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第百話

 その夜。


 昼間の喧騒とは打って変わって静まり返った大坂の街。

 普通の人なら眠っているはずの時間。


 だが、その男は。その様子をあざけ笑うかのようにして立っていた。

 一番高い建物の。そのまた上から街を見下ろして。



 「動くなよ?」

 気配もなく現れたふたつの影。

 その影は男の喉元に鈍く光る(やいば)を突きつけていた。


 「ふっ・・・・・・この状況で、動くな、とは。どうやら()りに来たわけではないらしい」

 首の前後に感じる冷たい感触。

 前には半蔵の握るクナイ、後ろには銀三の握る短刀。

 動きたくても動けない・・・・・・というのが現状だ。


 「答えによっちゃ、それも仕方ねぇがな。お前にも言い分ぐらいあるんだろ?玄二」

 「さすが御庭番頭領服部半蔵殿、だ。なかなかお優しい。裏切り者の話を聞きたいなど・・・・・・甘いにもほどがある」

 「っ!玄にぃっ!!」

 小馬鹿にしたかのような物言いに、銀三が怒りの視線を向ける。


 「おう、銀三。元気そうでなによりだ。新撰組の水が身体に合ったとみえるが・・・・・・それもあかねのおかげか?」

 「なっ!んだとっ」

 突きつけた短刀を握る手に力が入る。

 少しでも手元が狂えば、血が流れそうな状況だというのに。

 なぜか玄二の方が落ち着いていた。


 「落ち着け、銀三。挑発に乗るんじゃねぇよ・・・・・・ところで玄二。長州に下ったお前が何故ここにいる?悪徳役人に手を貸すため、じゃねぇんだろ?」

 「ははは。半蔵殿は本当に何でも知ってらっしゃる・・・・・・なら、答えるまでもねぇ。あんたの頭の中にあるのが、答えさ」

 鼻で笑う玄二に、半蔵の瞳がキラリと怪しげな光を放つ。


 「な、ぜ・・・・・・。なぜ、裏切ったっ!?」

 半蔵の制止を聞き入れるどころか、銀三の口からは一番聞きたかったことが叫びのように出ていた。

 「どうしてっ!?どうしてアイツを、あかねを、傷つけたっ!!」

 (せき)を切ったように溢れる言葉。

 それまでずっと抑えていた感情が、共に流れ出す。


 そんな銀三の言葉を聞きながらも、玄二の表情は変わらない。

 それどころか。

 不敵に口元を歪め、浮かべていた笑みを濃くしていた。


 「傷つけたんじゃない・・・・・・殺さなかった、だけさ。俺の裏切りを目の当たりにしても、戦意を見せなかったアイツを・・・斬っても意味がないと思ったからな。どうせ()るなら本気のアイツと殺り合いたい。ただ、それだけの理由だ」


 あの時。殺すのは簡単だった。

 ()らなかったのは・・・・・・仲間意識が残っていた訳でも、心残りがあったわけでもなく。

 戦意を持たない者を斬っても仕方ないと思ったから。

 そこには情のカケラすら感じられない。命のやり取りというより、まるで遊びを途中でやめたかのような軽い言葉。

 そんな非情すぎる言葉が、銀三の怒りに拍車をかける。


 「きっ、さま!!」

 怒りに震えた銀三の手元にうまれた(わず)かな隙。

 それを見逃すことなく、玄二の身体はするりとふたりの手元から消えた。

 「「!!」」


 一瞬にして二人との距離を取った玄二が、不敵な笑みを浮かべる。

 「俺は壊すことにしたんだ。外国の言いなりになる幕府も、そんな幕府に仕える藩も、腐った世の中の全てを!全て壊し尽くせば、嫌でもこの国は生まれ変わる。俺はその為に全てを壊し続ける・・・・・・ただそれだけさ」

 顔色を変えることなく静かに言い放つ玄二の言葉。

 それは。闇に包まれた街ごと飲み込んでしまうのではないかと思えるほど、低く響き渡る。


 「壊すことで生まれ変わる、か・・・・・・なるほどお前らしいと、言うべきか?」

 「と、頭領!?」

 納得したかのような半蔵の言葉に、銀三は驚きのあまり目を丸くする。

 が。半蔵がその視線に答えることはなかった。


 「俺もあんたに聞きたいことがある・・・・・・なぜ何もしない?何もせず、そうやって傍観するのが服部半蔵の仕事だとでも言うのか?あんたがその気になればメリケンから来た船など、沈めることぐらい造作も無いことだろ?なのに。なぜ、動かない?」

 真っ直ぐに半蔵を見据える、強い視線。

 そこには怒りと絶望が入り交じっていた。

 

 「それが、裏切りを決めた理由・・・・・というわけか。お前はわかっていないな、忍び(・・)というものの存在意味を」

 「・・・・・・な、に?」

 「忍びとは影で(あるじ)を支えるもの。服部半蔵とは将軍家を護るためだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない。この国を動かすは、あくまでも将軍だ。その垣根を勝手に飛び越え、己の意思で動くは禁忌(きんき)。俺たちがその気になれば、この国を掌握するのは簡単だろう。だがそれをしないのが俺たちに課せられた暗黙の掟。お前は日本国の(おさ)にでもなるつもりか?」

 静かに言い放ったその姿は、服部半蔵そのものだった。

 兄という立場ではなく、御庭番頭領としての顔。

 それを感じ取った玄二の方が、少し(ひる)んだかのようにも見えた。


 「・・・・・・国が侵されようとしているこの時に、高みの見物とは。見上げた掟、いや見下げた根性だ。可笑しすぎて笑えねぇ・・・・・・ならば。お前たちは黙って見ていればいい。俺がこの国を壊し続ける様をっ!何もせず指を(くわ)えてなっ!!」

 吐き捨てるような玄二の言葉。

 だが半蔵は動じることなく、静かに言葉を返す。


 「そういうわけにはいかねぇな。お前たちの狙いは幕府の転覆。それを知りながら黙って見過ごすことは出来ねぇ」

 ふたりの間に張り詰めた空気が流れる。

 ピリピリとした互いの気がぶつかり合って、まるで刀を合わせているかのような錯覚を思わせる。


 「はっ!わけのわからん理屈だな」

 「そうか?至極簡潔だと思うぞ?将軍を護るのが、何百年も受け継がれてきた服部半蔵の役目。幕府がなくなれば将軍も消える。それは困るからな。だからお前を止めなければならない・・・・・・な?簡単だろ?」

 声を荒げる玄二に対して飄々(ひょうひょう)と答える半蔵。

 幾多の死線を越えてきたからこその余裕すら、そこにはあった。


 「だったらどうして夷てきを討たない!?奴らは幕府を脅かす存在じゃねぇのか!?」

 「わかってないな、お前。メリケンもエゲレスもこの日本国と貿易をしたいと言っているだけだ。どこが幕府を倒そうとしていると?」

 腕を組みなおし、ゆっくり首を振ってみせる半蔵。

 そのあまりの落ち着きように、銀三は向けていた刀を知らぬ間に下ろしていた。


 「馬鹿がっ!アヘンを使って乗っ取ろうとしているのが、なぜわからない!奴らは軍事力ではなく、この国をアヘンで骨抜きにする気じゃねぇかっ!」

 「アヘン、か。確かに隣国はそうだったかもしれない。だが、この国にそんなもの持ち込ませるようなことはさせない。俺の目の黒いうちは、な・・・・・・だいたい、お前たちは一戦交えて学んだはずだろう?今のままでは戦をしても勝てないことを。今は国内で争っているべき状況じゃない。皆で国を護るために力を合わせる時だ。そのための公武合体ではないか?それが帝のお心ではないのか?」


 半蔵の言葉から伝わるのは、揺ぎ無い自信。

 それは決して過信などではなく、絶対的な自信。

 そして過ちに気づいて欲しいと願う、兄としての愛情。

 だがそれは・・・・・・もはや届くことはなかった。


 「そうさっ!その為の公武合体だっ!帝は攘夷決行を望んでおられる。だが幕府はその約束すら守ってはいないっ!!帝の上意を無視する幕府など、もはや不要だっ」

 「・・・・・・お前・・・・・・帝のお心を、お気持ちを・・・・・・本当に、理解していなかったのか?長年傍に仕えていながら・・・・・・情けない。いつから帝のお気持ちを理解出来ないようになったんだ?公卿どもに毒されやがって」

 「っん、だとっっ!!」


 ついさっきまで。

 銀三を挑発していた人物とは思えないほど、玄二の表情に余裕はなかった。

 半蔵の言葉のひとつひとつに噛み付き、必要以上に反論する。

 もはや冷静さなど残ってはいない。


 「玄二。悪いことは言わねぇ。俺たちのところに戻ってこい。お前の目は一部しか見れてない。物事の本質を見極められないほど、お前は馬鹿ではないはずだ」

 「俺の目は節穴じゃねぇ。俺は今まで冷静に見てきた。見てきた上で、無能な幕府を潰すことに決めたんだ。今の幕府に護る価値など、ないっ!」


 「冷静」と口にしながらも、冷静ではない玄二の言葉を聞きながら半蔵は深い溜め息を吐く。


 「・・・・・・・お前は幼い頃から純粋で曲がったことが嫌いな子供だったな。俺たちの中で、たぶん一番素直だった。だから幕府の汚さ、弱さに腹が立ったのだろう?だがな、玄二。世の中というのは綺麗事だけで生きてはいけない。綺麗なところも汚いところも両方あって、初めて成り立つものだ」

 「だったら俺が汚い部分を全部刈り取ってやるさっ」

 吐き捨てるように言った玄二の言葉に、初めて半蔵は感情を(あら)わにする。


 「ふざけるなっ!!そんなことが許されると、本気で思っているのか!?そんなことが出来る奴がいるとしたら・・・・・・・それは神だけだっ!お前は、自分が神にでもなったつもりでいるのかっ!!」

 「・・・・・・っ!!」


 「いいか、玄二。俺たちは神じゃない。ただの人だ。人が人の(ことわり)を越えることなど、どう足掻いても出来やしない。いい加減、目を覚ませっ!!」

 「俺はいつでも正気だ。目を覚ますべきはあんたの方だぜ、兄上(・・)


 挑戦的な視線を向ける玄二に、半蔵は一瞬哀しげな表情を浮かべる。

 (もはや・・・・・・これまで、か)

 と半蔵は心で呟くと、静かに(まぶた)を閉じ・・・・・意を決したように目を開ける。


 「そうか・・・・・・もはや、お前には言葉が通じぬらしい。俺は服部半蔵としてお前を粛清せねばならん、ということか」

 「どうやらそうらしい。もっとも、俺の中ではとっくに敵だったがな」


 「なら。最期に言っておく。服部半蔵は将軍のために在る。そして、帝を護るのが(おぼろ)の名を受け継ぐ者の役目だ。お前は俺たちだけでなく、あかねをも敵とみなしたということだ」

 「だから何だ!?そんなこと、あかねもとっくに知ってるっ!!」

 声を荒げる玄二。そして見開かれた目。

 それは今までと明らかに違っていた。


 「・・・そうか。お前の覚悟はわかった。ならばっ!!」

 言うが早いか間合いを一気に詰め、斬りかかる半蔵。

 その太刀筋を見切っていたのか、玄二は軽々とかわし夜の闇へと溶け込んでいく。


 「兄上っ!!もはや道は(たが)えた!・・・・・・もう()と呼ぶことはないだろう。あんたも感傷は捨て、俺を()と思うなっ!!」

 暗闇に紛れた玄二はその言葉を残し・・・・・・姿を消した。


 「と、頭領っ!」

 「いい。追っても無駄だ」

 「し、しかし!」

 「大丈夫だ。アイツが今、やろうとしていることがわかった」

 「は?」


 強く握り締めていたクナイを(ふところ)に入れ、玄二が消えた闇を見つめる。

 その瞳が一瞬だけ淋しそうに揺れたのを、銀三は見逃さなかった。


 「どうせ俺もお前も・・・・・新撰組でさえも表立って動けねぇんだ。ここは玄二に任せればいい」

 「どういう意味です?」

 「ま、そのうちわかる。それより・・・・・おかしいと思わねぇか、銀三・・・・・・・なぜ、あかねが朧の名を継ぐこと知っている?」

 「っ!?」

 「あかねが承諾したのは、つい最近。つまり玄二が抜けてから、だ」

 「!!」


 半蔵の言葉に銀三が固まる。

 その言葉の意味を、一瞬にして読み取ったことは明らかだった。


 「まだ、内通者がいやがるってことだ・・・・・・全くアイツは素直だな」

 「んなこと、言ってる場合ですか!?」

 「仕方ねぇだろ?俺が江戸に戻るのは決まっていることだ」

 「そりゃ、まぁ、そうですけど・・・・・・」


 「それに。お前がいるから、さほど心配もねぇだろ?」

 「・・・・・・はい。戻り次第、直ちに洗い直します」

 抜いたままだった刀を鞘に戻した銀三が、目を伏せ静かに頭を下げる。



 新たな裏切り者の存在。

 そしてそれは。

 ごく近しい人物。


 見つけ出すのは簡単だろう。

 ただ。その人物を特定したとき・・・・・・あかねはまた泣くだろうか?

 それとも怒るだろうか?



 銀三の脳裏には、あの日のあかねの泣き顔が鮮明に映し出されていた。


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