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同じ夜の夢は覚めない  作者: 雪山ユウグレ
第7話 辿る道
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3

 空の色が暗さを増し、誰かが照明の魔法を放った。夜闇に沈む街の奥で神殿とその周辺だけが昼のような明かりに照らされている。強い風が吹き、空を流れる黒い雲の帯が星明りを覆い隠す夜であっても魔法の光は揺るがない。戦いの舞台はいっそ滑稽な程にはっきりとした色合いに染め上げられている。

 それは赤だ。

 赤しかない。

 “天敵”の身体を構成する異形細胞の塊はほとんどが新鮮な肉の赤色をしているし、誰が流す血も全て赤い。それが空気に触れて茶色く変わるより早く、新たな赤が地面を塗り替えていく。幾度も、幾度も。

 4体目。数えながら、るうかは“天敵”の弱点に赤い刃を叩きつけた。今度のそれは靴下で、中にまだ人間の足らしき感触が残っていた。それを肉塊の中に押し込むようにしながら破壊して、ばらばらに飛び散る血と肉片を全身に浴びて、それからるうかはひととき天を仰いだ。

 これは一体何という悪夢なのだろうか。

 生きるため、守るため、死にたくないから、死なせたくないから。どんな理由を考えたところで完全には納得できない。元は人間だった彼らを無惨に殺していくことが正しいとは思えない。正しくなくてもいいのだろう、とは思う。今のるうかにできることはそれしかないのだとも分かっている。しかし、一体どうしてこんな夢の中にいなくてはならないのか。

 今ここで眠ってしまえば現実で目を覚ますことができるだろうか?

 そうすればきっとこの夢の中にあるるうかの身体は“天敵”に捕食されて死んでしまうだろう。そうすればもう二度とこの夢を見ずに済むだろうか? 終わりが、来るのだろうか?

 るうかの背後でずるりと動く音がする。“天敵”はその身体が動物らしい四肢を持たないために這うようにして移動することしかできない。そのため彼らが移動すると必ず肉と地面とが擦れる音がする。だから反応することはたやすい。しかし終わりにしたいなら、それにも目を瞑ればいいのだろう。

「……なんて」

 るうかは目を細め、小さく鼻で笑った。

「できるわけない!」

 自分に気合を入れるように叫んで、跳躍。魔法の照明に照らされてきらりと光った“天敵”の頭上にある装飾品目掛けて上から必殺の剣を食らわせる。巨大なトマトが潰れるように“天敵”も潰れた。地面に新しくできた血溜まりの中心で、るうかはそれを拾う。たった今自分が貫いた、かつて神官だった人間の遺品だ。それは中に写真を収めることのできるペンダントだった。

 試しに中を開けてみたが、それは血にまみれて剣に破壊され、見る影もなかった。るうかは嘆息しながらそれをポケットにしまう。ひょっとしたら遺族がいるかもしれない。もしも返す機会があるのなら、取っておいた方がいいだろうと考えたのだ。

「5体」

 数えてから、るうかは次の獲物を探して辺りを見回した。すぐ近くでユイが大剣を振るっている。少し苦戦しているようだ。るうかは迷わずそちらに向かって駆け出した。

「ユイさん、手伝います!」

「弱点が3箇所ある。長引くと不利だよ。できれば2箇所同時に叩きたい」

「分かりました」

 ユイの要求は駆け出しの勇者であるるうかにとっては決して易しいものではなかった。しかしやらなければ負けるかもしれない。そう腹をくくってるうかは小剣を構える。“天敵”はすでに肉を広げて捕食体勢に入っていた。その左右、ほとんど対照の位置にひらめくように引っ掛かっている布の切れ端がある。先に駆け出すのはるうかだ。

 武器の長さがない分、るうかが先に相手の懐に潜り込む必要がある。そしてユイがるうかの呼吸を測りながら踏み込む。合図はない。“天敵”が2人を食らおうと肉の襞を動かした瞬間、2人は刃を振るった。

 破裂音というよりも爆発音に違い轟音が聞こえて、るうかは2メートル近く後方の地面に叩きつけられる。受け身の練習などしたこともないので激しく腰を打ちつけてしまい、すぐには起き上がることができなかった。その間に先程よりは小さな破裂音が聞こえ、やがてユイが血まみれの大剣を手にしながらるうかの元へと歩いてくる。

「ありがとう、助かったよ」

 そう言って彼女はるうかの手を引いて助け起こしてくれた。

「ありがとうございます」

「数は大分減ったけど、手強いのばかりが残ってきている。……君は、まだいける?」

「大丈夫です」

 るうかははっきりと頷いた。ユイは切れ長の目をわずかに細め、「心強いね」と言ってくれた。そこへ輝名が駆け寄ってくる。

「お前ら、無事か?」

「カグナ様」

 気付いたユイが姿勢を正し、自分達の無事と“天敵”の討伐状況を報告した。輝名は頷いて言う。

「残りは15体程度だろう。門も破られていない。こっちの戦力は開始時の7割といったところだ。踏ん張れ、いけるぜ」

「分かりました。必ず勝ちます」

「いいか、死ぬなよ。るうか、お前もな」

 輝名はるうかの目も見てそう言った。るうかも大きく頷いて彼の激励に応える。そして輝名は銃のような自分の武器を構え、近くに来た“天敵”に向けて撃った。放たれる熱線は“天敵”の分厚い肉を焼き切るほどに熱く収束されており、“天敵”が伸ばしてきた触手程度であれば簡単に切り裂いてしまえるほどの威力を持っている。どうやらあれは輝名の魔法を戦闘用にうまくコントロールするための道具であるらしい。

 ユイはそんな輝名を見ながら、彼が対峙する“天敵”へ向かって駆け出した。“天敵”は輝名の身体の左側を狙って触手を飛ばしてくる。輝名は身をかわし、銃を構えようとした。その足元に別の“天敵”が触手を伸ばす。

「っ」

 輝名は転倒した。銃を右手に持ったまま、左肩から落ちるようにして地面に倒れ込んだ。ユイが最初の“天敵”に向かって大剣を振るう。弱点を狙った攻撃ではないが、勇者である彼女の攻撃には相当の威力があるのだろう。“天敵”はわずかにではあるが後ずさった。るうかはもう1体の“天敵”の触手を斬り、輝名を助け起こす。

 そこで初めて彼の左腕にある違和感に気付いた。

「悪いな」

 輝名は微かに自嘲気味の笑みを浮かべてるうかを見る。フードと一体化しているケープをまとっているためによく見えないが、彼には左腕がなかった。おそらくは肘より少し上の部分から先が丸ごとないのだろう。そのため、銃を持った状態では身体を支えることができなかったのだ。

 何故。るうかは疑問を感じながらもまずは目の前の敵に集中する。援護するぜ、と輝名が言った。お願いします、とるうかは答える。そして、駆ける。

 先程触手を斬ったときにすでに弱点の場所は確認していた。左側面にある革製のベルトの切れ端のようなものだ。しかしるうかが左に回り込めば“天敵”は正面に立つ輝名の左側を攻撃しやすくなる。それでも輝名はそこを動こうとしない。

 囮になるつもりなのだ。気付いたるうかは少しだけ奥歯を噛み締め、“天敵”に肉薄した。飛び込んできた敵、あるいは獲物に対して“天敵”はその肉を広げて包み込もうとする。その開いて薄くなった肉の壁に輝名の放った光線が直撃する。

 悲鳴のような、号泣のような、何とも形容しがたい異様な咆哮が空に響いた。縦に真っ二つに切り裂かれた“天敵”がもがいている。肉の焦げる異臭がるうかの鼻をつき、それでも彼女は隙だらけの弱点に真っ赤なカタールを突き刺した。四散する肉片の一部に白く焼けたものが混じる。

「6体目」

「やるじゃねぇか」

 息を荒くしながら輝名は笑った。るうかも少しだけ微笑んで「有磯さんのおかげです」と答える。

「輝名でいい。こっちじゃみんなそうとしか呼ばねぇからな。苗字じゃ通用しないぜ」

「あ……はい、分かりました輝名さん」

「いい子だ」

 楽しそうに言って、それから輝名は表情を引き締めてぐるりと辺りを見回す。周囲から聞こえてくる音は少しずつ少なくなってきていた。すぐ近くから破裂音が聞こえ、対峙していた1体を片付けたユイが2人の元にやってくる。

「静かになってきましたね」

 ユイが言って、輝名が頷く。その表情は険しい。

「急に気配が減った。そんな気がしねぇか?」

「……胸騒ぎが」

「俺もだ。これまでと何か違う」

 るうかにはよく分からなかったが、2人は状況に何らかの異変を感じているようだった。見てきます、とるうかは言う。

「門の方も、心配なので」

「佐羽か。……そうだな、頼む。1人で手に負えなさそうなら戻れ、無理はするな」

「はい」

 輝名の許しを得て、るうかは門の方角へと向かった。途中、確かに妙だと感じる。“天敵”の姿が見当たらないのだ。ある程度の数を倒したとはいえ、まだ全滅させるまでには至っていないはずである。それなのにどうしてなのだろうか。続いてるうかはさらなる違和感に気付いた。

 人がいない。

 目に映るのは赤、茶、赤、茶の斑模様に染まった凄惨な地面ばかりで、誰の姿もない。“天敵”もそれと戦う人間も。ぞくりとした悪寒がるうかの背を駆け抜けた。

「……っ、落石さん!!」

 まさか、という思いと佐羽がそう簡単にやられるわけがないという不思議な信頼とが混じり合い、るうかは思わず叫んでいた。そして門のある方向へとひたすらに駆けていった。

執筆日2013/11/04

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