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第百十三話

 宵五ツ半

 祇園会所


 出陣を決意してからの会所内の動きは目を(みは)るほど早く、下がりかけていた隊士たちの士気は一瞬にして上がった。


 「皆、よく聞いてくれ!我ら新撰組は今から尊攘を(うた)う不逞浪士どもを止めるために出陣する!天子様のおわすこの京を守り、天子様の御身をお守りすること、それが我々の使命であるっ!我らの掲げる『誠』に誓って、皆大いに励んでくれっっ!!」


 近藤のよく通る声が会所の中に響き渡り、それに応えるように隊士たちの声が揃う。

 「「「「「おぉっっ!!」」」」」


 隊士たちの頼もしい姿を見渡した近藤は、強い眼差しのまま言葉を続ける。

 「今から呼ばれた者はわたしと共に来てくれ。総司!永倉!藤堂!それから・・・・・・武田さん、浅野、安藤、新田、奥沢、最後に・・・・・」

 名を呼ばれた者たちが次々に返事をする中、近藤の視線が谷万太郎を捕らえる。


 「万太郎さんも一緒に来て下さい」

 「は、はい!!」

 名を呼ばれるとは思っていなかったのか、万太郎は言葉を詰らせながらも誰よりも大きな声を上げた。



 「残りは全員トシに預ける」

 「お、おいっ。局長のあんたがそんな少人数でいいのかっ!?」

 「その代わり。こっちは木屋町界隈を北上、そっちには祇園界隈を受け持って貰う。探索範囲の大きさから人数を振り分けたつもりだから問題ないだろう?」

 「あ、あぁ、まぁ、そうだな・・・・・」


 近藤の言うことはもっともで、祇園と木屋町では範囲だけでも2倍は違う。

 そういう部分では(・・・・)確かに差はない。

 だが、大将である近藤が自分たちと同等である必要もないのだ。


 土方にしてみれば近藤の命を守るためにも、人員を割きたいところだが。

 そんな提案を聞き入れるような相手ではない。

 昔から言い出したら聞かない性格なのだ。

 それに一刻をも争う状況の今、論議をしている場合ではない。


 それ以上の反論を見せない土方に向かって、ニッと白い歯を見せた近藤は目で「ありがとう」と告げていた。



 「よし、では・・・・・・」

 そう言って近藤が原田に目配せすると、原田はおもむろに大八車に掛けられたままになっていた布を取り払った。


 そこにのせられていたのは、今は『目立つ』という理由で着用禁止となった隊服。

 後の世にも有名となった、浅黄色のダンダラ羽織が並んでいた。


 その瞬間。

 驚きにも似た歓声が沸き起こる。


 「今夜は全員、隊服を着て貰う。暗闇での戦闘になるため相打ちを避ける意味もあるが・・・・・・この隊服を作った芹沢局長に敬意を表すると共に、初心に立ち戻りそれぞれの胸に抱く『誠』に恥じぬ戦いをしてくれっ!!志し半ば命を落とした者たちのためにも、今宵は必ず勝つっ!!」


 「「「「「「「「「おぉっっっ!!!」」」」」」」」」


 「そして。生きて、再び会おうっ!!」


 「「「「「「「「「おぉぉっっっ!!!」」」」」」」」」



 その数分後。

 ダンダラを翻し、次々と会所を飛び出していく新撰組。

 その勇ましい姿を屋根の上から見ていたあかねもまた、夜の闇に姿を消した。




 その同じ頃。

 集会場所である『池田屋』に入った桂小五郎は、まだ誰も到着していないことを知り、約束の時間を聞き間違えたのだろうと思い直した桂は、先に対馬藩邸での用事を済ませようと店を後にしていた。


 実はこの時。

 桂は約束の時間を間違えたわけではなかった。

 桂の説得に応じる気のなかった一部の者たちによって、嘘の時刻を伝えられていたのだ。


 桂が池田屋を出て一刻ほど後。

 計画を実行に移すことだけを考えていた者たちが集まり始める。


 もし桂がその場に姿を見せれば・・・・・・その時は容赦なく斬り捨ててでも計画を実行しようと息巻くものたちばかりが。


 この暴挙が彼らの命取りとなり、桂にとっては命拾いとなるのだが。

 そこに集結したものたちはこの時、夢にも思わなかったことだろう。




 祇園会所を出てから一刻ほど経った、同じ頃。

 木屋町界隈にある旅籠や料亭を(しらみ)潰しに探索していた近藤たち10名は、未だ根城を見つけることが出来ず焦り始めていた。


 「見つかりませんねぇ」

 近藤の一歩前を行く総司がポロリと零した言葉に、永倉が小さく頷く。

 「あ、あぁ・・・・・・まさかこちらの動きを察して既に逃げた、とか?」

 遠くに祇園囃子を聞きながら、人通りのない路地を進む近藤たちの表情には疲労の色が浮かんでいる。


 夜になっても下がらない気温。

 緊張状態のせいで上がり続ける体温。

 そして、焦り。

 そのどれもが絡み合い、近藤たちの疲労を増幅させていた。



 「いや、まだ数軒残っている。まだ気を抜くんじゃないぞ?」

 下がりそうになる士気をなんとか高めようとする近藤。

 その言葉に武田が大きく頷いた。


 「局長の仰る通りです!あのような大それた計画を立てるような馬鹿どもが、こちらの動きを察知するとは思えません!きっと残りのどこかに潜んでいるはずですっ!」

 何の根拠もない武田の言葉に、近藤は思わず吹き出す。


 「ははっ。武田さんの言うとおりだ。きっと奴らはいる。何より我らには勝利の女神がついているんだ、そうだろ?」

 にこり。と笑った近藤に永倉が応える。


 「おぉ、そうだった。なぁ、総司?」

 「あはっ、そうですねぇ〜。あかねさんに笑顔で迎えて貰うためにも頑張らないとっ」

 口々にあかねの名を口にする近藤たちに、武田は不満そうな表情を浮かべ唇を尖らせる。


 「あんな小娘に何が出来るとっ!?まったく、皆してあの女に騙されて・・・・・・」

 ブツブツとぼやく武田。

 唯一、その呟きを耳にした万太郎は込み上げる笑いを噛み締めていた。

 (女子(おなご)相手に大人げない・・・・・・)


 その場の空気が一瞬和んだのも束の間。

 先頭を歩いていた総司が三条通りに差し掛かったところで突然歩みを止めた。


 「シッ!」

 「!!」

 総司が口元に指を当てる仕草をすると、その場の全員が反射的に壁へと張り付く。


 「先生、あそこ」

 「灯り?」

 「・・・それに、2階に動く影が」


 総司が指し示すとおり、その旅籠の玄関先には灯りがともり小さく揺れている。

 まるで誰かに『ここだ』と言うかのように。

 そして2階に視線を移すと、確かに動く影が確認出来る。


 (ここかっ!)

 口に出さなくても、その場に居合わせた者すべてが同じことを思った。

 ゴクリ。と誰かが喉を鳴らすと、更に緊張感が高まる。


 「浅野くん。君は確か、足に自信があったよな?悪いがトシに知らせてきてくれ」

 「は、はいっ!」

 「万太郎さんと新田くん奥沢くんは裏手にまわって逃げようとする者を、残りはわたしについて来い」

 「「「承知っ!」」」


 一瞬にして的確な指示を飛ばし、浅野や万太郎たちが持ち場に向かうと残った6人でジリジリとその旅籠へ近づく。


 「池田屋・・・・・・たしか長州贔屓だと言われていたっけ。まぁ、長州藩邸が近いなら当然かもなぁ」

 「意外に落ち着いてますね、(ぱち)さん」

 「意外、は余計だ。ったく、俺はやる時はやる男なんだよ」

 ボソボソと言葉を交わす永倉と藤堂の後ろで、武田が「あっ」と声を漏らす。


 「どうした?」

 「あ、あれ。あそこっ!」

 武田が指差す方向に目を凝らしてみると、暗闇の中に鉄砲と槍が立て掛けてあるのが見えた。


 「武田さんはアレの処置を。玄関先に安藤くんを残して行きますから、彼と共に逃げ出す奴の処置と後からくる別働隊の誘導をお願いします」

 近藤が見つけたばかりの武器に視線を流すと、武田は強く頷いてみせる。

 「承知しました」


 「よし、残りの3人はわたしと共に中に踏み込む」

 「「承知」」

 「よし来た!」

 やっと出番が来た!とでも言わんばかりに鼻息を荒くする永倉。


 (山南さん。行きますよっ!)

 近藤は腰の刀に手をかけ短く息を吐き、ここにはいない山南を思い浮かべる。

 この刀を自分の代わりに。と、差し出した山南の気持ちに応えるためにも。

 (生きて戻るっ!!)



 「よしっ!」

 掛け声と共に勢いよく池田屋の扉を開けると、近藤は良く通る声を上げた。



 「御用改めであるっ!!主人はおるかっ!!」

 

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