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第百四話

 元治元年 5月20日 深夜


 日付が変わり、誰もが寝静まっている丑三つ時。

 悪事を働く者というのは、とかく人目につかない時間に動きたがる―。


 大坂西町奉行与力、内山彦次郎。

 彼もまた、そのひとりである。



 この日。内山は懇意にしている愛妾の元で一夜を明かし、いつもより少し早めに目が覚めたという単純な理由で、深夜の町を家路に向かって歩いていた。

 自分の命が狙われているなど、夢にも思わず。

 ただただ。

 静まり返った夜の町に吹き抜ける、心地よい風に誘われるかのように。

 まだ少し残る酔いを醒ましながらフラリと町に出たのだ。

 夜明けまではまだ遠く、頬に当たる風はひんやりと気持ちよい。


 その少し後ろに。

 ずっと機会を(うかが)うように息を潜めて後を追う、4人の姿があることに気づくことなく。

 内山は鼻歌交じりに角を曲がった。


 それを見届けた永倉たちは目で合図しながら二手に分かれると、間合いを詰めるようにして歩みを速める。


 と。

 次の瞬間。


 「ギャッ!!」

 という短い悲鳴が闇の中に響き渡り、続いて何かが倒れる音が聞こえた。


 「!?」

 後ろから内山を追っていた永倉と原田も、回り込むために走り出していた銀三と総司も、まだ互いの位置を確認出来る場所に居る。


 この場にいる4人の悲鳴でないなら。

 今の悲鳴は?

 あの音は?


 「な、なんだ?今のはっ!?」

 驚きの声を上げながらも、4人の男たちは構わず走り出す。

 内山がいると思われる場所までの時間は、ほんの数秒。


 だが。

 そこには既に動かなくなった内山の(むくろ)が横たわっていた。


 「なっ!?」

 「誰がっ!?」

 口々に言葉を発する永倉たちだったが、ずっと行動を共にしていた4人に答えがわかるはずもない。


 その中でも、もっとも冷静な判断をしたのは銀三だった。

 「背中から一太刀・・・・・・そして振り返ったところに心の臓を一突き・・・・・というところですね」


 「しかも俺たちの目を盗んだ、一瞬の間に・・・・・相当腕の立つ奴の仕業ということになるか・・・?」

 内山の傷を確認しながら永倉が誰に問いかけるわけでもなく呟く。


 それに答えたのは辺りの気配を(うかが)っていた総司だった。

 「えぇ。そうなりますね・・・・・・となれば、もはやこの辺りにはいないでしょう」

 「・・・・・・だな。仕方ねぇ。引き上げだ。結果的に内山は死んだ・・・・・・俺たちがここにいる理由は何もねぇ」

 「あぁ。誰がやったか知らねぇが、長居は無用」

 原田の言葉に全員が同意し頷き合うと、くるりと背中を向け走り出す。


 4人の足音だけが響く暗闇の中。

 一番後ろを走っていた銀三が、ふと後ろを振り返る。

 誰かの視線を感じたからか、それとも偶然だったか・・・・・・。


 とにかく。

 振り返った銀三の視界に、屋根の上を行く人影が映った。

 (・・・・・・玄にぃ・・・・・・やはり、あなたでしたか・・・・・・)

 その時になって改めて。

 銀三の脳裏に服部半蔵の言葉が鮮明に甦る。


 『アイツがやろうとしている事が、わかった』


 (あの人は本当に全てお見通しだった・・・・・・というわけか)

 だから(・・・)

 玄二をあの場で見逃したのだ。

 こうなることを見越して。


 江戸に戻る半蔵はもちろん。

 新撰組といえど、役人相手には二の足を踏むと読んで。

 あえて玄二を泳がせ、玄二に内山を始末させるために。

 あの短時間のやりとりで、そこまで見透かす服部半蔵の大きさがここに来て更に身に染みる。


 自分は頭に血がのぼってそんなこと思いもしなかったというのに。

 やはり自分にとってはまだまだ越えられない高い壁。

 服部半蔵も・・・・・・敵となった玄二でさえも。




 内山が暗殺されたことで身の危険を察知したのか、米問屋は翌日のうちに姿を消した。

 もぬけの殻となった米問屋の蔵からは、大量の米が発見され一連の価格高騰問題は解決となり、奉行所もそれ以上追求すれば内山の関与が表沙汰になると考えたのか下手人の詮索はしない方針を固めた。


 要するに「物価は下がり問題は解決した。それ以上何か問題あるか?」ということだ。

 役人の不正が表に出れば庶民の不平不満は奉行所に向けられる。

 それを恐れて内山の一件には目を(つむ)る・・・・・・。

 いつの時代であっても。

 役人の考えることというのは、同じということだろう。



 その沙汰を見届けた近藤たちは、早々に京へ戻る支度を始めていた。

 自分たちが手を下した訳ではなかったが、庶民の間では「新撰組がやった」という噂も広まっている。

 奉行所からの呼び出しがあれば、出向く用意はしていたのだが・・・・・・もはやその必要もない。


 「・・・・・・なんだか、拍子抜けだな」

 「まぁな。結局、下手人のことはわからねぇままだからな。俺としちゃ、お目に掛かってみたかったが・・・・・・」

 「ははは。相手は玄人(プロ)、そう簡単に尻尾を掴ませてはくれないさ」

 「それもそうだな」


 軽口を叩く近藤たちの隣で、銀三だけは笑えずにいた。

 今回は味方だったその玄人(プロ)が、本来敵である事実を知っているからというのも理由だが。

 それ以上に思うのは。


 この先、実際に対峙(たいじ)したときのことだ。

 ここにいる者がたとえ束になったとしても・・・・・・たとえ天才と言われる総司であっても・・・・・・果たして勝てるのだろうか?

 そんなことを想像するだけで、ブルッと身体が震える。



 玄二の「腐ったものを壊し続ける」と言う言葉。

 そこに込められた本当の意味。

 今回の一件はそのひとつに過ぎない。

 ならば、遅かれ早かれ新撰組と衝突することは目に見えている。


 その瞬間(とき)が来たら。

 自分は?あかねは?

 一体、どんな答えを出すのだろう。


 説得出来る時期など、もはや遠い昔。

 残された道は、刃を交えることだけ。

 その瞬間(とき)、迷いが残っていれば・・・・・・間違いなく死ぬのは自分だ。


 兄を()るよりは・・・・・・。

 兄の手にかかって死ぬ方が、いいのかもしれない。

 少なくとも玄二を殺した()を背負わずに済む。

 その方が楽なのかもしれない。

 そんな甘ったれた考えすら、頭を過ぎる。


 ・・・・・・・・・果たしてあかねはどう思っているのだろう?

 あかね自身は・・・・・・・どうするつもりなのだろう?

 あかねの心は・・・・・・・何を求めているのだろう?


 どんなに考えてみても。

 その答えがわかるはずはない。

 だからと言って本人に聞けることでもない。


 銀三は少し重い足取りになりながら、京へ帰る準備を始める。

 これから帰る場所。

 そこは自分たちにとって、決戦の地になることをヒシヒシと感じながら。




 ところ変わって、壬生では。


 近藤たちが大坂から戻ってくる、という一報を聞いた山南がホッと胸を撫で下ろしていた。

 なにしろ、ここ京でも。

 不穏な空気は日を増すごとに、色濃くなってきているのだ。


 見廻りに出ている隊士たちからの報告を元に、探索の手を広げてはいるが。

 何しろ人手が足りない。

 万が一。監察方の山崎烝から火急の知らせでも入ろうものなら、その時点でお手上げ状態になるのは明らかなのだ。


 「無事に戻られる、か・・・・・・」

 「えぇ。やっと一息つけそうですね」

 「あぁ・・・・・・何とか身がもちそうだ」


 あかねの言葉に、山南は力なく笑う。

 疲労困憊というのは、恐らくこういうことを言うのだろう。と思わせるほど、山南の顔は疲れきっていた。

 この数週間で山南が眠れたのは・・・・・・一体どのくらいだったろうか?

 そんなことを考えながら茶を淹れるあかねの表情にも、疲れが浮かんでいた。


 「あちらでは予定外(・・・)に大人しく過ごされたとか・・・・・・きっと、永倉さんや原田さん辺りは暴れ損ねたと愚痴りながら戻られることでしょう」

 「ははは。それなら帰京早々、巡察に行ってくれと言っても大丈夫そうだね」

 「えぇ。きっと」

 互いのやつれた顔を見合わせながら、2人は力なく笑う。


 「いや、しかし。君が居てくれて助かったよ」

 「そんな大したことはしていません。ですが・・・・・・」

 「?」

 「局長たちが戻られたら、一晩だけゆっくり眠る時間を貰いましょうね?」

 「あぁ。そうしよう」


 深く頷き合う2人の姿からは、激務だったことだけは読み取れる。


 そんなことを夢にも思わない総司は。

 大坂の街であかねへの土産物を、ウキウキとした様子で買い漁っていた。

 喜ぶあかねの顔を思い浮かべながら・・・・・。


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