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同じ夜の夢は覚めない  作者: 雪山ユウグレ
第6話 終われない夜
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4

 アッシュナーク神殿、またの名を鼠色の大神殿。建物そのものはそれほど大きくないものの広い敷地を持つそこは、すでに戦場となっていた。

 あれからすぐに輝名の使いを名乗る若い男が宿屋に来て、るうか達に応援を要請してきた。神殿に“天敵”が溢れている。魔王である佐羽には“天敵”の殲滅を、賢者である頼成には負傷者の治療を依頼したいと。そしてるうかはその場で自分が勇者であることを自ら明かし、“天敵”討伐のために参戦することを決めた。

 神殿の敷地には何十という数の肉塊がひしめいていた。腕に覚えのある戦士や魔術師のような人々が応戦しているが、どうやら相当に苦戦しているようである。一体どうしてこのようなことになっているのかと訝りながらもるうかはひとまず街への出口に近い場所にいた1対に狙いを定めた。

 弱点はすぐに見える場所にあった。それは白い包帯で、わずかに赤い血が滲んでいた。神経を研ぎ澄ませ、辺りの動きにも気を配り、こちらを見た“天敵”の攻撃をかわして懐に入り込む。夢の中のるうかの身体能力は現実のそれとは比べ物にならないほどに高くなっており、腕力だけでなく瞬発力や動体視力も飛躍的に向上している。ここ数日の佐羽との訓練でそれを実感していた彼女にとって、“天敵”に肉薄することはさほど難しいことではなかった。そしてその弱点を的確に破壊することも。

 破裂した肉塊から大量の血を浴びて、それでもるうかは前を向く。やや遅れて佐羽が近くの“天敵”の1体に衝撃波を叩き込んだ。弱点に命中したそれは見事に“天敵”を破砕する。

「壮絶だね」

 佐羽が皮肉たっぷりの笑みを浮かべて言い、その後ろで頼成がチッと舌打ちをする。

「どうなってんだこりゃ。本当、何が起きた?」

「想像はつくでしょ」

 あっさりと言って佐羽は近付いてくる“天敵”達に牽制の衝撃波を放つ。

「地下の牢獄。“天敵”化し始めた神官達が死を待つ場所。そこで何かが起きた」

「何かって……」

「きっと全員が一度に完全な“天敵”になったんだろうね。扉も何も全部破壊して、監視官も介助係も全員捕食して、そうしてみんなで外に出てきた。きっと中にいた神官や治癒術師も結構な数が食べられたんだと思うよ。そうじゃないとこの“天敵”達の大きさに説明がつかないもの」

 佐羽の言う通り、辺りに見える“天敵”の身体はイアシーチで戦ったものよりさらに大きいものがほとんどだった。すでに人間を捕食して力を増していると見るのが正しいのだろう。

「地下の神官が一度に“天敵”化? そんな馬鹿な」

「それ以外にどう考えられるの?」

「……だとしたら、それは」

 頼成が何かを言いかけたとき、近付いてきた“天敵”の1体が肉でできた触手を伸ばしてきた。砲弾のようなそれをるうかの小剣が叩き斬る。

「あんまり話している時間もないみたいですね」

「そうだね。まず数を減らさないと。何としても街には出さないように……できれば神殿の中に追い込みたいところだね」

「できるんですか? そんなこと」

「俺達だけじゃあ無理かな。多分神殿側でも応戦しているはずだから、そっちと合流して合同作戦といきたいところだけど……」

 うーんと唸って、それから佐羽はもう一度当たりの“天敵”達に向けて衝撃波を放った。弱点に命中しない限りほとんどダメージを与えることはできないが、それでも“天敵”達は身を引く。黄の魔王はそんな“天敵”達を見てふぅと小さく息をついた。

「頼成、るうかちゃんを連れて神殿の中に跳んでくれる? きっと輝名もそっちにいるんじゃないかな。まぁ何とか彼を探して、それで対応してほしい」

 佐羽の言葉に、頼成は一瞬顔をしかめて彼を睨んだ。

「ここをお前1人で持ちこたえる気か?」

「他に戦っている人もいるし、1人ってわけじゃないよ」

「……分かった」

 頼成は何かを言いかけたが、結局それだけ答えて友人を見やる。

「ヘマするんじゃねぇぞ」

「誰にものを言ってるのか分かってる? 石化しかけた賢者ごときが、笑わせないでよ」

 佐羽はそう言うと声を立てて笑った。それから杖を一振りし、辺り一面に向けて衝撃波をぶちまける。

「さぁ、遠慮なくいくよ。巻き込まれたくなかったら早いところここを離れてもらえる?」

「……佐羽っ」

「うるさい、行けよ頼成!!」

 日の沈みかけた空の下、魔王は必死になって怒鳴った。辺りには血と脂の臭いが満ちている。頼成はぎりりと奥歯を噛み締め、るうかの手を握った。

「跳ぶぞ」

 頼成が短くそう言った後、るうかの目の前から景色が消えた。

 移動はほんの一瞬だ。頼成が“跳んだ”先は佐羽が指定した通りに神殿の中で、以前来たときに初めに入った待合室だった。今は暖炉の火は消されており、天井近くの窓から入る外の光もないせいでかなり薄暗い。そこに“天敵”の姿はないが、辺り一面には彼らの這いずった赤い跡が残されていた。

「ここはもう終わってやがるのか」

 頼成が忌々しそうに呟いたその時、近くのソファががたりと揺れる。咄嗟に身構えたるうかだったが、その後ろから現れたのは彼女と同じか少し下くらいの年齢の少女だった。見覚えがある。そう、以前ここを訪れた時に頼成に声を掛けた治癒術師の少女だ。

「ライセイ様!」

 少女はそう言って頼成に駆け寄る。そして彼のマントを両手で掴むようにして訴えた。

「助けてください! 地下からどんどん“天敵”が出てきたんです! 神官様もたくさん、食べられてしまって……私はソファのクッションの下に隠れて、何とかやり過ごしたんです。怖くて……外にも出られないし、私、もうどうしていいのか……!」

「……あんた、毎日神殿に来ていたのか?」

 ふと、頼成が静かな声で少女に尋ねる。少女は一瞬きょとんとして、それからこくりと頷いた。

「はい。私、祝福を受けるかどうか迷っていて……地下の牢獄にも行きました。神官様達は、みなさんとても静かで……でも確実に“天敵”になっていっているのが分かりました。私は、やっぱり怖くて……祝福を受けるかどうか、決められなくて」

「神官による祝福の仕組みには反対している奴も多い。非人道的だってな。そもそも、高度な治癒術そのものが人間の尊厳を無視していると言う奴もいる……そんな奴らにとってアッシュナークの都は絶好の標的だ。ここを潰せば祝福の仕組みは崩壊しかねない」

「ライセイ様……?」

 少女は戸惑った様子で頼成の顔を見上げている。るうかも同様だったが、ふと気付く。

 少女の片手に隠すように握られた刃物。それは薄暗い神殿の中で異様なぎらつきを放っていた。少なくともるうかの手にはそう見えた。頼成が口を開く。

「あんた、治癒術師じゃないな。細胞異形化を促進する魔法に長けた魔術師だろう。そういう手合いがいると聞いたことはあったが、実際に会うのは初めてだな」

「何を言っているんですか、ライセイ様。私は治癒術師です」

 少女はきっぱりとそう言いながら片手を振り上げる。その刃が頼成に届く直前、るうかは2人の間に身を割り入れた。少女の刃物はるうかのカタールによって阻止される。

「させませんよ」

「……」

 少女は刃を引いて後ずさった。その表情は先程までとは全く異なる、敵意をむき出しにしたものへと変貌している。

「意地汚く生きようとする人間ばかりが多いから、“天敵”が生まれるのよ」

 少女の口から言葉が吐き出される。それをるうかと頼成は黙って聞く。

「人間にはそれぞれ寿命があるのよ。死の病に冒されたら、それはもう仕方のないことなのよ。助かろうと思うこと自体が傲慢なのよ」

 少女は刃を握り締め、頼成を睨んだ。

「なのにどうしてこの世界ではそれが助かるなんて言うの? 助ける技術があることと助かることは違うでしょう。助けるためには犠牲が付きまとうでしょう。あなただってそうでしょう。その左手はほとんど石化しているじゃない。ここの地下にいた神官達だってそうでしょう。みんな心を失って、そうでもしないと恐怖に耐えられなくて、そうして助かった誰かだけが笑って暮らしているのよ? それが希望なの? 外の“天敵”達を見たんでしょう。あの真っ赤な肉の塊を見たんでしょう。あれは醜く生きようとした人間達の業の結果よ。寿命に逆らって生きようとした人間達が、その人間達の身勝手な願いを叶えようとした治癒術師達が、神官達をあんな化け物にしたのよ。こんな街、滅んでしまえばいい。神殿を構えて、英雄記念館だなんていって石化した治癒術師や賢者達を崇めて、人間を“天敵”にする高度な治癒術を正当化する。そんな街なんて滅べばいい。そうしたらみんな少しは思い知るでしょう。命根性の汚い人達が、その人達が希望と呼ぶ傲慢が、どんな不幸な結果を招くのか!」

 そこまで言って、少女ははあはあと息を切らせた。彼女の手にある刃はまだ不穏な輝きを放っている。るうかは頼成を庇うように立ちながら、じっと少女を見つめた。

 彼女の言いたいことも少しは分かる。この世界で“天敵”を生み出す治癒術と、それを防ぐための仕組みにはたくさんの理不尽を感じる。それはるうかも同じだ。しかしるうかには少女の間違いもよく分かっていた。簡単なことだ。

「言いたいことはそれで全部ですか」

 るうかは静かに少女へと問い掛けた。少女はるうかが口を開いたことに驚いた様子で彼女を睨む。るうかはそんな少女の視線を受けながらはっきりと言う。

「神官の人達を化け物にしたのはあなたなんでしょう? そういう魔法を使ったんでしょう? そんなあなたに何を言う資格もありはしないと思います」

「……なっ」

「舞場さんの言う通りだ」

 頼成がるうかの肩を軽く押しながら言う。るうかは左に1歩ずれて、頼成がその横に並んだ。少女は握った刃物を震わせながら2人を睨んでいる。

「あんたは高尚な理屈をこねて大量殺人を正当化しようとしている。それはあんたの言う人間の傲慢さなんて遥かに超えて不条理だ。あんたはここで必死に恐怖と戦いながら生きていた神官達を“天敵”化することで殺した。その“天敵”が街を食らいつくすよう仕向けた。生きようとする傲慢より殺すことを正当化する傲慢の方がよっぽどクソだと、俺は思うがね」

「……っ」

 少女はまだ何かを言いたそうに唇を動かし、それからぎゅっとそれを噛み締めた。そのとき少女の後ろでずるり、と影が動いた。咄嗟にるうかが飛び出す。

「舞場さん!」

 頼成が叫び、るうかに強化の魔法をかけた。少女の後ろに潜んでいた1体の“天敵”、その触手が今まさに少女の身体を掴もうとしたところでるうかのカタールに断ち切られる。頼成は次に照明の魔法を使った。暗いままでは弱点を見付けることも難しい。

 少女は2人を見て、小さく呟く。

「どうして?」

 どうして私を助けるの? その問いに2人は答えず、ただ目の前にいる“天敵”と対峙した。

執筆日2013/11/01

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