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horn girl  作者: 黒部雅美
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一話 Yet man is born unto trouble

「死んでしまったか……」

 細くまばらに生える白樺の若木。

 弱々しく地面に這うシロツメクサやシダの類。

 それに申し訳なさげに色を与えるルピナスの薄紫の花が、その景色の貧しさをより際立てている。

「……つまらんな」

 馬車の窓が切り取るその世界は、随分と退屈な物だった。

 東なら多少なりとも違った風景が広がってる物だと思っていたが、これでは中央と大して変らない。

 もっとよく観察すれば、東ならではの植生が読み取れるのかもしれないが生憎私にそこまでの知識は無い。

 白い木々と貧弱な雑草と荒れた岩肌、それだけでもうウンザリだった。

「そう腐るなよ、ブッカー」

 私と向かい合う様に座る亡霊がそう言って嗜める。

 私はそれにちらりと視線をくれてやるだけで、何を返すわけでもなく再び窓の外に視線を戻した。

「まぁ、お前がイラつくのも分らなくは無い――」亡霊は構わず言葉を続ける「――せっかくの遠出だというのに、目的が消えちまうとはね」

 せめてもう少しまともな目的地だったら慰安旅行と洒落込めたのに、そう言って亡霊は屈託なく笑う。

 私は自分のため息で白く曇った窓を拭いて、一々的確な亡霊の言葉への苛立ちを誤魔化した。




 ――獣人首領の一人、不脱のイツパパを捕縛した

 一週間程前、中央に来た手紙には、確かにそう書かれてあった。

 それを受けた書記官達はみな驚きひっくり返った。

 なんせ首領の捕縛だ。

 ただの獣人ならわりとよくある事なのだが、首領ともなれば話は別。

 過去四半世紀に遡ってみてもわずか数例しかない。

 しかもその大手柄を立てたのは中央の聖王新鋭隊や、薄気味悪い異端審問官の連中でもなく、遥か東の魔滅隊だという。

 魔滅隊。穢れた戦士、忌むべき野蛮人。

「そんな奴らに大手柄を立てられたのだ、中央の兵隊共はさぞ愉快な心境だろう」

 亡霊はそう言ってせせら笑った。

 何れにせよ、私はその報告を受けてすぐに東へ向かった。

 獣人首領と対面し、情報を引き出す為に。

 首領からの情報はずるずると引き下がり続ける戦線に、少しでも色の良い風を吹かせられるのでは。そう聖王は随分期待していた様だが……

 その期待は、私の旅立ちから僅か二日で裏切られる事となった。



 二日目の昼、私は途中の宿駅で東から来たという早馬に会った。

 話を聞いてみれば「首領イツパパが死んでしまった」などと言い出すので、私は身分を明かして詳しい説明を求めた。

 すると早馬の者は魔滅隊隊長ドミナリアの押印で封をされた書簡を取り出して見せ、私はそれを事実と受け入れる他無かった。






「緩むなよブッカー。確かに目的は消えたが、厄介ごとは何も消えてないのだから」

 亡霊の言葉が私の白昼夢に割り込む。

「厄介ごと? まだ何かあるのか?」

「どうして厄介ごとが無くなったと思うのだブッカー」

 亡霊は得意げに微笑んで、少々もったいぶったような口調で言う。

「イツパパは死んだよ」

「そう死んだ。でも何故死んだ?」

「……誰かが殺したと?」

「その可能性もある。どちらにせよ聖王様は納得できる『説明』を望むだろうね」

 面倒だな、私はその言葉を口に出さず飲み込む。

 面倒だ、本当に、クソくらえだそんな事は。

「わかるかブッカー、これはデリケートな問題なのだよ。イツパパ殺しに世間の疑いの目は当然魔滅隊へ向く、異端審問官はこれを組織解体の口実にしたいだろうね」

「まだイツパパが殺されたと決まったわけじゃないだろう」

「だが、そういう『説明』を求める者は多い。簡単な話でこれは需要と供給の問題なんだよ。君がもし質の良い仕事をしたいと思うのなら、すべき『説明』は一つだ」

「クソくらえ」

 思わずそう吐き捨てた。

 亡霊はさも楽しそうに押し殺した笑い声を発する。

「よくよく覚えておけブッカー、望むとも望まざるとも全てに犠牲は必要なんだから」

 私はそれ以上亡霊の言葉に耳を傾けないことにした。。

 彼女の存在を無理矢理に意識の外へと追いやり、窓の外に視線を戻す。

 寒冷地特有の貧相な景色。

 つまらない景色、つまらない仕事、そして帰りたくない故郷。

 全てが、クソくらえだ。

 白樺の雑木林の隙間から、僅かに街の明かりが臨めた。

 幾つもの松明による揺らめいた光が、木製の大きな防御用の壁と深い堀を浮かび上がらせる。

 東の都市、ウィンドホールド

 またの名を「難民街」



 かつてシッセイの宝石箱と呼ばれた小国カースパイア、そこに住まう誇り高く勇猛な民達。

 彼らはその誇り故に真っ先に獣人血盟軍に戦いを挑み、そしてその誇り故に敗れ去った。

 首都は占領され、王は首を撥ねられ、その美しき建築物はみな破壊された。

 僅かに生き延びた民達は隣国、つまりここファルクリースに逃げ込む事になった。

 カースパイアからの難民、難民達の街ウィンドホールド。




「元『誇り高き民』な乞食共が作った、鬱屈したスラム街。君の故郷は実に面白い所だな」

 私は亡霊の言葉を聞き流して、ただ静かにその街を眺め続ける。

 因果な話だ、もう二度と戻ることは無いと思っていたのに。

 あの故郷から離れるために、この仕事を選んだというのに。

「なぁ亡霊、まもなく街に付く。そろそろ仕事の話をしないか?」

「仕事の話ねぇ。さて、今回はどんな助言をしたものか……」

 そう言うと亡霊は大きな欠伸を一つ吐いて、伸びをする。

「やはり楽勝なのか?」

「いや、結構難儀だぞ今回は」

「どうして?」

 亡霊は不気味な笑みを浮かべる、ゆっくりと唇を動かす。

 つ、の、お、ん、な

「角女に注意しときなブッカー、お前は彼女に殺されるかもしれない」

「角女? なんだそれは、獣人との混血か?」

「亀や豚や鳥とまぐわったって、角の生えた子は産まれないだろ」

 私は亡霊の言わんとしていることがよく理解できない。

 角は何かの比喩か? それとも……

「北の地で『デーモン』とかいう新しい獣人の情報が上がってるらしいな、それと何か関係が?」

「そう結論を急くなブッカー。何れにせよ角女を見つけ次第殺していけば、多分君は死なずに済むだろう」

 そこで一際大きくガタリと揺れ、馬が嘶くのが聞こえた。

 馬車が止まった。

 やがて鎖と木材が打ち合う音が響く、跳ね橋が下りてきているようだ。

「見てみろ、あの見張台に張り付いてる奴らを。あれは魔滅隊じゃないか?」

 馬車の窓を開け、少し身を乗り出して亡霊の指す見張台に注視する。

 獣人の血で染めた蒼いマント、鈍く輝く銀装飾のプレートアーマー。

 魔滅隊、見張台の他にも八人ほど防衛壁の上に配置されている。

「警戒されているのか……」

「まぁ無理もないだろう、ブッカー、君の立場はあくまでも中央からの使者だ。ここ東は中央を好んでいないし、中央もまたしかりだ」

 馬車が再び動きだす。

 ゆっくりと門をくぐり、難民街へと入る。

 すると途端に生焼けの肉と腐った汚水の匂いが鼻をついた気がして、私は思わず目を瞑った。

 ……落ち着け、こんなのただの錯覚だ。いきなりこんな強烈に臭うわけ無いだろう。

 できる限り自然体でこの件には臨もうと思っていたのだが、やはり頭と心は随分と身構えてしまっているようだ。

 自分が嫌になる、まだ故郷という物に縛られているというのか。

 そんな私の様子を亡霊はそれはそれは楽しそうに観ていた。

「おかえりブッカー、君のご健勝を祈るよ」


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