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horn girl  作者: 黒部雅美
7/7

七話 Whence comest thou?

「まだだよ、まだ死んだわけじゃない」

 私はシニカルにそう言って、微笑んで見せる。


 ――これは記憶。

 昔の記憶だ。


「おいミカゲ、また泣いているのか」

 遠い昔。

 あの頃、まだ私が――だったころ。

「ブッカー、もう、僕はこんな」

 彼が泣いている、泣き虫のミカゲはいつもこうして泣いてばかりだった。

「泣くなミカゲ。嫌なら帰っていいぞ。私は最初からそう言っているじゃないか」

 私は彼にそれを強要なんてしなかった。

 するつもりも無かった、しなくてもよかった。

 でも彼がそれを望んだ。

「ブッカー、僕には理解できない、こんな、こんなの酷い、これは冒涜だ」

 望んでしまった。

「冒涜? 違うよミカゲ――」

 私はそれを拾い上げ、そして彼に見せ付ける。

「――これは冒涜なんかじゃない、骨読みはそんな術式じゃない」

 耐えられなくなったミカゲが、その場に崩れる。

 大声で泣き喚き、這うようにして私から離れる。

「いいかミカゲ、私は傷つけるわけでもなければ、犯しているわけでもない。これは、この術は」


 足りない物を足して、完全にするのだ。







「ん? オッサン気がついたか?」

 少女の声がして、私は覚醒した。

 眼を開こうとするが光が眩しく、思うように開ける事ができない。

「こ……ここは?」

 言いながら体を起こそうとすると、胸に強烈な痛みが走った。

「う、げぇッ」

 肋骨がミシミシと悲鳴を上げ、吐き気と痛みが一気にこみ上げる。

「起きるな、寝てろ」

 乱暴な声と共に、子供の小さな掌が私の額に触れた。

 そしてそのままゆっくりと私の体がベッドに倒される。

 なんだ――今はどういう状況なのだ?

 もう一度強引に瞼を持ち上げようとする。

 私を照ら強いランプの光。

 そしてそれが少女の輪郭を浮かび上がらせたり、滲ませたりしている。

 少女、角の生えた、子供。

「ちょっと待ってな」

 そう言って彼女は立ち上がり、私の側を離れる。

 娘の姿を目で追おうとするが、首を動かす事さえも辛く、直ぐに視界の外へ彼女を逃がしてしまう。

 ドアの開ける音。

「パパ、パーパ! オッサンが起きたよ!」

 パパ?

 少女は大声で、自分の父親を呼んでいるようだ。

 にしてもパパって……

 どたどたと、足音が近づいてくる。

「オッサンなんて呼んではいけない、『ブッカーさん』だ」

 少女の声とは違う、若干高めの男の声。

 どこか――聞き覚えのある――

 そして視界に、懐かしい顔が映った。

 狐のような細い目、緩やかなウェーブの掛かった女性のような栗色の髪。

 薄緑色の瞳が、私を覗き込む。

「久しぶりだね、ブッカー」

 十年振りの再開だというのに、私はすぐに彼をを誰だか判別できた。

「お前、ミカゲか?」

 サクラ・ミカゲ、医術学校の同期。

 彼は糸のような眼を弧にして、人懐っこい笑みを浮かべた。

「ミカゲ、お前……」

 言葉が続かない。

 質問したいことが多過ぎて溢れ返り、言葉が上手くでてこなかった。

 これは一体全体どういう事だ? なんでお前の所に私が? その角娘はなんだ?

 何よりも「パパ」ってなんだ「パパ」って。

 頭はすっかり混乱してしまい、まともな思考を紡いでくれない。

「ほらサテツ、何か言う事があるだろう?」

 口をパクパクするだけの私を尻目に、彼はそう言って角娘に何かを促した。

「えぇ? 嫌だよ、だってこのオッサン、下着を手に持ってたし言う事支離滅裂だったし」

 私は悪くない、そんな感じの主張を彼女はキーキーと甲高い声で叫ぶ。

「サテツの言う事ももっともかもしれない。が、肋骨にひびを入れたのはやり過ぎだ」

 ひびって……

 少女は露骨に舌打ちをして、忌々しそうなため息を吐くと。

「すいませーんでした」

 いかにも不服そうな声色でそう言って、足早に部屋を出て行ってしまった。

 ……まてよ、娘って、マジかよ。

「悪いなブッカー、娘が失礼した。あとで叱っとくから」

 そんな私の狼狽を他所に、ミカゲは謝罪の言葉をかける。

「ちょっと待ってくれミカゲ、色々情報量が多過ぎる」

 ようやくまともな言葉が私の口を衝いてくれた。

「あぁ、すまないブッカー。そうだな……君をカネモリ邸で強襲したあの子は私の娘だ、君は彼女に運ばれて、ここ三地区の僕の診療所にやってきた」

 それが大体今から十時間前の出来事かな? ミカゲはそう言って使い古した銀の懐中時計を確認する。

「待ってくれ、娘って、私たちまだ三○にもなってないないよな?」

 それであの歳の子供がいる? どういう事だ?

 彼は一瞬複雑な感情の光を眼に浮かべると、申し訳なさそうに微笑んでみせた。

「まぁ、ぶっちゃけて言えば実の子ではないよ」

 そこにはとても複雑な情景が幾つも入り混じっているようだった。

「……なんかすまん」

「いや、そう気にやまないでくれ」

 実の子じゃない……か。そう言われてしまうとなにも聞けなくなる。

 では何を、何を聞けばいい?

 どれから聞けばいい?

 再び思考の回線がパンクしそうになる私を見て、ミカゲは小さく微笑む。

「それでブッカー、君はなにを?」

「へ?」

「そのまんまの意味だ、君はどうして調査官なんかに?」

 昔の君を知っている私にとって、今の君はなかなか異様だよ。彼はそういってジッと私を見つめた。

 私は返答に窮する。

私の現状――それについて説明するには、話せない事が多すぎる。

骨読みに成功、いや、失敗して脳無しになって、あの亡霊のいいなりになって……

「なんとなくだ、別にたいした理由なんてないよ」

 なんでもないことの様に、そう言い切る事にした。

「ブッカー、君はそんなに嘘が下手な人だったっけ?」

 彼はそう言うと無邪気な微笑を浮かべる。

「ほっといてくれ、人生いろいろだよ――」言いながら自分の髪を掻き毟る「――というかミカゲ、お前の方が異様だよ。ここで何してる?」

「何って、見てわからないのかい?」

 彼はそういって自分の周囲を示すように両腕を広げた。

 私はそれに従うように、ぐるりと自分の周囲を見渡す。

大量の瓶が詰まった薬品棚、いろいろな診察具が整理して置いてある机、そして強いアルコール臭。

「ミカゲ、お前本当にここで医者なんてやっているのか?」

「そこまで大層な物じゃないよ、ただのちょっとした薬師さ」

 薬師って……

「薬師ってお前、なにを考えている? こんな所で」

「こんな所だからこそ、僕みたいな人が必要とされている」

「聖人気取りか? 気持ち悪い」

 思わず口が滑った。

 だがミカゲは、私の嘲笑と悪意に満ちたその言葉に笑顔で答えた。

「なんとでも言ってくれブッカー、僕は助けられる命を助けたいだけだ」

「何言ってんだお前、本当に人を救いたいなら中央医術委員会の重鎮にでもなれよ。そんでこの街に医者を送り込む法案でも作ればいい」

 お前一人でちまちま薬を売ったって、根本は何も解決しないだろう。

彼の青臭い発言に、私は思わず辛辣な物言いをしてしまう。

「生憎、僕は政治が苦手でね」

 そういってミカゲは肩を竦めてみせた。

それが――彼のその仕草が、とても不愉快だった。

かつて志を共にした友が、それなりに力を認め合った仲だった彼が、己の可能性に見切りをつけて、口当たりの良い「聖人ごっこ」に明け暮れてるその姿は――。

「変わっちまったな」

 私は小さな声で呟いた。

「あぁ、変わったね」

 聞こえないように言ったつもりだったのだが、彼は聞き逃してはくれなかった。

「その通りだブッカー。僕は変わった、守らなくちゃあいけないものができたから」

「あの娘か?」

「それだけじゃない。僕はもう子供じゃない、大人になってしまったんだ」

 うわぁ、くだらねぇ。

 私はため息をつくと毛布にくるまり、彼との会話をそこで打ち切ることにした。


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