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同じ夜の夢は覚めない  作者: 雪山ユウグレ
第6話 終われない夜
24/42

3

「また会ったな」

 アッシュナークの都の広い広場の片隅で膝を抱えていたるうかは、自分に向かってそう話しかけてきた声に顔を上げた。見ればそれは以前神殿で出会った白銀のフードを被った青年である。るうかは軽く頭を下げながら彼に挨拶する。

「お久しぶりです」

「まだ都にいたんだな。どうだ、少しはこの街にも慣れたか?」

「あんまり、慣れてないです」

 るうかが正直に答えると、フードの青年は声を立てて笑った。そいつはいい、と彼はまだ笑みの残る声で言う。

「慣れは可能性を模索することを諦めさせる。諦観は希望を打ち消す。だったら永遠に異邦人でいた方がいい。誰かの定義や慣習に惑わされず、自分の思ったことを信じろよ」

 そう言いながら彼はるうかの隣に腰を下ろした。どうやら少しの間話でもするつもりらしい。

「ところで、お前は何者だ?」

「え?」

「頼成と一緒にいただろ。もしかしてお前が“るうか”なのか?」

 淡い青色の瞳がフードの下から見上げるようにしてるうかを眺める。品定めでもされているようであまりいい気分ではない。それにしても、この青年は頼成と知り合いなのだろうか。

「槍昔さんを知っているんですか」

「なるほど、槍昔さん、ね。普通この世界の人間は苗字を持たないんだぜ?」

「あ」

 そういえば以前頼成もそのようなことを言っていた気がする。るうかは失敗したと思ったが、どうやら相手には通じているようなのでそれほど問題にはならないようだ。青年はるうかを見ながら軽く笑い、会話を続ける。

「頼成も、槍昔頼成も知っている。で、お前は?」

「あ、私は……」

「おい、何してんだ」

 突然背後からドスの効いた声がかけられた。るうかは驚いて振り返り、そこに武器を手にして仁王立ちしている頼成を見て思わず言う。

「槍昔さん、動いて大丈夫なんですか!?」

「ヒーロー風に登場しておいていきなり心配されてんじゃ世話ねぇなぁ、頼成」

 るうかの隣でそんなことを言う青年に、頼成はじろりと睨む視線を送る。小さな子どもなら泣き出しそうなその眼差しの険しさにも青年は全く動じる気配がない。

「別に何もしてねぇよ。お前らこそ、街中に女の子ひとりで放っておくような危ない真似をしてんじゃねぇよ。この甲斐性なしが」

輝名(かぐな)……」

「お前らみたいな有名人と一緒にいるところを見られているってだけで、こいつに価値を見出す輩もいる。平和な現代日本と同じ感覚でいるんじゃねぇよ」

「説教かよ」

「都の治安を守るのも神官の務めだからな」

 そう言うと青年は立ち上がり、頼成の左手をちらりと見た。そして少しだけ溜め息をついて告げる。

「ここでお前が働く必要はないんだぜ、頼成」

「佐羽にも似たようなことを言われたよ」

「あんまり奴に心配かけるな。あと、その子にもな」

 るうかの方へと顎をしゃくり、青年はフードの下から頼成を睨む。頼成は痛いところを突かれた様子で小さく口を曲げた。青年は声を立てて笑う。

「そうしているととても賢者様には見えねぇな。まるきりただの大学生だ」

「あーあー、何でもいいよもう。舞場さんを見守ってくれたことには感謝するが、あんたいちいち癇に障るんだよ」

「舞場っていうのか」

 ふぅん、と小さく呟いて青年は改めてるうかの方を見た。

「俺は有磯輝名(ありいそかぐな)だ。よろしくな、舞場るうか」

「あ……」

 そう言えばるうかは結局まだ彼……輝名に対して名乗っていなかった。それなのに彼はるうかがそうであると確信した様子で彼女の名を呼んでくる。一体何故彼はそこまで自信たっぷりなのだろうか。そしてそもそも頼成とはどういう関係なのだろうか。どうやら職業は神官で間違いないらしいが、彼も誰かに祝福を授けているのだろうか。だとしたら彼もいつかは“天敵”になって殺されてしまうのだろうか……。

 いくつもの考えがるうかの頭の中を巡り、混乱した彼女は言葉を失う。輝名は意外と優しい笑顔でそんなるうかを見ていた。頼成はゆっくりとるうかのところまで歩いてくると、彼女を庇うように輝名との間に割って入る。余裕ねぇな、と輝名が笑った。

「うるせぇ」

「そのくらいでいいって言ってんだよ。たかが20年やそこら生きたくらいで悟ってんじゃねぇよバーカ」

 楽しそうにそう言って、輝名はるうか達から離れていく。去り際に右手をひらりと振って、「じゃあな」と軽く挨拶をして。

 そこで突然、神殿の方から轟音が聞こえた。

 るうかは勿論、頼成と輝名もぎょっとして街の一番奥の方へと目をやる。続いて聞こえてきたのはけたたましい鐘の音だった。輝名がチッと舌打ちをする。

「おいおい、何があったってんだ……!?」

「緊急の鐘か」

「ああ。大体今の音は何だ……くそっ。頼成、お前は舞場を連れて宿屋に戻ってろ。事実確認をして応援が必要なら呼びに行く。宿はいつものところか?」

「そうだ。気を付けろよ、輝名」

「誰に言ってやがる」

 やけに高慢な台詞と不敵な笑みとを残して輝名は神殿の方角へと駆けていった。街の人々もそれぞれに避難しようと広場から離れていく。俺らも行くぞ、と頼成に言われてるうかも立ち上がった。途端、ぐらりと地面が揺れる。続いてまた神殿の方角から轟音が聞こえた。身体のバランスを崩しかけたるうかを支えようと頼成が手を伸ばす。しかしその左腕は彼女を支えきれず。

「あっ」

 2人は折り重なるようにしてその場に尻もちをついた。頼成が一瞬途方に暮れたような顔をして、すぐにそれを隠すように顔を背ける。るうかは彼の両頬を掴んで無理矢理自分の方へと向けた。

「ふあっ!?」

「いい加減にしてください。無理なことしないでください。格好つけないでください」

「ひや、れもな」

 何を言っているか分からないのでるうかは頼成の頬から手を離す。代わりに両肩をがっちりと掴んで固定した。勇者の腕力をなめてもらっては困る。

「反論がありますか」

「格好くらいつけさせてくださいよ」

「格好つけられるような体調なんですか」

「……ええと」

「私は勇者ですよ。この世界でなら、槍昔さんを背負って運べるくらいには力持ちですよ」

「それは俺としてはすごい情けないんですけど」

「それは何となく分かります。でもやりますから」

 そう言ってるうかは言葉通りに彼の身体を背負い上げた。体格差があるため背負いにくいが重さの点では問題ない。おおこれはすごい、とるうかは自分で言っておきながら勇者の腕力に感心した。上から何やら文句を言う声が聞こえるが、それはもうすっぱり無視して宿屋に戻ることにする。途中ですれ違った街の住人が何やら言っていた気もするが、それも無視を決め込む。しかし最後に頼成が呟いた「もう俺この街歩けない……」という悲愴な言葉にはほんの少しだけ憐れみを感じないでもなかった。

「戻りました!」

 宿屋の部屋の扉を開けて呼びかけると、中にいた佐羽が一瞬ホッとしたような顔をして、それから明らかにギョッとしてるうか達を見た。

「なんか、すごい、どういう展開?」

「緊急事態みたいだったのでこうしてきました」

「緊急事態らしいので問答無用でこうされました……」

 るうかと頼成、それぞれの報告に佐羽はなんだかもうどうでもいい様子で「そう……」と力なく呟いた。その間にるうかは頼成をベッドに下ろして両腕をぐるぐると回す。さすがに少し痺れていた。

「るうかちゃん、すっかりたくましくなって」

「お前、戦闘練習で変なこと吹き込んだりしてねぇよな?」

「生憎思い当たることはないね。……元々なんじゃない?」

「そうか……」

 頼成と佐羽はそれぞれ何やら複雑そうな面持ちでるうかを見ていたが、やがてそういう場合でもないことを思い出したらしい。頼成が改めて佐羽を呼ぶ。

「おい、神殿の方で何かあったみたいでな。今輝名が確認に行ってる」

「あれ、彼に会ったの?」

「あいつ舞場さんに絡んでた」

「あらまぁ」

 佐羽は大仰に驚いてみせ、それから頼成を見てふわりと微笑む。

「頼成、るうかちゃんと彼を会わせたくはなかったんじゃない?」

「あ? なんでだよ」

「だって彼、とっても美形じゃない。俺なんて目じゃないくらいにさ」

 さりげなく自分も美形の部類に入れておきながら、佐羽はそんなことを言ってまた頼成を挑発する。頼成は呆れ顔で、しかし若干焦った様子で答える。

「てめぇなぁ……何でもかんでもそっちに振るな」

「何でもかんでも振ってはいないよ。ここぞというときに焚き付けておかないと、いつまで経っても面白くならなそうだから。俺も色々と気を遣っているんだよ?」

「そういう場合じゃねぇっつってんだろ。応援が必要なら呼びに来るって、その輝名が言ってたぞ。準備しておけよ」

 はいはい、と答えて佐羽は肩をすくめる。そもそもるうかと出会ったときの輝名はずっとフードを被ったままだったので、るうかとしては美形かどうかなど確認してもいないのだった。元々あまり他人の顔の造形に興味のある方でもないので確認する気もなかった。

 るうかは男2人の会話をよそに窓辺に寄り、街の様子に変化がないかと辺りを見回してみる。通りに人が少なくなっている以外、目立った変化はないようだった。そろそろ夕刻も近く、空の色はだんだんと彩度を落としていく。大きな雲が街の上を横切って、冷たい風が窓枠を揺らした。

 がらんがらんがらん、とまた神殿の方から大きな鐘の音が響いてくる。すると宿屋の主人が慌てた様子でるうか達の部屋まで来て、それが住民に地下への避難を命じる鐘だと教えてくれた。つまり、街の中に“天敵”が出たという知らせなのだと。

「何だって?」

 頼成が目元にしわを寄せて呻くように言う。

「アッシュナークの都で街の中に“天敵”? 神殿が厳重に管理しているこの街で? そんな馬鹿な」

 宿屋の主人は頼成に同意し、自分も信じられないと言った。それでもこの鐘の意味するところは間違いないと言われ、頼成も黙る。佐羽が横からやんわりと口を挟んだ。

「実際、珍しいことですよね? 今までにこういったことは?」

 なかった、と主人は答えた。そうですか、と頷いて佐羽は微笑む。

「分かりました。俺達は戦うことができるので避難はしません。もうじき神殿から呼び出しが来るでしょう。あなたは早く避難してくださいね」

 にっこりと笑ってそんなことを言う佐羽に対して宿屋の主人はわずかに身を引きながらも「お気をつけて」と言い残して去っていった。佐羽は「さて」とるうか達を見る。

「あんまりよくないことになっているみたいだね」

「……解せねぇ。ありえないことが起きてるんじゃねぇのか」

「そう思うよ。……でも、対処する以外にない。都を全滅させたくないならね」

 長い夜になりそうだね。佐羽はわずかに眉をひそめながらもそう言って微笑んだのだった。

執筆日2013/11/01

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