第九話
ことの始まりは、昨夜のこと。
「大坂町奉行から知らせがあってな、どうやら壬生浪士組の名を騙り暴れている輩がいるらしいということだ。まぁ大坂町奉行の連中は俺たちの仕業を疑って、知らせをよこしたんだろうがなっ」
土方は眉間にシワを寄せ、苛立った口ぶりで話す。
「それでわたしたちに大坂に行って、その浪士を捕縛せよと?」
総司は隣に座る斉藤一コト銀三と顔を見合わせると、不機嫌そうな土方ではなく近藤に聞いた。
「まぁ、そういうことだ」
近藤が頷くと総司と銀三は揃って立ち上がり「承知しました」と告げ、部屋を出ようとする。
それを黙って見ていた土方が2人を呼び止めた。
「話はまだ終わってねぇぞ」
総司と銀三がほぼ同時に振り返ると、近藤は静かに頷いた。
「ここからが本題なんだが・・・・・・今回はわたしも同行することにしたよ」
「??どうしてですか?局長である近藤先生が自ら行かなくても良いのでは?」
総司の言葉に近藤は土方と顔を見合わせた。
「俺も初めはそう思っていたんだが・・・・・・間の悪いことに芹沢さんに聞かれちまってな。自分が行くと言い出したんだ。壬生浪士組の汚名返上のために局長として出向かない訳にはいかないってな」
ずっと不機嫌な顔をしているのはそのせいか、と銀三は内心呟く。
つまり。
芹沢が局長として出向くと言っている以上、近藤も出向かなければ局長としての面目を保てない。
というより派閥争いの最中、芹沢だけに手柄を挙げられては困る。
というのが土方の本音といったところだろう。
「とはいえ、市中見廻りも疎かにするわけにはいかない・・・・・・で、今回俺は京に残ることにした。そのかわり山南さんに同行して貰う」
「芹沢先生の方はどなたが?」
土方の言いたいことを理解したのか、銀三が質問をする。
「平山と野口が同行して、新見と平間が残るそうだ」
「なるほど・・・・・では、こちらは原田さんや永倉さんも同行したほうが良いのでは・・・・・?」
銀三が提案するのと同時に、土方はニッと口の端を上げ笑った。
「さすが、斉藤だな。俺も同じことを考えてた・・・・・・あと源さんにも行って貰おうと思ったんだが?」
土方が同意を求めるかのように近藤を見ると
「そうだな。ここは年の功ってことで、源さんにも付いて来てもらうか」
と、納得した表情を浮かべて頷いていた。
「じゃあ早速、皆に伝えて支度をしないといけませんね?」
相変わらず呑気な顔で総司が言うと、土方は少し呆れた顔をしながらも小さく頷く。
「というわけで、急なんですけど・・・・・・」
「そうですか・・・・・・それで、ご出立は?」
少し淋しげな顔であかねは総司を見つめる。
「そ、それが・・・・・・明日なんですよね」
あかねの視線に、申し訳ない表情を浮かべ頭をポリポリっと掻いた。
「あ、明日!?ですか?・・・・・・そ、それは、また急ですね」
さすがのあかねも、これには苦笑いするしかなかった。
正直言えば、自分もついて行って総司の盾になりたい。
が、それは許されないだろうということも解っていた。
そんなあかねの気持ちを読み取ったのか、総司はあかねの頭にポンっと手を置くとニコッと笑った。
「大丈夫。何も心配いりませんよ?すぐに下手人を捕まえて戻りますから、ね?」
優しく言う総司の言葉に、あかねは素直に頷く。
総司と別れひとり部屋に戻ると、部屋の中には銀三の姿があった。
思わぬことにあかねは目を見開く。
「わぁっ!びっくりしたっ!!」
「部屋の前で待っていると、人目につくからな。悪いと思ったが勝手に入らせて貰ったぞ」
「もうっ、脅かさないでよね!?」
少し膨れっ面であかねが睨むと
「スマン」
と、銀三は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「で?」
「あぁ、明日から大坂に行くことになったんでな」
「兄さまから聞いたよ・・・・・・そうだ、そんなことよりっ」
あかねは思い出したように銀三に詰め寄ると、銀三は少し寂しそうな顔をする。
「そんなことって・・・・・・お前。ちょっとは寂しいわぁ。とか心細いわぁ。とか気をつけてねぇ。とかないのかよ!?」
銀三が抗議するかのように言うと
「・・・・・・そうだね。寂しくて心細いけど気をつけてね」
と、あかねはしれっと言われた通りの言葉を羅列する。
「なんだぁ!?その心のこもってない棒読みな言葉は!?」
銀三の抗議を軽く受け流したあかねは、言いたかったことを続けた。
「どうして会津様はこの浪士組に資金援助してくださらないの!?」
壬生浪士組の台所を預るようになって、ここが思っていたよりも貧困なことに気がついていた。そのことを調べているうちに、会津藩から俸禄が下されていないことを知ったのだ。
そのため大店から結構な額の借財をしていることも・・・・・・。
おそらくは、明里が言っていた芹沢の悪い噂というのも金絡みのことだろうとあかねは予想していた。
こういうことは、総司に聞くよりも会津と通じている銀三に聞く方が早いと思ったのだ。
あかねの言葉に一瞬銀三は言葉を失ったが、ひとつ息をつくとあかねをその場に座らせる。
「いいか?あかね・・・・・・この浪士組は寄せ集めの部隊だ。後ろ盾になるだけでも、藩内では批判の声が多い。その上俸禄なんて下してみろ?間違いなく反対派が黙っちゃいねぇ。ここを敵視するものも現れるだろう。容保様とて苦渋の決断をなされたんだ。それも、ここの浪士たちを守るためにだ」
「・・・・・・でも、そのせいで無茶な借財をしているのも事実でしょう?」
銀三の言葉に、落ち着きを取り戻したあかねが冷静な声で意見する。
「まぁ、確かにな・・・・・・そんなことは俺もわかってるさ。だが、今の状況じゃ無理なんだ。それが現実だ・・・・・・」
そう言って顔を背けた銀三の横顔が辛そうに見えて、あかねはそれ以上言い返すことが出来なかった。
「ごめん・・・・・・・」
俯いてしまったあかねに銀三は優しく頭を撫でる。
「お前の気持ちもわかるが、ここは堪えてくれよ?」
「うん・・・・・・」
「それで?今度は心を込めて『銀がいないと寂しい』って言ってくれるのか?」
少しおどけた口調で銀三が言うと、あかねは少し目を潤ませる。
「うん。寂しいよ・・・・・・」
「あかね・・・・・」
潤んだ瞳で見上げられ、思わず抱きしめたい衝動に駆られたのも束の間。
「兄さまと離れるなんて・・・・・・」
「そっちかよっ!?」
ガックリと肩を落とした銀三。
それを可哀想に思ったのか、あかねが銀三の顔を覗き込む。
「ふふふ・・・・・・それも正直な気持ちだけど、やっぱり銀三がいないと寂しいよ?からかう相手がいなくなるし・・・・・・」
「銀三言うなっ・・・・・・しかも、からかう相手ってなんだよっ」
少し怒ったように銀三はあかねに背を向けると、その背中にあかねがそっと頬を寄せ自分の体重を預けるように寄りかかる。
「!?」
「気をつけてね、銀・・・・・・・」
あかねには見えなかったが、この時の銀三の顔は赤く染まっていた。
「あぁ・・・・・・・」
照れていることを、悟られまいと銀三は小さく返事を返しポリポリと額を掻いていた。