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第百八話

 元治元年 6月3日


 新撰組の屯所には、大坂から谷三十郎・万太郎兄弟が訪れていた。

 先月。弟である昌武を近藤に託した際「近いうちに京へ」と誘われたことも早期上洛を決めた理由であったが。

 もちろん真面目な三十郎が早々に大坂を留守にしたのには理由(わけ)がある。


 近藤たち幹部が大坂を離れて数日。

 大坂に流れ込んでいた多数の浪人、あるいは尊攘派の浪士たちが目に見えてわかるほど減ったのである。

 まるで近藤たちが京に戻るのを待っていたかのように、だ。

 そして、その多くが京を目指したという。


 それを聞きつけた三十郎と万太郎は、大坂を発った浪人たちを追うようにして京へと向かったのである。



 「ご苦労でしたね、おふたりとも」

 「とんでもない。それが我らの務めにございますれば」

 「多くの浪人が既に京へ入っている・・・とか?」

 「はい。大坂にいた浪人、浪士のほとんどが京に向かったと知り・・・急ぎ()せ参じた次第にございます」


 「それは心強い・・・・・・では、申し訳ないが暫くこちらに滞在して頂けませんか?見ての通り、人手が足りず困っていたところでして・・・・・・それに、もはや奴らが何かを企んでいることは、動かしようのない事実。あなた方ふたりの力をお貸し戴きたいのです」

 「もちろんです!我らも新撰組の一員。そのために参ったのですから」

 「有難い。本当に助かります」


 深い溜め息と共に言葉を漏らす近藤。

 そこには心底、安堵した様子が(にじ)み出ていた。


 それもそのはず。

 脱走した隊士たちの穴埋めをしようにも、もはや風雲急を告げる現状においてはそれすらままならない。

 ましてや素人同然の者が増えたところで、戦力になるわけでもない。

 近藤にとっても、谷兄弟が訪れてくれたことは願ったり叶ったりなのだ。


 そして谷三十郎にとっても、自分の存在感を示す絶好の機会。

 互いの利害が一致した、ということだ。



 話しも一段落つき、三十郎が弟のことを聞こうとした矢先。

 廊下から声が掛けられる。


 「失礼いたします」

 「あぁ、丁度良かった。入りなさい」

 「は。お呼びでしょうか?」

 襖を開け、廊下で正座していた昌武が部屋の中にいる人物を見て目を丸くする。


 「あ、兄・・上?」

 「三十郎さん、万太郎さん。勝手ながら御預りした弟殿には改名して頂きました。新しい名を周平と言います」

 「しゅ、うへい?」

 「はい。我が養父、近藤周斎が以前使っていた名です」


 にっこりと笑みを見せる近藤に、三十郎と万太郎は(まばた)きするのを忘れてしまったかのように目を見開く。


 「そ、そのような立派な名を・・・・・・弟に?」

 「えぇ。いずれわたしの後を継ぐかもしれない子ですからね。しっかり精進して貰うためにも近藤家に(ゆかり)のある名をと、思いまして」

 「なんと!京に参ってこのような嬉しいことが待っているとは・・・・・・本当に、本当に、有難うございます!」


 畳に額を(こす)りつけそうな勢いで頭を下げる三十郎に、近藤は苦笑いを浮かべそれを制した。

 「いえいえ、礼を言われるのはまだ早いですよ。まだ継ぐかも?という段階なのですから」


 それでも。

 顔を上げた三十郎の目にはうっすら涙が浮かんでいた。


 「それだけで、充分にございます!どうぞ厳しく指導してやってください」

 「えぇ、えぇ、わかりました。では、周平。兄上たちを部屋まで案内してくれるかい?」

 「はい」


 「なにぶん手狭なもので、一部屋しか用意出来ず申し訳ないのですが・・・・・・」

 「いえ、とんでもない。寝る場所をご用意下さっただけで有難い。お言葉に甘えて使わせて頂きます」

 深々と頭を下げ、連れ立って出て行く3人を見送る近藤。

 その後姿がよく似ていることに気づき、クスリと笑みを漏らす。


 (性格は全く違うというのに・・・・・・やはり兄弟だな)

 今まで賑やかだった部屋の中を、夏の風が吹き抜ける。

 まるで。嵐の前の静けさとでもいうかのように。




 その頃あかねは・・・・・・。

 錯綜(さくそう)する情報の確認をするため、京の町を飛び回っていた。


 耳に入る情報の全てが真実というわけではない。

 中には敵方がワザと流した虚偽のものもある。

 あるいは全てが罠ということも考えられる。


 既に人員不足に悩まされている上、敵方の情報にまんまと騙されるようなことがあれば。

 いざという時に困るのは自分たちだ。


 それを阻止する為にも、全ての情報を確実に見定めなければならない。

 事と次第によっては。

 新撰組だけでなく鞍馬の里にも関わる一大事に発展するかもしれないのだ。



 「カァ〜、カァ〜」


 屋根の上を軽い身のこなしで走り抜けていたあかねが、その声にふと足を止める。


 「・・・シロ?」

 見上げるとそこには一羽のカラスが旋回していて、まるであかねの居場所を告げているかのようだった。


 「あかね様っ!」

 その声と共に3つの人影があかねの背後に現れる。


 1つは現朱雀隊隊長、朱里。

 そして他の2つは。

 隊長の護衛なのだろう、あかねにも見覚えのある顔が並んでいた。


 「朱里?・・・・・あぁ、だからシロが」

 「はい。どちらにおいでかわからなかったもので、シロに頼んだのです」


 朱里の言葉を聞きながら、あかねはシロを呼び寄せ肩に止まらせるとその頭を優しく撫でる。

 「で?どうしたの?」

 「はっ。朧様より、至急里に戻るように。との伝言にございます」


 朧の名に、あかねの眉がピクリと反応する。

 あかねが後を継ぐと決めてから、表に出なくなった養母がわざわざ(・・・・)伝言を頼むなど・・・・・・余程の用件なのだろう。

 ましてや朱里を使いに寄越すとなれば、尚更だ。


 「承知。すぐに向かう」

 「では我らもお供いたします」

 「ううん、それより・・・・・私の代わりに、祇園祭の様子を見てきてくれないかな?」

 「は?」


 思いがけない申し出だったのだろう。

 朱里は目を丸くしながらも、あかねから発せられるであろう次の言葉を待つ。


 「人ごみというのは身を隠すには最適。きっとどこかに潜んでいる輩がいるはずだから」

 「なるほど・・・・・・確かにそうですね」

 「ただ見つけ出すのは困難だろうから・・・無理はしなくていいよ」

 「承知しました」


 そう答えると朱里は、従えていた2人と共にその場から姿を消す。

 文字通り、あっという間に。


 「じゃあシロは・・・・・と」

 あかねはひとり呟きながら懐から紙と筆を取り出すと、そこにサラサラと書きつけシロの足に結ぶ。


 「屯所の兄さまに届けてくれる?」

 「カァッ!?」

 何故、自分が!?とでも言いたげなシロの返答。

 それに構うことなくあかねは言葉を続ける。


 「くれぐれも怖がらせたりしないでね?」

 「・・・・・・カァ」

 渋々といった感じで小さくシロが答えると、あかねは優しく身体を撫でる。


 「じゃ、任せたよ?」

 「カァ〜」

 シロがあかねの言葉に頷いた・・・・・かどうかはわからないが、返事と共に大きな羽を広げ飛び立ち、2度旋回したのち壬生の方角へと飛び去る。


 それを見送ったあかねは、方向を北へと変えまた走り出す。

 突然の呼び出しに尋常ではないことを悟りながら。




 あかねが鞍馬に向かって数分後。

 壬生寺の境内で居眠りをしていた総司は・・・・・・黒い物体に突然襲撃されていた。


 「うぎゃぁぁ」

 思わず口から出た情けない声。

 ウトウトしていたとはいえ、思わぬ空からの襲撃者に対応出来なかったのだ。


 いくら新撰組一の剣士と言われていても、相手がカラスではどうすることも出来ない。

 凄まじい殺気を感じて目を開けた時には、既に目の前を黒い影が横切っていたのだ。

 バサバサという、人のものではない音を立てて・・・・・・。


 何度か顔のすぐ近くを触れるか触れない距離で飛んでいたシロだったが、総司が起きたことを確認すると真正面からぶつかる勢いで突っ込んでくる。


 それになす術もなく、ただ目を固く閉じた総司だったが。

 シロがぶつかってくることはなかった。

 その代わり。お腹の辺りに重みを感じ、恐る恐る目を開けた総司。


 「シ、シロ?ですか?」

 その問いかけに、シロはわざとらしく大きく一鳴きする。

 「カァ!」

 もちろん総司の腹から動こうとはしない。


 「え、ええっと・・・・・・わ、わたしに、何か?」

 顔を引き()らせながらも言葉を続ける総司に、シロはギロリとひと睨みすると自分の足を鋭く尖ったクチバシで指し示す。


 「ふ、ふみ?わたしに?」

 そろり。と手を伸ばし、結ばれている(ふみ)を外す総司。

 その様子を不機嫌そうに見ながら、シロはプイッと顔を背ける。


 「・・・・・あかねさん、今夜は遅くなられるようですね。何かあったのですか?・・・・ってあなたに聞いてもわかりませんよね、というより・・・・・言葉がわかりませんものね」

 ははは。と何気なく呟いた総司だったが。

 相手が悪かったのだろう・・・・・・シロの目がキラリと光った。


 次の瞬間。

 大きく翼を広げたシロが、総司の腹を踏み台に空へと飛び上がった。

 というより、わざと爪を立てていくのだから始末が悪い。


 しかも。それだけでは気が済まなかったのか。

 「あいたた・・」とお腹を(さす)る総司目掛けて飛んできたかと思うと、怒りを表すかのように総司の頭を何度か突付き、遠くへと飛び去って行った。


 「あだだだだ・・・・・・」

 突付かれた頭を押さえながら半ベソを掻く総司。

 総司にしてみれば何がなんだかわからないのだが。


 その一部始終を偶然見ていた銀三は、苦笑いを浮かべて額を押さえていた。

 (さすがの沖田さんでも、シロには敵わないよな・・・・・シロの態度はただの嫉妬でしかない上に、敵意はむき出し・・・・・・その上、悪気はないとはいえ・・・・・沖田さんのあの言葉・・・・・シロにしてみれば堪忍袋の緒が切れた、というところか・・・・・・ホント、ご愁傷様としか・・・・・・)


 銀三は憐れみの視線を総司に送ると、静かに手を合わせてからその場を立ち去る。


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