主が断罪されそうになったので理論武装で対抗してみた
「ジュリア、君には失望したよ。見ず知らずのこの国のために力を尽くそうとしてくれる【聖女】ショウコに対する非道の数々……私が聞き及んでいないとでも思ったかい?全く、なんて愚かなことをしてくれたんだ。王太子妃、ひいては王妃としての教育はどうやら無駄だったようだ」
キラキラとシャンデリアの光を反射して輝く黄金の髪、普段は晴れた草原の色を思わせる碧の双眸を今は怒りの色に染め、この国の王太子である白皙の美青年は己がここまでエスコートしてきた婚約者の腕をするりと外し、真正面からその怒りを彼女に向けた。
彼の背に庇われるようにして立つのは、半年前にこの世界と隣り合った異世界より召喚された小柄な少女。
このヴィラージュ王国にとっては特別な意味合いを持つ【聖女】の称号を得て、ここヴィラージュ総合学園に特別編入をしたショウコ・ヒイラギという異世界人だ。
その【聖女】に対し非道な行為に及んだ、とそう言及されたのは艶やかな銀髪を腰の辺りまで伸ばし、赤褐色の双眸を驚きに見開く、文武両道、成績優秀、社交界の高嶺の花と呼ばれるジュリアーナ・ローゼンリヒト。
彼女は7歳の時に王太子妃候補として当時の第一王子と引き合わされ、そのまま婚約を結んだ。
それ以降厳しい王妃教育をなんとかクリアし、彼女の学園卒業を待って正式に婚姻を結ぶという具体的な話まで出ていたところに、突然王太子が掌を返すように彼女を断罪し始めた。
しかも、学園の卒業祝賀パーティという公の場で。
ふぅ、とジュリアーナは心を落ち着けるために一度深く息を吐き出し、そしてその父親譲りの意志の強そうな双眸でひた、と婚約者を見据えた。
「どうやら殿下はわたくしを断罪なさりたいようですが……それは何についてでしょうか?【聖女】様に対する非道の数々と仰られましても、身に覚えがございませんわ」
「開き直ろうとでも?」
「いいえ。ですから、わたくしが一体どのようなことを成したのか……具体的に仰っていただかないとお答え致しかねる、と申し上げておりますの」
「殿下、ここは私が」
と進み出てきたのは、王太子と同年でこの学園を卒業した現宰相子息。
怯えたように身を震わせる【聖女】をジュリアーナの視線から隠すように、彼は王太子と肩を並べて彼女の前に立つ。
「かつての総騎士団長ローゼンリヒト公のご令嬢だからと、あまり調子に乗らないことだ。貴様が【聖女】様へ成した嫌がらせの数々、騎士団の方で既に調べは済んでいる」
「……そうでしたか。それで、どういう結果が出ておりますの?」
「わかっているだろうに、白々しい。…………罪を認めるならこの場は穏便にと気遣ってくださった殿下の温情を踏みにじろうと言うのだな。ならば俺も遠慮はしない。貴様の犯した罪を、全生徒及び来賓の方々にもお聞かせしようではないか」
1.庭園を歩いていたショウコの頭に泥水をかけた。
2.寮の部屋に忍び込んで予備の制服を切り裂いた。
3.実習で作りクラス同士で交換したお菓子の中に、異物を混入させた。
4.異世界から持ち込んだ機械を取り上げ、叩き壊した。
5.寮のバルコニーから突き落とした。
声高に告げられたその『犯罪行為』に、パーティに参加していた他の生徒もさすがにざわりと騒ぎ出す。
来賓として招かれている名だたる貴族の当主達も、【聖女】に対してなんてことをと顔を青ざめさせている。
ただ一人、若きローゼンリヒト公爵だけは平然とした顔でジュリアーナを見つめているが。
「1に関しては、泥水にまみれた聖女様を魔術科の生徒数人が目撃している。2に関しては寮母が制服を確認済みであり、3は貴様のクラスと菓子を交換した他の生徒が聖女様と同様に気分を悪くさせ、医務室に運び込まれていることから明らかだ。4は殿下ご自身が目撃なさっているし、5は……っ、殿下がお渡ししていた守りの魔道具があったからこそ奇跡的にご無事だったものの、もしそれがなかったかと思うと……貴様のやったことは許しがたい、実に非道極まりない犯罪行為だ。どうだ、言い訳があるなら聞いてやる」
「…………」
「ないか。そうだろうな。確固たる証拠が揃った上で、騎士団において調査されているのだから」
「我が主ジュリアーナ様にかわりまして、少しよろしいですか?」
言葉では許可を求めるようなことを言ってはいるが、声の主は返事を待たずにずいっとジュリアーナの前に進み出ると、茶髪碧眼、文官の制服を身に纏った宰相子息の前に立ちはだかった。
「……なんだ貴様は」
「ジュリアーナ様の従者を務めております、科学技術研究チーム所属のマドカ・クリストハルトです。ジュリアーナ様にかけられた嫌疑につきまして、無実の証明をさせていただくべく参上いたしました」
「科学技術研究チームだって!?それはもしや、父上が認可された『落ち人』達による研究施設のことでは?」
「む、ならば貴様は『落ち人』か」
マドカと名乗った少女はそれに答えず、傍らに抱えていた魔力を原動とするタブレットを取り出し、トンとその画面をタップしてから静かに口を開いた。
「順番に参りましょう。まず1の泥水を頭からかけられたという事件、これには魔術科の男子生徒数名という証言者がいます。彼らに実際に話を聞いてみましたが、汚れていたのは主に身体の前面……胸から太腿辺りまでが最も酷く、顔や髪は泥が跳びはねた程度だったと話してくれました。しかも、憧れの存在だった【聖女】様をしっかりと見送ったそうで、背中部分には殆ど泥汚れはなかったという証言も得ています。更に、前の晩は酷く雨が降っていたようで、庭園はかなりぬかるんでいたそうです。以上のことから、頭から泥水をかけられたという証言は非常に信憑性が低いと言わざるを得ません」
「…………そんな……」
酷い、と呟くような声で【聖女】が抗議するが、マドカは軽く首を傾げてサラリとアッシュブロンドの髪をなびかせると、何事もなかったかのように「それでは次に」とタブレットに視線を戻した。
「2の制服切り裂き事件。寮母さんの協力のもと制服を鑑定させていただきましたが、ナイフのような物理的な武器ではなく、風の魔術によって切り裂かれていることが判明しました。さて、ここでひとつ……学園内で許可なく魔術を使うと、それは全て記録されて後々内申に響くという話はそれなりに有名ですが、それが寮内でも適用されることはご存知でしたか?」
「それがどうしたというんだ?」
「殿下はご存知、と。他の方はどうです?……例えばほら、そこでぶるぶると震えている【聖女】様は?」
「わた、っ、わたし、っ」
「知らなかったようですね。それは残念です」
さして残念でもなさそうな淡々とした口調でそう言うと、マドカはタブレットに映し出された証拠資料の該当部分のみを指で引き伸ばし、どうぞと宰相子息へと差し出してみせた。
なんだこんなもの、という顔でそれを覗き込んだ彼の顔色が明らかに青くなる。
「学園長より任意提出していただきました、寮内で魔術を不正使用した者のリストです。左から使用された日付、該当寮名、使用された部屋番号、そして使用者の名前。【聖女】様が制服が切り裂かれたと寮母さんに訴えたのは2ヶ月前の4日。その日の不正使用者欄に【聖女】様の名前と部屋番号があるのはただの偶然なのでしょうか?」
王太子はすがり付いてくる【聖女】の手を優しく握り、だがその顔は動揺を隠しきれていない。
宰相子息もグッと歯を食いしばり、苦々しげにしながらマドカの報告を「次は何だ」と促した。
「3については単純なことです。異物混入事件なんて、最初からなかったんですよ」
「どういうことだ?実際に体調を崩した生徒がいるんだぞ?」
「ですから、それは『異物』ではなかったということです。貴族の方が殆どなジュリアーナ様のクラスには、実際にお菓子を作った経験のある方はいませんでした。そんなメンバーで実際に作業をすればどうなるか?医務室の先生にも伺いましたが、毒物や薬物の反応はなかったそうです。ただ……実習担当の先生に聞いた話によると、実習後に香辛料の瓶がひとつ空になっていたとのことでした。まぁ大量に入れるべきではないらしいので、『異物』と言えないこともありませんが」
できたお菓子はランダムに回したそうなので、当たったクラスは悲劇でしたね、とマドカはため息まじりにそう付け加える。
ジュリアーナもその実習については身に覚えがあったらしく、随分個性的な味だと思ったのだけどとコメントして、マドカに「胡椒ですからね」と苦笑されてしまう。
どうやら会場内にもその『個性的な味』を味合わされた生徒がいるようで、場内のあちこちから忍び笑いがもれる。
「どうやら会場の緊迫感も薄れてきたようですし、先に進みましょう。4についてですが、騎士団の方に提出されたその機械……『スマートフォン』という通信機器を分析した結果、このようなものが証拠として採取できました」
「…………なんだ、これは?」
「指紋、のようだがこれが何か?」
掲げられたタブレットの画面には、大写しになったスマホの背面と白く浮き上がるようにいくつかの楕円形……指紋のようなものが映っている。
「ご名答。これは指紋です。告発の内容には『ジュリアーナ様にスマホを取り上げられ叩き壊された』とありますが、ここについていたのは王太子殿下と【聖女】様のお二人分だけでした。ちなみにこれは魔力を纏った指紋のみを浮かび上がらせる特殊加工がされてますので、魔力を持たない騎士団の調査員の皆さんの指紋は除外されます。また、魔力に反応しますので例え布越しであっても指紋は残ります」
「しかし私は確かに見た。床に叩きつけられ壊れた機械と、それを青ざめた顔で見るジュリア。その横で泣き崩れるショウコの姿を」
「その状況を証明すべく、壊れたこの機械……スマホのデータを復元してみました」
「まさか、っ!」
「うちにはそういうのが得意な研究員がいるもので」
反射的に声を上げた【聖女】の方を見るでもなく、マドカは一枚の写真をタブレットに大写しにした。
それは、銀髪の少女がまぶしそうに手を顔の前にかざして身をのけぞらせている、というもの。
髪型と服装からしてそれはジュリアーナにほぼ間違いなく、一同の視線が自分に向いたことを感じたジュリアーナは、恥じ入ったようにぽつぽつとその時の状況を語った。
曰く、突然至近距離で白く眩しい光が放たれたため、反射的に身を守ろうとして顔を庇った手でそのまま対象物を叩き落としてしまった。
それがガシャンと音を立てて床に落ち、状況を把握する前に【聖女】様がその場に泣き崩れてしまったところで、王太子殿下が「何事だ」と割って入ってきたのだと。
「要するに、【聖女】様がジュリアーナ様にカメラを向けた。そこで運悪くフラッシュがたかれ、眩しさに目がくらんだジュリアーナ様が咄嗟にその不審物から身を守った。ということでしょう。不幸な事故、もしくはカメラやフラッシュなどに免疫のない相手に突然文明の利器を見せ付けた【聖女】様の過失、とも取れますが?」
「無礼な!」
「さて、無礼なのはどちらでしょうね?」
マドカは噛み付かんばかりの宰相子息を不敵に見つめ返し、「さて最後は」とたたみかけに入った。
最後の事件は、【聖女】ショウコが寮のバルコニーからジュリアーナに突き落とされた、というものである。
マドカはこれまでと同様にタブレットで何かを検索し、トンとタップして資料を画面に映し出す。
「これは先ほども出ました、寮内で許可なく使われた魔術を記録したものです。【聖女】様が突き落とされたとされる日、寮の敷地内で宮廷魔術師長以下数名の強大な魔力が感知されましたので、それは守りの魔道具とやらの力で間違いなさそうです。実際に彼女がバルコニーから落ちるところを目撃した者はいませんが、この記録がある以上魔道具の力が発動するだけの何かが起こったことは事実でしょう。これに関しては、残念ながら状況的な証拠のみで何が起こったのか証明するのは難しいのですが……」
とここで初めて言いよどんだマドカに、宰相子息はそれみたことかと得意満面でふんと鼻で嘲笑った。
「証明するまでもない。最初に言ったと思うが、既に騎士団の調査でジュリアーナ・ローゼンリヒト公爵令嬢の有罪は確定されている。今更どんな証拠を出してこようとも無駄だ」
「そうですか、それは残念です。王妃様の証言もいただいてあったのですが、それも無駄だと言われてしまっては……」
「っ、待て!王妃様の証言とは一体なんだ!?」
「ですから、ジュリアーナ様の不在証明を王妃様に証言していただいているんです。……ではせっかくなのでどうぞ」
トン、と画面をタップするとそこに映し出されたのは成人済みの王子を含む三人の子持ちとは思えない、若々しい王妃の姿。
彼女はまず画面に向かって一礼し、それからゆっくりと語り始めた。
具体的な日付まで挙げて、ジュリアーナを王妃教育の仕上げと称して帝国への外交に同行させたこと、帝国の宰相や皇子にも挨拶しているため、証人は大勢いることなど。
そしてとどめとばかりに、画面の向こうにいるだろう息子に向かって一言。
『恋をするのは悪いことではないけれど、少々おイタが過ぎるようだと報告を受けているわ。優しいいい子に育ってくれたと思っていた貴方は、優しすぎた故に誤ってしまったのかしら?それとも、幼い頃から支え続けてくれたジュリアーナに甘えすぎてしまったのかしら?残念ね、ジュリアーナとはいい親子関係を築けそうだったのに』
しん、と静まり返った会場内に「もういい」と王太子の声が響いた。
彼はグッと拳を握り締め、何かに耐えるように眉間に皺を刻み込んで微笑みすら浮かべる母の顔を……タブレットの画面を睨みつけている。
「もういい、茶番はたくさんだ。ジュリアーナ、どうあっても罪を認めないというその往生際の悪い態度には完全に愛想が尽きたよ。従者に命じて証拠の捏造をさせてまで、罪を逃れようとするなどと」
「…………殿下は、彼女が集めてきてくれたこれらの証拠を捏造だと……そう仰るのですか?」
「そうだろう?元々科学技術研究所という怪しげな施設を許可したのは父上だが、申請してきたのは亡き前ローゼンリヒト公だという。なら彼女がその恩に報いるためにと証拠を捏造することだってあるだろう。大体、落ち人などという素性のはっきりしない者の証言など信じるに値しない。こちらは【聖女】たるショウコがその身をもって証明しているのだ。どちらが正しいか、どちらに正義があるかなどわかりきったことだろう?」
「……そう、ですか……」
ぐっと拳を握りこみ、ゆっくりとそれを開く。
一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたジュリアーナはしかし、毅然とした態度ですっと背筋を伸ばして従者を手で制し、半歩前に出た。
「では殿下、この婚約関係は破棄ということでよろしいでしょうか?」
「やっと認める気になったかい?ああそうだ、婚約は破棄する。ショウコに対する犯罪行為に関しては追って沙汰を申し渡すので、それまで領地で謹慎でもしているといい」
「わかりましたわ。……マドカ、行きましょう」
「…………はい」
残念です、とぽつりとこぼされたマドカの言葉を最後に、ジュリアーナ・ローゼンリヒトとマドカ・クリストハルトの二人はこのヴィラージュ総合学園から、そしてヴィラージュ王国王都から姿を消した。
それから7日後
嘆く王や呆れる王妃の制止を振り切って、王太子はその取り巻きと化した騎士の一団を連れて意気揚々とローゼンリヒト領へと乗り込んだ。
だが領主の館はもぬけの殻、領民達には白い目で見られつつも存在を無視され続け、公の分家筋であろう後任の領主にも冷ややかにあしらわれ、憤怒を抱えて王都へと逃げ帰るしかなかった。
その数年後
突然の流行り病に倒れた国王夫妻にかわって即位した新王とその妃は、ここ数年勢いを増してもはや無視できない大きさにまで膨れ上がった隣国アルファード帝国からの使者を迎え入れ、その人物に愕然とする。
「お久しぶりですわ、と申し上げればよろしいのかしら?それとも、はじめまして、と?」
アッシュブロンドをなびかせた軍服の美女を傍らに、皇太子妃となったジュリアーナは艶やかに美しく微笑んでいた。
色々な感情が交差する国王夫妻を静かに観察しながら、傍らの美女の口が「ざまぁ」と形作ったのを誰も知らない。
ハッピーハロウィン(ぎりぎり)
この日がお誕生日の某探偵に捧ぐ(一方的)