序章 -再会-
全ては、ここから始まる。
後に新撰組と呼ばれることになるものたちとの出会い。
そして、数々の悲しく辛い別れ。
決められた運命。
彼女は一体何を得、そして失うのか。
そして、彼女にとっての幸せ・・・・・とは?
文久3年。春。
京の町からはすこし西に外れた場所にある壬生。
そこには最近江戸からやってきたという荒くれ者達が浪士組なるものを結成していた。
『壬生浪士組』である。
その壬生浪士組の屯所の前に一人の少女が立っている。
と、言ってもその姿は誰が見ても浪士組に入隊を希望する少年にしか見えなかっただろう。
なにしろ肩より少し長い髪は後ろに一束にまとめられ、立ち姿は年頃の女子が着るような着物ではなく袴姿。
これで彼女が女だとわかった者がいたとしたら・・・・・かなり鼻が利く、といえる。
「ここが、壬生浪士組の屯所かぁ・・・・・ちょっと緊張するなぁ」
そう呟きながらも少女の瞳はキラキラと輝いていた。
「・・・・・・・」
『壬生浪士組 屯所』と書かれた看板を見上げた少女の顔が一瞬、懐かしむような表情になった。
(やっと会える・・・・・)
その流行る気持ちを抑えながらも門を潜ろうと一歩踏み出した時、ポンっと誰かの手が肩に置かれた。
「こんなところにいたのか、総司。ちょうど良かったよ」
「えっ・・・・・・?」
少女は驚いて肩に置かれた手の主を見る。
そこには人の良さそうな顔の青年が、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
(総司・・・・・)
その名を聞いて少女の胸の鼓動が早くなる。
「近藤さんが探していたぞ?」
そう言うと青年は少女の背中をグイグイと押し、屯所の中へと入っていく。
どうやら有無を言わせるつもりはないらしい。
「いや・・・・・あの、ちょっと・・・・・」
少女は困惑しながらも押されるがままに歩き出す。
これが全ての始まりになる・・・・・と、感傷に浸る間もなく。
青年は屯所に入ると、とある部屋の前で足を止める。
「井上です」
部屋の中に向かってそう声をかけると、中から返事が聞こえた。
それを確認しゆっくり戸を開けると、少女に中に入るよう促した。
「見つけてきましたよ、近藤さん」
「あぁ、ありがとう源さん」
近藤は読んでいた文らしきものから目を外すと少女の方へと顔を向けた。
「どうした?総司?突っ立ってないでそこに座れ」
何の疑いもなく優しい口調で立ったままの少女を促す。
「は、はぁ・・・・・・」
少女は少し困った様子だったが、言われるままに腰を下ろす。
(なんだか違うって・・・・・言えない・・・)
不安に思いながらも、どう説明すればいいのか解らない。
というより、何から説明すればいいのか解らずにいた。
少女が座るのを確認すると、今度は井上が辺りを見回して口を開いた。
「土方くんはどうしたんですか?」
その問いに近藤はフッと笑みを浮かべる。
「あぁ、トシなら総司を探しに行ったよ。すぐ戻るだろうさ」
先程まで目を通していた文を机の上に戻すと、少し冷めてしまったお茶を啜る。
「そういえば総司、その荷物はなんだい?」
少し首を傾げながら、井上は少女の背中に背負われたままの風呂敷包みを指差す。
「あっ、これは・・・・・・・」
言われて思い出したのか、少女は背中の荷を降ろそうと結び目に手をかけた。
ちょうどその時だった。
3人がいる部屋に向かってくる二人分の足音が響いてきたのは・・・・・・。
それはどちらかというとドタバタというような音で、思わず3人は入り口の方へと目を向ける。
「近藤さんっ!入るぞ」
その声と同時に戸は開かれ、少し不機嫌そうな顔をした男が顔を見せた。
「全く・・・・・・こいつときたらっ!寺で子供と遊んでやがった・・・・んだ・・・ぜ!?」
明らかに部屋の中を見て驚いた様子で、さっきまでの荒々しい足取りがピタリと止まった。
そして、部屋の中と自分の左手が掴んでいる先とを見比べる。
「どうしたんだ?トシ?」
いつもとは違うその様子に、近藤は怪訝な表情を浮かべ問いかける。
「なっっ!!??」
言葉にならない声に井上は何事かと立ち上がり、男の方へと近づく。
「どうしたんだい、土方くん?君がそんなに取り乱すなんて・・・・・・・?」
戸口に立ったままの男はその言葉に我に返ったのか、グイッと自分の左手で掴んでいたものを部屋の中へと突き出した。
「だって、これっ!!」
今度はそれを見せられた近藤と井上が
「「なっ!!??」」
と言って固まる番だった。
そして、もう一人。
土方に半ば無理やり部屋まで連れてこられた少年もまた、目の前にいるもう一人の自分との対面に言葉を失っていた。
その場にいた男たちが固まる中。
当事者である少女だけが目にうっすら涙を浮かべ、頬を嬉しそうに紅潮させている。
「お会いしとうございましたっ!・・・・・にい、さま!」
そう言うと居ても経ってもいられないのか、少年に飛びつくように抱きつく。
「総司にいさま!!」
「「「にいさま!?」」」
三人が声を揃える中、飛びつかれた当の本人。沖田総司だけが訳がわからないといった様子で目をパチクリさせていた。