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同じ夜の夢は覚めない  作者: 雪山ユウグレ
第8話 赤い羽の治癒術師
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 頼成の話を聞くるうかはすでに気付いていた。それが自分の話であるということに。そして自分がそれを全く覚えていないということも分かっていた。

 友人である清隆静稀の兄を救うと請け負った3年前のるうかは、当時も今のように彼らと同じ夢の世界にいたのだ。そしてそれなりには腕の立つ治癒術師として活動していたのだろう。静稀から兄の話を聞いて、それはきっと夢の世界で彼の身に何かあったに違いないと考えた当時の彼女はどうやってか彼の居場所を突き止め、そこで石化した彼を見た。魔王の呪いだとか、“天敵”の仕組みだとか、そういったことはもしかするとあまりよく知らなかったのかもしれない。ただ静稀の兄を助けなければという使命感で、無茶で無意味な治癒術を使ったのだろう。

 そうして3年前、同じ夢の中でるうかは“天敵”となってしまった。

「それで……それからどうなったんですか」

 るうかは頼成に話の続きを促す。静稀はるうかに兄のことを話した翌日には兄がすっかり回復したのだと言っていた。だとすればきっと話の中の賢者はどうにかして助かったのだろう。その方法が分かれば、ひょっとすると今の頼成を救うこともできるのではないだろうか。るうかの関心はそこにあった。

 頼成は少し戸惑った様子だったが、3年前の出来事の続きを語り出す。

「その“天敵”はどんどん大きくなって、あの頃の俺達じゃあもうどうにもならないようなでかさになっていた。駄目だな、って思ったよ。でもそこに、“緑色の魔術師”が来た」

「……!」

 るうかは息を飲む。そこで彼の名が出てくるとは思っていなかった。しかしよく思い返してみれば、昨夜会った彼は佐羽を知っているようだった。頼成は話を続ける。

「緑色の魔術師はカードを使って。ゆきさんがあんたに渡したカタールのカードみたいな、夢にも現実にも持ち込めるカードを使って武器を出して、それでまず家をぶった斬った。見たら“天敵”は石化したあいつを抱えてて、多分、まだ助けたいと思っていたんだと思う。でもそれは無理だし、下手したらあいつまで“天敵”になっちまうかも、って。そう思ったら魔術師がまたカードを使った。そうしたら何か薬みたいなのが“天敵”の頭からかかって、それであいつにもかかって、石化が解けた」

「解けたんですか……!?」

 うん、と頼成は動かない首の代わりに声で頷く。

「それから、魔術師は俺達にあいつを預けて、“天敵”をカードに封印した。ホント、あっという間だった。それで魔術師はそのままどこかにいなくなって……最後にあれだけが残っていたんだ」

「……あれ、って?」

「赤い羽根の、髪飾り」

 そう言って頼成はるうかの頭の後ろ辺りを見るようにわずかに視線を動かした。現実のるうかの髪にそれはない。しかし夢の中で、彼は最後にそれをるうかの髪に差して……返してくれたのだ。

 るうかは一度目を閉じて、今聞いた話を腹の中に落ち着けて、それから目を開く。気持ちは不思議と穏やかで、そして自然と顔に笑みが浮かんだ。

「ずっと持っていてくれたんですね」

 るうかの言葉に、頼成がほんのわずかに目を見開く。

「ありがとうございます。それで……緑色の魔術師さんが持ち帰ったカードから鈍色の大魔王さんが“天敵”の封印を解いて、それでそこに残っていたほんのちょっとの人間だった頃の細胞から作ったんですね。赤い羽の治癒術師……“るうか”のクローンを」

「舞場さん、あんた、気付いて」

「嘘をついたんですね、柚木さんは。あの人は私に“天敵を封印する手段は確立されていない”って言いましたよ」

「……半分は嘘で、半分は本当だよ。それができるのは、あの緑色の魔術師しかいないから」

 頼成は苦しそうな息で言い、るうかは彼に体勢を換えた方がいいかと尋ねた。彼が頷いたのでるうかは彼の腰の後ろのクッションを取り去ってその身体を仰向けに戻す。できるだけまっすぐな寝姿になるようにして、それから彼女は上から覗き込むように彼の顔を窺った。

「大丈夫、ですか?」

「ああ。ありがと」

「今日何回も聞きましたね、槍昔さんのお礼の言葉」

「俺達はずっとあんたに感謝していたよ」

 そう言って頼成は小さく左手を動かす。るうかはもう一度それを握った。互いの体温を通わせながら、頼成はるうかを見つめる。

「あんたが見せてくれたんだ。諦めないで貫き通す信念を。たとえ無茶でも、意味さえなくても、それが尊いものだって見せつけられた。あの理不尽な夢の世界で……誰かを助けるために誰かを犠牲にすることが制度化された世界で、何も無駄になんてならないことを教えてくれた」

「……3年前の私は“天敵”になってしまったのに?」

「それでもよかったんだよ」

 頼成の手に力がこもる。

「俺や佐羽にとっては、それでもよかった。あんたの必死さがありがたくて、眩しくて、でも勿論止めたくて、なんかもうごちゃごちゃだった。それだけの思いをあんたが見せてくれたことが大切だった」

「槍昔さん……」

「だからゆきさんがあんたの……夢の中のあんたの細胞からクローンを作ってそれを勇者として育てていることを知って、居ても立ってもいられなくなった。あんたが目を覚ましたら真っ先に迎えに行こうと思った。勿論そのあんたは昔の記憶なんてないだろうけど、そんなことはどうでもよかった。ただ、今度は絶対にあんたのことを守ろうと思った。その思いとか、信念とか、全部を」

 いつか佐羽にも同じようなことを言われた。あれはそういう意味だったのだな、とるうかは今更ながらに納得する。彼らが自分に向けてくれていた温かい眼差しは、3年前の夢の世界で自分が何かを遺せた証だったのだ。それは当時のことを全く覚えていないるうかにとっては少しくすぐったくて居心地の悪いものだったが、同時にとても誇らしいとも感じた。

「ありがとうございます」

 るうかはそう言いながら笑った。

「夢の中で、気付いたらずっとあなたの声を聞いていました。迎えに来てくれてありがとう。それに、現実でもこうして会うことができて……嬉しいです」

「る……」

 頼成は何かを言いかけて、それをやめて、ほんの少しだけ口をへの字に曲げた。実際はほとんど動いていなかったが、それでもそうしようとしたことは分かった。

 2人は黙って、ただ時間だけが過ぎていく。るうかは頼成から目を逸らさなかったし、頼成もまたるうかから目を逸らそうとしなかった。過ぎていく時間を惜しむように、過ぎてしまった時間を埋めるように、互いに互いを見つめ合う。そうしてどれくらい時間が過ぎただろうか。頼成が小さく息を吐いた。

「舞場さん」

 彼の左手の熱が上がる。掌の奥から伝わる脈動が少しずつ速くなっていくのを感じながら、るうかは黙って彼の言葉の続きを待った。

「こんなことになってから言うのは、悪いと思う」

 けどね、と彼は呟くように続ける。

「俺、あんたが好きだよ」

「私は“るうか”じゃないですよ」

 ついそんなことを言ってしまったのは、るうかなりに不安だったからかもしれない。頼成はそれを聞いても特に何も変わらず、当然のようにうんと声を出して頷いた。

「言っただろ。“あんた”が好きだって」

「……」

 半分だけ開いたような灰色の瞳で、自分では閉じることもできないその瞳で、彼はるうかを見つめて言った。唇も本当に少ししか動いていない。だからその声は少しくぐもっていて、きっと舌もあまりよく動かせないのだろう、聞き取りにくい音がいくつもある。

「……よく聞こえません」

 彼の顔の上で、るうかはそんなことを言った。鼻の奥がツンとして、視界がぼやける。悪いな、と頼成が言った。

「泣かせた。悪い」

「私に、どうしろっていうんですか。何もできないのに」

「だから、言ったでしょうよ。こんなことになってから言うのは悪いって」

「でも言ったんですね」

「今言わなかったら、言えなくなるかもしれないだろ」

「そんなの嫌ですよ」

「俺だって嫌ですよ?」

 本気で嫌そうに頼成は言う。それでも穏やかに弛緩した表情はほとんど動かない。そこからでは彼の気持ちが分からない。どうすればいいのだろう、とるうかは頭の中で問い掛ける。相手はいない。ただ、どこかに答えがあるような気がして。

「……槍昔さん、ちょっと、いいですか?」

「ん?」

「3年前……緑色の魔術師さんが石化した静稀ちゃんのお兄さんを元に戻したんですよね」

 るうかは頼成の左手を握る自分の左手に力を込めながら尋ねる。頼成は少しだけ不思議そうな顔をしながらそうだと答えた。

「何か……赤っぽい色の薬みたいなのをかけた。そうしたら石化は解けて、あいつは“天敵”にもならなかった」

「じゃあ槍昔さんの石化を解く方法もあるってことですよね」

「なくはない、と思うが」

「赤っぽい色の、薬だったんですよね」

「そう。……おい、舞場さん?」

 頼成の灰色の瞳がどこか不安そうにるうかを見ている。反対にるうかは微笑んだ。

「槍昔さん」

 私も好きです。るうかはそう言ってにっこりと笑ってみせる。目尻から零れる涙は気にしない。頼成が驚いたように目と口を開こうとして、うまくいかずにぎこちなく固まって、それでも消え入りそうな声で言葉を返す。

「それ……ホントですか」

「ここで疑うとかありえないでしょう」

「いや、だって」

 知り合ってまだ全然時間経ってないですよ。何故か敬語でそんなことを言う頼成に、るうかは呆れたように言い返す。

「あなただって、私のことそんなに知らないでしょう」

「……ええと」

「3年前だって、そんな浮かれた場合じゃなかったでしょう。でもあなたは迎えに来てくれたし、待っていてくれた。たくさん気も遣ってくれましたね。私を、守ろうとしてくれましたよね」

 時間なんて関係ないです。そう言ってるうかは少しだけ頼成の顔に自分の顔を近付ける。

「ここしばらく、ずっと同じ夜にいたじゃないですか。その間中ずっと大切にしてくれたじゃないですか。それでどうして、好きにならないでいられると思うんですか?」

 ぽたり、と頼成の頬にるうかの涙のひとしずくが落ちた。それが彼の動かない頬から首筋へと落ちていくのを、るうかは静かに見守る。頼成の口がわずかに動く。

「るうか」

 るうかの茶色がかった長い髪が頼成の胸元に落ちている。カーテンを透かした光を遮るように、それは頼成の顔の周囲を覆っていた。るうかは左手で頼成の左手を握り、右手でそっと彼の目を塞ぐ。それからあと少しだけの距離を縮めるように身を屈めた。

執筆日2013/11/06

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