分には真似はできない。

 

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