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第百六話

 近藤たちが戻り、ひと段落ついたかのように見えた新撰組の屯所・・・・・・ではあったのだが。

 ここにきて思わぬ事態が巻き起こっていた。



 「はぁっ!?脱走だとっ!?」

 「えぇ。わたしたちが大坂で足止めを喰らっていたこの機に乗じて・・・・・・逃げたようです」

 「だったら、とっとと行って捕まえてこいっっ!!」

 表情を変えることなく答える総司に、土方は噛み付きそうな勢いで怒鳴る。

 

 「そぉは言っても・・・・・・すでに幾日も経っていますし。もはや見つけるのは困難だと思いますよ?人数も人数ですし・・・・・・」

 「そんなに多いのかっ!?」

 「え?え、えぇ、まぁ・・・・・・」

 土方の怒りに更に火を点けることになると思ったのか、総司はポリポリと頬を掻き言葉を(にご)らせる。

 困った表情を見せる総司に変わって、近藤が助け舟の如く口を挟む。


 「まぁ、落ち着け、トシ。今回ばかりは誰を責めることも出来ないさ。何しろ京に残っていた者のほとんどは毎日の激務に追われていたんだ。脱走者を捕まえに行く人員など裂けなかったのは仕方ない・・・・・・それに大坂からこちらへ帰した隊士の中にも数名脱走者がいたらしい。どちらにせよ、不可抗力だろ?」



 近藤たちが大坂に向かったあと・・・・・。

 激務が続いたこと。

 それに伴って、命の危険を今さらながら(・・・・・・)に気づいたこと。

 そして・・・・・・何より。

 鬼の副長、土方がいないことも重なり。

 新撰組では脱走する者が後を絶たなかったのだ。


 だが、脱走者を捕まえることはおろか。

 探しに行くことすら出来ない状況に、山南もあかねもどうすることも出来なかった。

 減った人員が更に減る。それはまさに悪循環にしかならない。

 逃げる者が出れば激務は更に激務となり、それは更なる脱走者を増やす。


 その結果。

 残っていた者のほとんどが疲労でボロボロになっていた。

 刀を振るうことの出来ない山南でさえ、夜はあかねと共に見廻りに出るほど屯所内は人員不足に悩まされていた。

 おかげで山南とあかねはロクに睡眠時間を取る事も出来ず、それこそボロ雑巾のような有様で・・・・・・近藤たちを驚かせた。


 そんな状態だったにも関わらず。

 山南は戻ったばかりの近藤に『自分のせいだ』と言って謝り続けた。

 『ことが収まれば腹を斬って償う』と。

 それはさすがに近藤が慌てて止めたのだが。



 そんな話を全く知らない土方は烈火の如く怒り狂い、怒声を飛ばす。

 「隊規を破った者を捨て置けば規律が乱れるのは目に見えているだろっ!」


 土方の言葉は当然のことだ。

 だからこそ、あれほど厳しい規則を(かか)げたのだ。

 それを行使しなければ、どんな厳しい規則であってもただの飾りでしかない。


 「あぁ。だがな、トシ。この機に乗じて脱走を計るような者、所詮はそれだけのものだったということだろ?今はそいつらに力を注いでる場合じゃない。そんなことに時間を費やして大事なものを守れなかったらどうする?」

 「くっ・・・・・・」

 悔しそうに唇を噛み締め押し黙る土方に、それまで黙って聞いていたあかねが口を開く。


 「差し出がましいようですが、一言だけよろしいですか?」

 「なんだっ!?」

 苛立ちながらも返答をする土方に、あかねは真っ直ぐな視線を向ける。


 「もしも副長が脱走者を全員斬れと仰せになるなら、どうぞ私にお命じ下さいませ。私が責任を持って対処します。ですが・・・・・・近藤局長の仰るとおり、この非常時に逃げ出すような腰抜けに関わるは時間の無駄。彼らに・・・侍の魂など到底ありません。そのような者・・・実戦となれば足手まとい以外の何者でもないでしょう。それでも副長が絶対お許しにならないと仰せなら、どうぞ私に『斬れ』とお命じ下さい。たとえ地の果てであっても、必ずや追い詰め、仕留めてご覧にいれます」


 あかねの瞳に嘘はなかった。

 土方が命じれば、その言葉通りやり遂げる。そこにいるのは忍びとしての、暗殺者としての顔。

 何より。

 あかねにはそれだけの力があることを、土方はよく知っている。

 与えられた任務を違えるとこなど、彼女には有り得ない。


 「いや・・・・・・もう、いい」

 「は?」

 「そんなことにお前を行かせれば、後で必ず後悔する」

 土方はそれ以上、言葉を続けなかった。


 (手中にある駒の使いどころを間違えれば、勝てる戦も負ける。近藤さんの言うとおり、今は脱走者にかまけている時じゃねぇ。この女はそれを気づかせる為にこんなことを言い出しやがったんだ・・・・・・もし『斬れ』と言っていれば・・・・・・斬られたのは俺かも知れねぇな)

 少し冷静さを取り戻し始めた土方の視界に、あかねの姿だけが映る。


 考えてみれば。

 近藤や総司のいる前でこんなことを言い出すはずがない。

 どう考えてもふたりが承諾する内容ではないのだ。

 それを知りながら、口にしたということは・・・・・・。



 土方の険しい表情を見つめながら、あかねは内心ホッとしていた。

 ここで言葉通り『斬れ』と言われていたら。

 あかねの中での土方に対する忠誠心は瞬く間に消えていたことだろう。

 所詮、それだけの男だと。

 全てを見渡し、今すべきことの優先順位を間違えるような補佐では新撰組の未来などたかが(・・・)知れている。



 交わされた言葉の中で。

 二人は互いの言葉の裏の裏を読み解き、そして互いの考えを知る。

 互いの護るべきものを確かめるかのように。


 そんな緊張感漂う空気を変えたのは、総司だった。


 「いやぁ〜、土方さんが斬れって言ったらどぉしようかと思いましたよ〜」

 「んなことコイツにやらせたら・・・・・・お前が俺を斬っただろ?」

 「そうですねぇ。無駄にあかねさんの手を(わずら)わせるとなれば・・・・・・当然、問答無用で斬ったでしょうね」

 悪びれることもなく、にこっと笑う総司に土方も呆れた表情を浮かべる。


 「俺を斬ることを笑って言うなっ」

 「あはっ。心配しなくても、斬ったあとに泣いてあげますよぉ。寂しいって」

 「ウソつけっ!!」

 そのままいつものようにじゃれ合う二人を尻目に、近藤が心底ホッとした表情であかねに話しかける。


 「しかし、あかねくんも無茶なことを言うねぇ?」

 「副長を、信じていましたから」

 にっこりと笑ったあかねを見ながら土方は心の中で呟いた。


 (やっぱり俺を試していやがったな、コイツ・・・・・・怖えぇ女だぜ、全く・・・・・)

 恨めしそうな視線を送る土方の呟きを知ってか知らずか。

 あかねは極上の笑みを浮かべ、窓の外へと視線を送っていた。



 あかねは思う。

 逃げたい者は逃げれば良い、と。

 逃げた者は確かに生き延びるかもしれない。

 けれど。


 そこに新撰組の掲げる『誠』はない。

 侍としての忠義の心も、人としての誇りも。

 その心を持たない者に、人の命を奪う道具である刀を握る資格はない。


 戦場(いくさば)に身を置く以上。

 そこに信念がなければ、ただの人殺しだ。

 侍を名乗る以上。

 侍として恥じぬ生き方をしなければ意味がない。


 新撰組が掲げた隊規はそれを記すもの。

 それを理解出来ぬ者に。

 新撰組を名乗る資格はない。


 ここにいるのは。

 国の為に命を懸ける覚悟を決めた者だけでいい。

 主君の為に鬼になれる者だけがいればいい。


 でなければ。

 ただの殺人集団でしかない。

 刀を握る以上。

 大きな十字架を背負う覚悟がなければ、ただの獣でしかない。


 それは。

 忍びとて同じこと。

 背負う十字架の重みに耐えなければ、剣を握る資格はない。


 だから。

 たとえ誰が敵になったとしても。

 主君のためならば・・・・・・。



 あかねの瞳に映るのは、もはや景色ではなく。

 強い決意と信念だけだった。


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