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第百三話

 元治元年 5月18日 


 先に京へと戻っていた山崎烝は薬売りの格好で、壬生にある八木邸の門を堂々と(くぐ)った。

 そのまま母屋の玄関から入ると、何も知らない八木家の者に山南の部屋まで案内させる。

 あくまでも『薬を売りにきた』と思わせるためだ。

 山崎の来訪を予期していなかった山南ではあったが、顔を見るなり「ちょうど切れた薬がある」と部屋へ迎え入れた。


 密偵である山崎が、ここに来るのには。

 それ相応の理由(わけ)がある。

 それを山南が察するのは当然だ。


 山南は下がろうとした八木家の女中に何事かを耳打ちすると、山崎に向き直って座るよう促す。

 「やぁ、ご苦労だったね。わざわざ大坂まで行かせてしまって」

 「いえ。おかげで怪しまれることなく潜入出来ました」

 「それは良かった・・・・・・では守備は上々、と言ったところかな?」

 「そうですね。今のところは上出来でしょう。あとは何が出てくるか・・・・・・にもよりますが」


 山崎は変装のために背負っていた薬箱を下ろしその場に座ると、安堵からかひとつ溜め息を吐いた。

 普段。密偵という立場上、なかなか気を抜くことが出来ない山崎にとって。

 ここは唯一、気を抜ける場所なのだ。


 「そうそう。こんな機会はなかなか無いから紹介しておきたい人がいるのだが・・・・・・そろそろかな?」

 「?」

 山南がそう言い終わると同時に、廊下に女の声が響いた。


 「失礼します。お茶をお持ちしました」

 丁寧に頭を下げるあかねを、山南が部屋に招き入れる。


 「待っていたよ、あかねくん。ちょうど君の話しをしていたところだ」

 「はい?」

 山南の言葉をすぐには理解出来なかったのか、あかねはキョトンと目を丸くしながらも部屋の中へと足を進める。


 「山崎くん、こちらはあかねくん。ここで、というより新撰組専属の女中と言うべきかな?」

 「あ、どうも。山崎烝です」

 互いに向き合い挨拶を交わすふたりを見ながら、山南の言葉は続く。


 「今回の任務の助言者さ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・えっ!?彼女が?」

 長い沈黙のあと。山崎は驚きのあまり声を上擦らせ、マジマジとあかねの顔を見つめる。


 「そう。一見、ごく普通の愛らしい娘さんだが・・・・・・こう見えてなかなかのやり手でねぇ。あの土方くんですら、彼女を頼りにしているぐらいさ」

 「そいつは・・・・・・すごい。あの土方さんから信頼を得るなんて・・・・・なかなかどころか、相当のやり手ですね。しかも、このような可愛い娘さんだとは・・・・・・いや、驚きました」

 山崎から注がれる痛いほどの視線を受けながら、あかねは不思議そうに首を傾げる。


 ・・・・・・はて。自分は何かしただろうか?とでも言いたげな表情を浮かべるあかねに、山南がフワッと笑いかける。


 「君が先日怪しいと言った商家。彼は今そこ(・・)にいるんだよ」

 「!!」

 その一言で全てを理解したのか、少し目を丸くしたあと「なるほど」と頷いたあかねに山崎は満面の笑みを向ける。


 「いやぁ、こんなに可愛い娘さんがいるなら、わたしもここ(・・)で寝泊りしたいものですねぇ。何しろ今いる場所には野郎ばかりなもんで」

 「ははは。近藤さんが戻ったら伝えておこう・・・・・・そろそろ落ち着きたいとボヤいていた、とね?」

 「いやいや、勘弁して下さいよ。そんなこと土方さんの耳にでも入ったらエライことになりますから・・・・・・そういえば土方さんからの伝言が」

 すっかり忘れていたとでも言うかのように、山崎はポンッと手を打つ。


 「あぁ、そうだった。用件を聞くのを忘れていたねぇ」

 「えぇ、スッカリ彼女に見惚れてしまって」

 ははは。と呑気に笑う山崎の姿から、火急の用件でないことが伺える。


 「それで?土方くんは、何と?」

 「えぇ。もう少し大坂に残ることになったから何かあれば屯所の早馬で知らせてくれ、と」

 「屯所の、早馬?」

 思い当たらない山南が考え込む仕草をみせると、代わりにあかねが返事をする。


 「わかりました」

 「・・・・・・どうやら、わたしにではなく彼女への伝言だったようだね」

 「そのようです・・・・・・本当に土方さんが頼りにしているんですねぇ・・・・・いやはや本当に参ったな、これは・・・・・・あっ、あと・・・・・・隊士は先に帰すとも仰せでした」

 「あぁ、そっちがわたしへの伝言のようだ。いや、助かる。さすがにこの人数では猫の手も借りたいほどだったからね」


 疲れたような笑いを浮かべる山南の表情を見て、山崎は苦笑する。

 将軍警護の任を受け、主だった幹部と半分以上の隊士が大坂に下った。

 今まで全員で(まかな)っていた仕事を残りの半分で補っているのだから、大変なのは当然だ。


 「あの、山崎さん?」

 「はい?なんでしょう?」

 「気をつけて下さいね?私が言い出したことなので、こんなこと言うのはおかしいですが」


 申し訳なさそうに告げるあかねの姿に、山崎は安心させるべくおどけたように答える。

 「いえ。ありがとう。なぁに大丈夫です。自分の身が危険だと思ったら、自慢の足でスタコラ逃げますから」

 そう言って笑い飛ばす山崎の言葉に、山南だけでなくあかねも吹き出していた。




 一方。大坂では。


 これといった成果もなく、苛立ちを募らせていた土方の元に珍しい客が訪れていた。

 大坂随一の豪商、鴻池善右衛門。

 新撰組にとっては切っても切れない大切な資金源(・・・)、である。


 来訪を聞いた土方は、一瞬眉を(しか)めた。

 借りたままの金を返せと言われるのではないか?などと勘繰ったのがその理由だったが、来てしまったものは仕方がない。

 さすがの()でも、援助者に向かって『帰れ』などとは・・・・・・さすがに言えないのだ。


 「いやぁ。近藤はんも、土方はんも、お変わりないようで」

 商人(あきんど)らしい笑みを浮かべた鴻池善右衛門は、相変わらずの腰の低さでふたりの前に姿を現す。

 「鴻池さんもお元気そうでなによりです」

 「へぇ、おおきに、おおきに」


 浮かべた笑みを崩すことなく、鴻池はふたりの正面に座る。

 「今日はエライ暑おすなぁ」

 誰に同意を求めるわけでもなく呟きながら、取り出した手拭いで額に浮かんだ汗を拭い出された冷茶を一気に飲み干す。


 「で?今日はどのような用向きで?」

 ズバリと言い放つ土方に、隣にいた近藤はギョッとした表情を向ける。

 「へぇ。今日は先日のお礼に参っただけでして・・・・・・これ」

 そう言って廊下に控える下男を呼ぶ鴻池に、近藤と土方は顔を見合わせる。


 「先日の岩木升屋での一件、ほんに助かりました・・・・・・聞けば、山南はんの刀は折れたとか・・・・・・お侍さまにとって刀は命も同然。遅くなりましたがこれ(・・)を山南はんにと思い、お持ちしました・・・・・・どうぞ」

 下男が指し出したのは一振りの刀。


 「それはご丁寧に・・・ありがとうございます・・・・・・・これはっ!?」

 複雑な表情を浮かべながらもそれ(・・)を受け取った近藤が、手にした刀を見つめ・・・・・・固まる。

 「・・・・・・へぇ。ご覧の通り、虎徹にございます」


 「こ、虎徹っ!?」

 「なんでそんな名刀がこんなとこにっ!?」

 刀を手にした近藤だけでなく、名を聞いた土方も驚きのあまり声を上げる。


 「縁あってわたくしの元に巡ってきたのですが・・・・・・ご存知の通り、わたくしは商人。どないな名刀であっても商人が持っていては宝の持ち腐れ。これは使ってくれはる人の元にあって初めて、役目を果たせるものにございます。ですから、先日のお礼の代わりに納めて頂こう思いまして」


 鴻池からの流れるような説明を聞きながらも、ふたりの視線は目の前の刀に釘付けだ。

 近藤は恐る恐る抜いた刀身を舐めるように見続け、感嘆の溜め息をついている。

 もはや声など耳には入っていない様子だ。


 一足先に我に返った土方が、大げさなほど首と手を左右に振り辞退の声を上げる。

 「いやいやいや・・・・・・こんな名刀を頂けるほどの働きではっ!?」

 「でしたら、今後のお働きで返してくれはったら結構です。わたくしは商人。価値がないもんに投資するほどお人好しではありまへん」


 「「・・・・・・・」」

 さすがは年の功・・・・・とでも言うべきだろう。

 もしもここで受け取らなければ「今後の働き」云々を自ら否定したことにもなる。

 働きに対する対価としては、大きすぎるものであっても。

 「今後の」と言われれば断る理由など・・・・・見つからない。

 それを見越した鴻池の方が、一枚も二枚も上手だったということだ。


 その上。今の大坂の現状だ。

 鴻池が口に出さずとも。

 すぐにやるべきことがある。


 というより。

 これは鴻池からの無言の圧力だ、とふたりは同時に気づいた。


 その瞬間。

 ふたりの中にあった迷いは綺麗さっぱり吹き飛んだ。

 もはや・・・確実な証拠など、いらない。



 「ご理解頂けたようですんで、わたくしはこれで」

 黙り込んでしまったふたりの顔を見比べ、来たとき同様商人(あきんど)らしい笑みを浮かべた鴻池が立ち上がる。

 「こ、鴻池さん!」

 「はい?」


 「ありがとうございます。このご期待には必ず答えると、お約束致します」

 深々と頭を下げる近藤。それに合わせるかのように土方も頭を下げる。

 「えぇ。信じていますよ・・・・・では、また」

 そう言い残し、鴻池は部屋を出て行く。


 そして。部屋に残されたふたりは。

 頭を下げたままの体勢で、互いに決意を口にしていた。


 「内山を・・・・・・」

 「・・・・・あぁ。斬ろう」


 もはや迷いはない。

 退路も絶たれた。

 前進・・・・・・あるのみ、だ。


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