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horn girl  作者: 黒部雅美
2/7

二話 His children are far from safety

「死なせてしまった――って」

 それじゃあ困るんだよなぁ

 私は青空に向かってそんな文句を溶かしこんではため息をつく。

 死んでしまっては、なんにもならないのに。

 生かす必要があった、絶対に生かさないと駄目だったんだよ。

 そうじゃないと、私はもうカナに会えない。

 会えない、会えないなんて……

「おねーちゃーん!」下から私を呼ぶ声がする。「サーテーツおねーちゃーん」

 私は首だけを傾けて、その舌足らずな声の主を見る。

「いた! サテツおねーちゃん! 危ないよ、そんな所で眠っちゃ駄目だよ」

 私より五つ歳下のその子「シズカ」は、テディベアのように黒目を大きくして、木の上に横たわる私を心配してる。

「大丈夫だよ、アンタと違って落ちないから」

 そう言って私は、とりあえず意味も無く手を振ってみせる。

「私も落ちてないよ! ってそうじゃなくて、それじゃなくて、サテツおねーちゃん! 馬車が来たんだよ!」

「馬車?」

 シズカはすっかり興奮した様子で要領の得ない言葉を並べる。

 私は今みたいな、ちょっと興奮気味のシズカの姿を見るのが好きだ。

 ぬいぐるみの様に目を大きくして、子猫みたいに毛を逆立てて走り廻る。

 見ててなかなか可愛らしい、ずっと眺めてたい。

「そう馬車! 中央から! 獣人のシュローのジンモンが来たんだよ!」

 獣人首領を尋問しに、中央から人が来た。多分そう言いたいのかな。

「あっそう」

「一緒に見に行こう、みんなもう行っちゃったよ、行ってないの私とおねーちゃんだけだよ!」

 なんだ、そういう事ね。

 私は起こしかけてた体を、また木の枝の上にごろりと倒す。

「いいよ、私は……行かない」

 行ったってどうせ、何もない。

 私はまだ何か言ってるシズカの声に耳を塞いで、再び視線を遠くの景色に戻した。

 ――私が今座ってるこの木は小高い丘の上に生えている、ここからなら難民街が何処までも見渡せる。

 まっ平らな平地に何処までも広がる、低い建物の海。

 薄汚れて、無秩序で、ちんけで、目隠しされた赤ん坊がめちゃめちゃに作った玩具みたいな街。

 私はこの街が嫌いだ。

 でもこうしてこの街を眺めるのは結構好き。

 こんなめちゃくちゃな世界を見てると、どんなに理不尽な事も、辛いことも、それがとても自然でありふれた事な気がしてくる。

 孤独じゃない気がしてくる。

「なんでサテツおねーちゃん! カナおねーちゃんが見つかるかもよ!」

 少女の言ったその名が私の意識をかき乱した。

 カナ、私の大切な親友の名。

 獣人に攫われた子ども達の一人。

「アイツは、もう戻ってこないよ」

 下の少女に聞こえないよう、小さな声で私は呟く。

 アイツを攫ったイツパパは、もう死んでしまった。

 だから中央からどんな人間が来て、なにをどうしようと、きっともうアイツは戻ってこない。

 もう、死んでるんだ。

 死。

 その単語が胸に浮かぶたびに、私は奥歯がギリギリと鳴る程噛み締めてしまう。

 いろんな感情が胸の中でカッカッと弾け、口の中にすっぱい物が広がる。


「お姉ちゃん!」


 シズカの大声。

 見ると少女は今にも泣き出しそうな表情で、捨てられた子犬みたいに私を見上げている。

「カナおねえちゃん、帰って来るよね? 他のみんなも戻ってくるんだよね? 悪いシュロー捕まったから、みんな帰って来るんだよね?」

 涙目の少女が、縋るように私を見ていた。

 ……何してんだ私、自己憐憫もほどほどにしないと。

「帰ってくるよ」私はそう言うと体を起こし、木から飛び降りる。「きっと帰ってくるから」

 ほら泣かないで、言いながらシズカの涙を拭いてあげる。

 彼女はしばらく良いように顔をムニャムニャされるが、やがて無理矢理私にギュッと抱きついてきた。

「もう泣かないでってばシズカ、一緒に馬車を見に行こう」

 だから離れて、ほら歩けない。そう何度も声を掛けてやっても、シズカはしばらく私にしがみついたままだった。









 ――随分な数の魔滅隊が配置されてる。

 それが雑貨屋の屋上から北門を見た私の第一の感想。

「馬車見えないよー」

 そう言ってシズカがくずった。

 ここ北門前の広場は今、難民街中から集まった野次馬達でごったがえしている。

 正確には「北門前の広場」ではなく、「北門前の広場が臨める場所」って表現したほうがいいかも。

 等の広場は摩滅隊が完全に封鎖していて、私達野次馬は宿屋の二階部屋のテラスとか、酒場の屋上とかにギュウギュウになって広場を眺めていた。

 野次馬の半分は純粋な好奇心、羨望、そして期待こもった目。

 残りの半分は……

「ほら、シズカ」

 私は彼女を肩車してやる。

「どうだ、見えるか?」

「うん、なんとか」

 その時、最前列を陣取ってた雑貨屋の主人が私達に気づいた。

「よぉサテツ、シズカ」

 彼は酒やけした大声で私達に呼びかけると、わざわざ道をあけて通してくれた。

「ありがとう、おじさん」

 シズカは実に子供らしくお礼を言って、安全柵に齧りつくようして馬車を見つめた。

「どんな感じなの?」

 と、私は彼に尋ねる。

「一足遅かったな、調査官はついさっき摩滅隊隊長さんにつれられて、収容所にいったぞ」

 随分貧弱そうな青臭い若造だったよ、あんなので大丈夫か。主人は半分独り言の愚痴を漏らす。

「じゃあ、今あの馬車に乗ってる人は誰?」

「え?」

 馬車の小さな窓から、僅かに人影らしき物が見える。

「見えない? 女性……っぽいけど」

「わりぃ、俺は目が悪いから良く見えねぇや」

 私は柵から身を乗り出して、じぃっとその女を凝視する。

 かなり高そうな服を着てる、目つきが悪い、年齢は三十手前ぐらいだろうか。

 なんとなく、彼女もこっちを視てるような気がした。

「確かに調査官の馬車にしては随分豪奢だ。サテツの言うとおり、貴族か何かが乗ってるのかも」

「お高く止まってるんだ、気に入らない」

 私はそう言ってツバを吐き捨てる。

 丁度真下に居た魔滅隊の何人かが私を睨みつけて来たが、一向に構わない。

 寧ろ睨み返してやる。

 ――いいのかお前ら、中央にナメられてんだぞ。



昔、それこそ私がシズカぐらいの歳だったころ。

 街を守る魔滅隊の姿は私にはとっても頼もしく思えて、羨望の対象だった。

 いつかは自分も魔滅隊にはいって、あの蒼いマントを着て、百人隊長を務めることが夢だった。

 でも今は違う、いろんな事が分るようになるにつれて、魔滅隊への憧れは風化してしまった。

 「穢れた戦士」「忌むべき野蛮人」中央の人間は魔滅隊を影でそう揶揄する。

 何故なら彼らは裏切り者だから。

 魔滅隊の構成員は皆、元「魔術師」だった。

 魔術師、それは獣人に組して力を手に入れた人間。

 穢れた人間。

 ――つまるところ魔滅隊とは、かつて人類を裏切り獣人側についた者達の集まりなのだ。

 本来なら即処刑されるべきなのだけど、その魔術の有用性故に、特例的に生きることを許された罪人達。

 それが魔滅隊の正体だった。

 だから彼らは、立場的にとても弱い。

 圧倒的な強さを誇る部隊なのに、異端審問官たちにガチガチに縛られ、虐げられている。

 それは仕方の無いこと、彼らは罪人なのだから。

 中央の人間はそう言う

 そしてそれを難民街の人々は受け入れている

 だから魔滅隊も、その理屈を飲み込んでいる


 ――歪んでる、何もかも。


 私はもう一度、勢い良くツバを飛ばした。


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