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同じ夜の夢は覚めない  作者: 雪山ユウグレ
第1話 アクリル・クレイドル
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4

 ごめんねぇ、と佐羽はその柔らかく人好きのする整った顔にたんこぶをこしらえて笑いながら謝った。ちょっとからかっただけのつもりだったんだけど。そうは言われてもるうかとしても恥ずかしさのあまり佐羽をぶん殴りたい衝動を抑えきれない。殴っていいわ、と頼成が諦めたように言った。

「落石さんを? それとも槍昔さんを?」

「どっちでも、どっちともでも、お好きなように」

「……」

 どうやら頼成は殊勝にもるうかに対して申し訳のなさを感じているらしい。それはまぁ、少しくらいは感じてもらわないと困るところでもある。

 というのも今のるうかは大きな藍色の布一枚を身体に巻き付けただけの、つまりはほとんど風呂上がりの脱衣所にいるようなあられもない格好だったのだ。どうやらあの培養装置のようなアクリルケースから出た直後は見事にすっぽんぽんだったらしい。どういうわけかその場に駆け付けた頼成は一応機転を利かせてこの大きな布をかぶせてくれたということになるが、それにしても年頃の娘が同じく年頃の男に裸を見られて平気な顔をしているのもまた妙な話である。

 しかしそれも状況による。少なくとも頼成は覗き行為を行ったわけではないし、それ以上の不埒な真似も一切していない。佐羽が煽りたそうにしているのだけが癇に障るが、あれはもう無視する他なさそうだ。彼にしてもるうかをどうこうというよりはただ悪友をからかって遊びたいだけに見える。

 そして今、3人が置かれている状況はるうかにとってはとにかく訳の分からないものだった。何しろどう考えても非現実的な謎の近未来研究施設のようなところで、しかも自分がまるで何かの実験の被験体であるかのようにケースに入れられていたのである。

 さらによく分からないことに、昼間会った2人は昼間とは全く違う服装をしていた。頼成は鈍い銀色の板金を身体に合わせて曲げて拵えたような簡素な造りの鎧らしきものを身につけているし、佐羽は山吹色の鮮やかな布をたっぷりと使ったローブを身にまとっている。まるで世界史の資料集で見た中世の兵士や外国の教会の人のような服装だ。おまけに2人共手には長い棒状の武器らしきものを携えている。現実であれば何のコスプレだよと笑ってしまうところだが、どうにもそういう場合ではないらしい。証拠に、るうかの右手の傷には今はもう止まったものの黒く乾いた血がこびりついていた。

「それ、痛むか?」

 急に頼成が心配そうにるうかの傷を見やる。痛みはそれほどなかったものの、なんだか心細かったのでるうかは少しだけ大袈裟に頷いた。

「ちょっと痛い、です」

「そうか。……待ってな」

 そう言うと頼成はるうかのものより随分大きくてがっしりした手で、まるで壊れ物を扱うようにそっとるうかの傷付いた指を包んだ。頼成の灰色の瞳に一瞬、青みがかった光の線が走る。それはほんの一瞬のことだったが、るうかの目にはそれが文字の並びであることが読み取れた。

“この傷を癒すための命令を実行する”

 日本語ではない言葉だった。かといってるうかの苦手な英語でもない。全く見たことのない言語であるにもかかわらず、るうかにはそれを読み解くことができた。そしてそんなことを思っている間に指の傷は跡形もなく治ってしまった。

「あ、ありがとう、ございます」

「……いいって、礼なんて」

 頼成はどこか疲れた顔で、もっというならひどい肩凝りに悩まされているような顔で苦笑いを浮かべた。それから一度友人の方を振り返り、彼を睨む。佐羽ははいはい、と何やら肩をすくめて頷いた。

「とりあえず、落ち着いたかな? だったら早くここを出た方がいいよ。掃除屋は大分片付けてきたんだけど、まだまだいっぱい出てくるだろうから」

 佐羽が言って、頼成もそうだなと頷く。その時だった。がちゃんがちゃん、ういんういんといかにも何かの機械が作動していますという音がして、それがどんどんと近付いてきたのだ。見付かったかな、と佐羽が言う。そして言い終わらないうちに長い棒状の武器を手に立ち上がった。大きめの鳶色の瞳がキラキラしている。あ、暴れたそう。るうかはそう思った。

「あー、佐羽、任せていいか?」

「もっちろん!」

 じゃ、頼んだ。頼成は若干投げやりにそう言うとるうかを再び抱きかかえた。ちょっと待ってとるうかは声を上げる。

「何だか分からないですけど逃げるんですか?」

「その通り」

「私、自分で走れますけど」

「その格好でか? 裸足だし、無茶しない方がいいんじゃあないですか」

 言われてみれば確かにその通りだ。るうかは相変わらず藍色の、おそらくマントと思われる布をバスタオルのように身体に巻き付けただけで、それを留めるための紐さえない状況である。手で押さえていなければ布は簡単にはだけてしまうだろうし、裸足でこの冷たそうな床を走るのもきっと辛いものがあるだろう。大丈夫よ、と頼成が笑う。

「俺これでも元ラグビー部。体力には自信ある方よ?」

 女子1人くらい軽いもんだから、と抱え上げられれば意外にも心地は悪くなかった。先程よりも随分と丁寧に抱き上げられたからだろう。そうこうしている間にも機械の音は迫ってくる。

「今っ!」

 じっと構えていた佐羽が楽しそうに叫んだ。瞬間、彼は身体の前に突き出した長い棒状の武器……杖から轟音と共に衝撃波を発生させる。頑丈そうに見えた金属の扉は呆気なく吹き飛び、その向こうにいたらしい金属の機械達が2・3台まとめてひしゃげてスクラップになった。

 何という破壊力だ。

「ふふふっ、さぁ次は?」

 どうにも危ない目つきで獲物を探す佐羽を前に、頼成はよしと一声上げる。

「ここはあいつに任せて逃げるぞ、舞場さん」

「なんかすっごく怖いですね」

「掃除屋機械……じゃなくて佐羽がだよな」

「はい、勿論」

 ローブをまとって杖をかざし、笑いながら機械を屠っていく。その姿は何というか、ゲームでいうなら狂気の魔法使いかあるいは魔王の手下かといった風情だ。味方にはしたくないなぁ、とるうかはここにきてまだどこか呑気な頭でそう考える。それでも今はどうやら頼りにしてよさそうだ。

「確かに怖いが、腕は確かで信頼できる。今は佐羽に好きにやらせるのが一番だ」

 頼成はそう言うとるうかを抱えて部屋から飛び出した。焼けた機械油と熱の臭いがする。前から後ろから次々と湧いてくる機械……どうやら掃除屋と呼ばれるらしいそれを後ろから出てきた佐羽がモグラ叩きのごとく叩き潰していく。もちろんあの魔法のような衝撃波でだ。コントロールは抜群で、どんどんと派手にぶっ放しておきながらるうかと頼成にはかすりもしない。

 掃除屋機械は10本脚の蜘蛛のような格好をしていた。高さは50センチメートルくらいだろうか。小回りの利く感じで、実際に掃除をさせてもよさそうなものである。家電量販店でたまに見かける全自動の掃除機が進化したらこんな格好になるのかもしれない。しかし今ここにいるそれらは家庭のゴミを始末するためのものとはわけが違った。

 驚いたことに、それらは武器を備えていたのである。10本の脚の間にそれぞれひとつずつ、計10門の砲塔と自爆装置。掃除屋機械はそれらを駆使して、おそらくは侵入者を排除するための“掃除”を行っているのだ。標的は頼成達なのか、それともるうかも含まれているのだろうか。分からないが攻撃されていることは確かである。

 とはいえそのほとんどが攻撃行動に移るより前に佐羽によって破壊されているのだから、所詮機械は人間に敵わないといったところなのだろうか。あるいは佐羽があまりにも容赦ないのか。どうも後者が正解のような気がしてならなかった。

 それにしても掃除屋機械は後から後から湧いて出てくる。佐羽によって破壊された数は10や20ではきかないだろうに、それでもまだあらゆる廊下や部屋の中から出てきてはるうか達の行く手を塞ごうとする。そしてその度に佐羽が撃退する。

「おい、大丈夫か!?」

 さすがに心配になったらしい頼成が声を掛けると、佐羽は笑顔で「余裕!」と答えた。しかしそのこめかみに伝う汗までは隠し切れない。

「まぁさすがに今回は厳しいよね。何せ侵入だけじゃなく誘拐までしちゃったんだから」

「いつまでも閉じ込めておく方が悪いんだろ。どうせそのうちこうするつもりだったんだ」

「そうだね、頼成はそのために毎晩ここにきてるうかちゃんに話しかけていたんだもんね」

「……」

 黙ってしまった頼成の代わりに、佐羽がるうかを見て微笑む。そういうことなんだよ、と彼は言った。

 つまり、もしかすると、いつも夢の中で聞いていた声は本当に頼成のものだったのだろうか? そして今はやはり夢を見ている状態で、そこで昼間会った2人と再会しているということなのだろうか? では、この夢は覚めれば終わるものなのだろうか?とてもそうは思えない。それほどにこの状況はリアルで、どうしようもなく非現実的であるというのに夢だとは感じられないのだった。それはそれで夢の中ではよくあることなのかも知れないが、だとしても昨日今日出会ったばかりの頼成や佐羽とこうして一緒に行動していることが不思議でならない。るうかの夢に他人が出てくることは滅多にないというのに。

「っし、出口だっ!」

 頼成が叫んで、後ろを守る佐羽も「早く!」と焦りと喜色の混じった声を出す。彼に群がるように追いすがる掃除屋機械は互いに積み重なり、天井近くまで埋め尽くすほどにその数を増していた。それぞれの砲塔から熱線が発せられ、ひっと声を上げた佐羽を頼成が振り返る。

「油断すんな!」

 頼成の怒鳴り声に反応するかのように、佐羽の前に見えない壁ができた。見えないのにそうと分かるのは、掃除屋機械から発せられた無数の熱線がそこで綺麗に遮断されたからである。ありがとう、と佐羽が言う。言うついでに杖を振るって、そこにうず高く積み重なった掃除屋機械を見えない力で粉砕する。どうやら彼は攻撃専門で、頼成の方は治癒や防御など色々な魔法が使えるらしい。

 そう……魔法、といってしまっていいのだろう。この際漫画でもアニメでもゲームでも何でもいいが、とにかくそういったファンタジーに登場する魔法じみた技をこの2人は使えるということだ。そう納得するしかない。

 るうかがそんなことを考えて1人頷いている間に出口が近付いてくる。頼成は片手に武器を、もう片方の手にはるうかを抱いたまま鉄の扉を蹴り開けた。途端に眩しい光がるうかの視界を覆い尽くす。

「跳ぶぞ、佐羽!」

「オッケー、いつでもいいよ!」

 短いやり取りの後、急に何も見えなくなった。

執筆日2013/10/11

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