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第百二十話

 銀三の知らせを受け、総司の部屋に飛び込んだ土方は少し息を切らしながら総司の姿を目に止める。


 「総司!大丈夫かっ!?」

 「あ・・・・土方さん」

 布団の中に座ったまま茶を(すす)っていた総司だったが。

 勢いよく入ってきた土方と戸口に立つ近藤・山南の顔を見比べ、申し訳なさそうに頭を掻いた。


 「どこか痛むところは!?」

 「いえ、どこも何ともないみたいで・・・・・迷惑かけてすみません」

 情けないとでも言うかのような笑みを浮かべる総司に、土方も安堵したのか枕元でへたり込むかのように座る。


 「そ、そうか。なら、良かった」

 「あのぉ、池田屋の方は?」

 「あぁ。安心しろ。全てうまくいった」

 「そうですかぁ。良かったぁ・・・・・」

 しみじみと呟く総司に、土方は呆れたように笑う。


 「それはこっちの台詞だ。倒れてるお前を見つけたとき、正直死んでると思ったぞ?」

 「ははは。それはすみません・・・・・そういえば・・・・・」

 「ん?なんだ?」

 「倒れる直前・・・・・誰かと対峙していたような気が・・・・・」

 「え?」

 口元に手をやりながら考え込む仕草を見せる総司に、3人の視線が注がれる。


 「とても強そうな方で・・・・・アレ?何故(なにゆえ)わたしは無傷なんでしょう??」

 真面目な顔で的外れなことを聞く総司に、土方は思わずコケそうになる。

 「知るかっ!んなことっ」

 鼻息を荒くする土方をそのままに、更に総司は呟いた。


 「それに・・・・・・薄れる意識の中で・・・・・なんとなく、あかねさんの声がしたような・・・・・?」

 「な、に!?」

 あかねの名が出た途端。

 部屋の空気が一瞬だけ変わった。


 「そういえば、あかねさんは?」

 「っ・・・・・あぁ、今ちょっと用事で出てる」

 「そうですかぁ。ならあとでゆっくり聞いてみますね」

 「あ、あぁ。そうだな・・・・・それより、だ。原因不明とはいえ倒れたことは事実なんだぞ?お前はゆっくり休んでろ」


 「えぇー?どうしたんです土方さん。いつもと違ってそんな優しい言葉・・・・・・もしかして変なモンでも拾い食いしたんじゃ!?」

 「減らず口きいてねぇで寝やがれっ、クソガキっ」

 「あはは。やっぱりいつもの土方さんだぁ」

 無邪気に笑う総司に「あかねが戻ってない」などとは誰も言えなかった。


 だが。

 聞かなかったからといって、総司が何も気づかなかったわけではない。

 一瞬だけ凍りついてしまった空気に、聞けなかった(・・・・・・)だけだ。


 部屋を訪ねてきた近藤たちが出て行ったあと。

 総司にしては珍しく難しい表情を浮かべ、ジッと何かを考え込む。



 きっと。

 自分が聞いた声は、あかねのものだったのだろう。

 あの場所に彼女はいたのだ。

 それが今は、いない。


 これが何を示しているのか。

 ハッキリしたことはわからない。

 ただ。

 今、あかねがいない事実があるだけだ。


 だが不思議と総司の心は落ち着いていた。

 いつもなら取り乱し、大騒ぎするはずなのだが今回は違う。

 理由はわからない。

 だが、確信はあった。


 『あかねは生きている』と。


 言うなれば、ただの勘でしかない。

 それでも総司には充分すぎる保証だった。

 自分の勘がそう告げているのなら・・・・・あかねは無事だ。


 だが・・・・・何故自分は無傷なのだろう?

 あの時。

 確かに刀を向け合っていた相手がいたはずなのに・・・・・。


 そう思い返すと総司はゆっくり瞼を閉じる。

 曖昧になっている記憶の糸を手繰り寄せながら。



 ―前日―


 「あんたが沖田総司か・・・・・噂通り、いや噂以上に強い、な」

 そう言って立ちはだかるひとりの男。

 この部屋で息があるのは、既にこの男ひとりだけだった。


 「たったひとりでこの人数を片付けるとは・・・・・狼の名も伊達ではないらしい」

 押し殺したような笑い声を立てる男に総司は険呑な視線を向ける。

 「そういう貴方も、なかなか強そうですが?」


 「ふっ・・・確かに。ここで死んでる奴らに比べりゃ、マシだろうよ?」

 「なかなか言いますねぇ。さすが、お仲間が斬られているのをずっと隅で見ていらしただけのことはある」

 「そりゃ、どうも」

 明らかにこの現状を楽しんでいるかのようなその男に、総司は微かに笑みを漏らす。


 「ひとつ言っておくが・・・・・仲間だなんて思ってねぇぜ、俺は。こいつらがどう思ってたかは知らんが」

 「・・・は?仲間じゃないならどうしてこんなところにいるんです?」

 怪訝な顔をする総司に、今度は玄二が笑う。


 「そりゃ、いい質問だな。だが説明するのは面倒だ」

 「そんな投げやりな」

 「はは。そう言うな。話せば長くなる・・・・・ただ、俺はそっち側(・・・・)の人間だってことさ」

 (あご)をしゃくり言い放つ玄二に、総司は不思議そうな表情を浮かべていた。


 「益々わかりませんよ。そんな説明じゃ」

 「だろうな」

 フフン。と鼻を鳴らした玄二の表情は変わらず楽しそうで、総司は唇を尖らせる。


 「なんか馬鹿にされた気がするんですけど??」

 「そんなつもりはねぇぜ?俺はあんたの意見に同意しただけだ」

 さらり。と答えながら辺りをキョロキョロと見回す玄二に、総司は額をポリポリと掻きながら答えを返す。


 「うーん。なんだかうまく丸め込まれた気もしますが・・・・・まぁいいでしょう。大体、この状況でそんな言葉が出るなんて・・・・・かなり場数を踏んでいるか、自分の腕に相当な自信があるのか・・・・・どちらにしてもこれ以上の言葉は必要ないでしょう?刀を抜いて下さいよ」

 自分の間合い分だけ距離を縮めた総司に、玄二はチラッとだけ視線を流す。


 「まぁ、待てよ。俺は久しぶりに強そうな相手と出くわして心底楽しんでるんだぜ?せめて茶の一杯分ぐれぇ付き合ってくれよ?」

 「はぁっ!?」

 手にしていた刀を構えようとしていた総司が素っ頓狂な声を上げ、目を丸くする。


 「おっと、茶はねぇのか・・・・・仕方ねぇ、水で我慢するか・・・・・あんたも水でいいよな?」

 勝手に話しを進める玄二は自分の腰にぶら下げていた竹筒を取り上げ、グイッと一口飲む。


 「いや、あの?本気で()り合う気、あるんですか?」

 「当然だ。だが、あんたはずっと刀振り回してたんだし、ここらでちょっと一息ついてもいいだろう?ほら」

 そう言って投げ渡された竹筒を受け取りながら、総司は思わず吹き出していた。


 「あはは。どこのどなたか知りませんが、面白い方ですね。緊張感のカケラもない」

 「本物ってぇのはいつも余裕を見せるもんだ。だろ?」

 「ふふ、勉強になりますねぇ」

 それまでずっと動きっぱなしだった総司は、疑うことも迷うこともなくそれを一気に飲み干す。


 「はぁー。ちょうど喉が渇いていたんですよ、助かりました」

 「敵から受け取ったもんを何の躊躇(ちゅうちょ)もなく飲み干すたぁ、あんたもなかなか大物だな。毒でも入ってたらどぉすんだ?」

 「えっ・・・?」

 思わずポロリと竹筒を落とす総司を見て、その男は大笑いした。


 「なんだ考えなしだったのか?こいつは面白れぇ。ははははっ!心配せずとも毒なんか入っちゃいねぇさ、俺が飲んだの見てただろう?素直な男だな、あんたも」

 「はぁー、脅かさないで下さいよ。まったく・・・・・ん?あんたも?」

 安堵の声を漏らしながらも落とした竹筒を拾い上げると、総司は玄二に投げ返す。


 「いや、あんたによく似た素直な奴が知り合いにいてな・・・・・もっとも、そいつは女だが」

 「大切な人、のようですね?」

 「はぁ?なんでだ?」

 思いがけない総司の言葉に、玄二は眉を(しか)める。


 「いえ。その方のことを口にしたときの貴方の顔が優しかったので」

 「ほぉ・・・・・なかなか鋭いことを言う」

 「わたしにも大切に思う人がいるので、わかるんですよ」

 ふわり。と笑む総司に、玄二も口元を緩めた。


 「なるほど・・・・・その女も幸せだな」

 「さぁ、どうでしょうねぇ?・・・・・少なくともわたしは幸せですけど」

 「言うじゃねぇか。益々気に入ったぜ、あんたのこと」

 「それは光栄ですね・・・・・さぁ、そろそろ決着(カタ)つけましょうか?」


 そう言って刀を握りなおした総司だったが。

 ふいに視界が揺れた。


 (・・・・・えっ?)

 倒れまいと必死に足を踏ん張ってはみるが、既に身体は思うように動かない。

 それどころか猛烈な睡魔に襲われる。


 身体中の力が抜け落ち、グラリ。と傾く。

 と、同時に意識が遠のいていくのを感じた。


 「すまねぇな。俺を止めるのはあんたじゃねぇ、アイツなんだ・・・・・」

 薄れる意識の中でその男の悲しそうな呟きが聞こえた気がした。


 「けど・・・最期にアンタと話せて良かったぜ?・・・を頼む・・・・」

 総司が見たその男の最後の姿。

 悲しげな笑みの中に一瞬だけ幸せそうな表情が交じる。


 自分の意思とは関係なく、総司の身体が床に倒れこんだ瞬間。



 「兄さまっっ!!」



 (あ、かね・・・・・さ、ん・・・?)

 この場にあるはずのない声を聞きながら、総司は意識を手放す。


 その男の言った「アイツ」とあかねの姿が重なるのを感じながら。

 「あかねを頼む」と言ったその男の声が何度も脳裏を駆け巡るのを感じながら。

 深い眠りへと堕ちていった。

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