第十話
あかねが銀三と話しこんでいた同じ頃。
部屋に戻ったばかりの総司の元に土方が訪ねてきた。
「今戻ったのか?やけに遅かったじゃねぇか・・・・・・・どこ行ってたんだ?」
「えぇ、ちょっと散歩に行ってただけですよ。あかねさんと」
「あぁそうか・・・・・・・・あかねに言ってきたのか?大坂行きのこと」
「えぇ」
正座をする総司の前に、土方は胡座を掻いて座った。
「近藤先生は?」
「部屋じゃないのか?」
「そうですか。わたしも支度しようかな?っといっても着替えぐらいですけど」
言いながら総司は洗い替えの着物を一枚引っ張り出す。
「・・・・・・・・なぁ、総司?」
「なんですか?」
「一度聞いておきたかったんだが・・・・・・・」
土方は真面目な顔をして腕を組む。
「?・・・・・・なんでしょう?」
「お前、初めてあかねに会った時・・・・・・・一度も疑うことなく受け入れたよな?」
「は、はぁ・・・・・・・それが?」
「いや、今まで存在すら知らなかった相手から妹ですって言われて、不審に思うことなく信じてたみてぇだから・・・・・・それが、どうも不思議でな・・・・・・・」
お前、本心ではどう思ってる?とでも言いたげな顔をする土方を見て、総司はクスっと笑った。
「わたしは土方さんと違って、純粋で真っ白な心を持っていますからねぇ。人を疑うなんてことしませんよ?」
茶化すような口ぶりの総司に、土方は眉をピクピクさせた。
「どぉいう意味だよ!?」
「ふふっ冗談ですってばぁ・・・・・・でも、確かに自分でもちょっと不思議なんですよね・・・・・・・なんというか・・・・・・あかねさんと会ったときに思ったんですよ」
総司はその時のことを思い出すかのように、視線を天井の方へと移し言葉を続ける。
「なんというか、今まで欠けていたものが埋まったというか・・・・・・足りないと思っていたものを見つけたというか・・・・・・・」
「はぁ?」
「まぁ、とどのつまりは直感なんですけどね」
「カ、カンだとぉ!?」
ペロっと舌を出して笑う総司に土方は声を荒げた。
「だって、他に言葉が思いつかないんです。だから、やっぱり勘だとしか・・・・・・」
「はぁぁぁ・・・・・・・お前ってやつは・・・・・・」
土方は深い溜息と共に、ガックリと肩を落とした。
「でも考えてもみてくださいよぉ?母のお腹の中にいる時はずっと一緒だったんですよ?それが、生まれてから離れ離れになった・・・・・・何かが欠けていると感じてもおかしくはないでしょう?あかねさんに会うまではその理由が解らなかった。でも、彼女に会って欠けていたものが満たされた気がしたんですよ」
「双子ならではの感覚・・・・・・・ってことか?」
土方が理解出来ない顔をすると、総司は再会したときのことを思い出すかのように幸せそうな笑みを浮かべる。
「まぁ、そういうことになりますねぇ」
「理屈なんていらねぇってことか・・・・・・・」
総司の幸せそうな顔を見ていると、疑り深い土方でさえ手放しで信じられそうな気がしていた。
もっとも、土方も心の奥底から疑っていたわけではない。
半信半疑だっただけだ。
「おまえのいない間、あかねのことは俺がちゃんと面倒みてやるから心配すんな?」
「えぇー。土方さんが相手だと、逆に心配ですよぉ。危ない事させないでくださいよぉ?」
「どぉいう意味だよ、てめぇっ!?」
「あははははは。冗談ですってばぁ・・・・・・・でも、これで安心して大坂に行けますよ。ありがとう、土方さん」
思いっきり笑い飛ばしたかと思うと急に真面目な顔で礼を言う総司に、土方は少し照れくさいのか視線を外しながら小さく頷いた。
翌朝。
最終的に下坂することになったのは近藤たち幹部連中を含め、20人程の人数になっていた。
彼らは、日の出と共に朝餉を取ると、慌ただしく出立の準備をし門前に集まり始める。
全員が集まるとあかねは門の外側に出て、一人一人に声を掛けながら火打ち石を打ち安全祈願をしながら皆の見送りをしていた。
「どうぞ、お気をつけて・・・・・・」
「あかねさん。土方さんに無理難題言われても、挫けないでくださいね?」
総司がこっそり耳打ちすると、あかねはクスッと笑う。
「こらっ、総司!つまんねぇこと言ってないで、早く行きやがれっ!」
土方が蹴っ飛ばすフリをすると、総司は近藤の背中に隠れようと逃げ込む。
「まぁまぁ、2人とも・・・・・・」
そう言いながらも近藤は優しい眼差しで2人の掛け合いを見守っていた。
おそらく、この2人は昔からずっとこうなのだろう。
銀三の順番が来ると、あかねは背中越しに小声で
「お願い・・・・・ね」
とだけ伝える。
銀三にはそれだけで充分伝わったのか、小さく首を縦に振る。
「久しぶりだな・・・・・・・」
大坂へと向かう近藤たちの後姿を見送りながら、土方がボソっと呟いた。
「?」
あかねが、土方を見上げると土方は少し懐かしむような目をしていた。
「いや、もう何年もほとんど毎日一緒にいたからな。離れるのはいつぶりだろうと思ってな」
しんみりした顔で呟く土方。
それを聞きながら、あかねは小さくなっていく皆の背中をただ見つめることしか出来なかった。
「さぁて、仕事だ、仕事!人が足りねぇぶん倍は働かねぇとなっ」
そう言うと急に右腕をブンブン振り回しながら、くるりと踵を返した土方は急に足を止め顔だけをこちらに向ける。
「そうだ、あかね。茶を淹れて来てくれ、2つ」
それだけ告げるとあかねの返事も待たずに、屯所の中へと消えていった。
言われた通りに茶を淹れ土方の部屋を訪れると、土方は文机に肘を掛けながらあかねを向かえ入れた。
「お待たせしました・・・・・・・あれ?おひとりですか?」
盆に乗せた2つの湯呑を運びながら、あかねは首を傾げる。
「あぁ、それはお前の分だからな」
「?」
「まぁ、座れ」
「は、はい・・・・・・」
淹れたての熱い茶をズズッと一口飲むと、文机に湯呑を置く。
「どうだ?そろそろ、ここでの生活にも慣れたか?」
「あ、えぇ・・・・・まぁ。やっと皆さんの顔と名前を覚えたというところでしょうか」
「そうか。もう10日程になるか?・・・・・・・せっかく再会出来たというのに、また引き離すようなことをして、さぞ俺を恨んでるんだろうな?」
土方が伺うような目を向けると、あかねはサラッと切り替えした。
「まさか。滅相もないです。任務第一なことぐらい、私とて理解出来ます・・・・・・まぁちょっとウサ晴らしにお茶にイタズラしましたけど」
悪戯っ子のような目で土方を見る。
「ぶほぉっっ」
思わず啜っていた茶を吹き出すと、土方はゴホッゴホッと咽た。
「もぉ、副長ったら・・・・・冗談に決まってるじゃないですかぁ」
土方の様子に思わずあかねは笑ってしまう。
「て、てめぇ・・・・・・」
咽る土方の背中を擦りながらもあかねは込み上げる笑いを抑えることが出来なかった。
「まったく、お前ら兄妹そっくりだぜ」
「それはそれは、有難うございます」
「褒めてねぇっっ!」
咳が止まった土方は軽くあかねを睨みつけた。
「それで?何か御用だったのでは?」
土方の睨みに動じないあかねが問うと、土方はコホンッと1つ咳払いをした。
「いや、お前の目から見て新入りたちはどう映っているかと思ってな」
遠まわしな物言いだが、つまりは最近入った新入り隊士の中に間者が紛れこんでいないかを聞きたいのだろうと、あかねは理解していた。
「申し訳ありませんが、確たる証拠もない段階で申し上げることは出来ません。もう暫らく猶予を頂きたいと答えるしか出来ません」
「ふっ・・・・・・なるほど・・・・・・慎重だな。まぁ期待せずに待ってるぜ?」
「有難うございます。ご期待に添えるよう、精進致します」
あかねが頭を下げると、土方は小さく頷いた。
「・・・・・・・ところで・・・・・・八木家での暮らしはどうだ?」
「はい、良くして頂いてます。皆さん気に掛けて下さるので・・・・・・」
「・・・・・・・そっちじゃなくて・・・・・・・」
口籠る土方にあかねの頭には?が浮かぶ。
「どっちですか?」
「・・・・・・あっちは芹沢さんたちも一緒だろ?だから、あれだ」
珍しく歯切れが悪い・・・・・・と思いながらも、土方の言いたい事が読めずにあかねは首を傾げる。
「だから?あれ?・・・・・・もうっ、じれったいですねっ!ハッキリ仰ってくださいっ」
「つ、つまり、だっ!やつらは酒が入ると女に見境がなくなるからお前、大丈夫か・・・・と」
土方が言い終わらないうちに、あかねの顔が真っ赤に染まっていった。
「!!あるわけないでしょっ!!っていうかありえませんっっ」
「んなっ!?わっかんねぇだろ?見境が無くなるのは本当なんだからよっ」
土方の無意識な暴言にあかねがキレる。
「っていうかっ、見境が無くなったらって前提ですかっ!?それじゃあ、まるで素面だと何の心配もいらないみたいじゃないですか!?」
「ったりめぇだろっ!?お前みたいな色気のねぇ女に手ぇ出すわけねぇだろ!?」
「んなっ!!一体、どっちの味方してるんですか??」
「フンっ。俺は一般的な男の意見を言ってやってるだけだっ」
話が大分ズレていることにお互い気付かない。
あとは売り言葉に買い言葉。
要は子供のケンカだ。
「それなら、始めっから心配などする必要ないじゃないですかっ!」
「だから、酒が入ったらって言ってるじゃねぇか!?」
「あーもうっ!!心配御無用っ!!自分の身ぐらい自分で守れますっ!!」
埒が明かない。と思ったのかあかねは捨て台詞を吐くと部屋を出て行ってしまう。
(・・・・・・はぁ、なんでこうなるんだ・・・・・・・俺ってやつは・・・・・・)
部屋に残された土方は一人反省するが、時、既に遅しだ。