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英雄記念館の外に出ると、佐羽が建物の外壁に背を預けてぼんやりと空を見ていた。頼成が彼に声をかける。
「何やってんだよ」
「ん? あ、やっと出てきたね。あんまり遅いから中で何やってるんだろうって勘繰っちゃったよ」
佐羽はそんなことを言ってにこにこと笑ってみせるが、彼がるうか達に気を遣っていつの間にか外に出ていたことは明白だった。素直でない友人の頭をとりあえず優しく小突いてから、頼成はさてと今出てきた建物の方を見やる。
「英雄記念館は終わったから、次は神殿だな。佐羽、お前どうする?」
「ああ、そうだね。広場で露店でも見て待っていようかな」
なんでも神殿に魔王は入れないらしい。そもそもこの辺りは大神官の治める地域であり、魔王は歓迎されないのだそうだ。役柄から考えれば当然のことかもしれないが、佐羽のにこやかな様子を見ているとあまり実感が湧かないのも事実だった。
「じゃ、ごゆっくり」
佐羽はそう言い残して広場の方へと歩き去る。残されたるうかは頼成を見上げ、頼成は頼成で何となく気まずそうな表情をしながら「行くか」と言った。
神殿は街の一番奥にある。英雄記念館と比べると質素な造りで、敷地の面積こそ広いが建物そのものは2階建てでそれほど大きくは見えない。鼠色のコンクリートに似た石を積み重ねて築かれた壁にはところどころにるうかの読めない文字で何かが刻まれていた。
「ここがアッシュナーク神殿。別名、鼠色の大神殿。全ての神官を統括する鼠色の大神官がいるところだ」
頼成が説明し、るうかは首を傾げる。
「神官、っていう職業もあるんですね」
「ああ。それも中で説明する。口で説明するより見てもらった方が早いからな……けど、またちょっとショックかもしれないから、もし気分が悪くなったりしたらすぐに言ってくれよ」
不気味な忠告をし、それから頼成は神殿の中へと入っていく。るうかも後に続いた。
神殿の中は意外と明るく、やはり鼠色をした壁の天井近くにいくつも明り取り用の窓が設けてあるのが見て取れた。入ってすぐに受付があり、用件を尋ねられる。頼成が見学だと告げると受付係の女性はどうぞと愛想よく2人を中に通した。受付を過ぎるとそこは広いロビーになっており、大きな暖炉がある。暖炉の周囲を取り囲むようにゆったりとしたソファが並べられ、くつろげる雰囲気になっていた。神殿というよりは何かの待合室のような様子である。ソファには何人かの人が座っていて、本を読んだり目を閉じたりしながら何かを待っているようだった。
「ここは見ての通り待合室だ。神殿に来る奴の大半は“祝福”を受けることが目的だからな。ああやって順番を待っているんだよ」
ソファの横を通り過ぎながら頼成がそう説明する。また聞き慣れない単語が出てきたとるうかは首を傾げた。
「祝福、ですか」
「呪いと反対、っていったら少しは想像つくか? ま、やってることは似たようなもんだけど」
頼成がそこまで言ったときだった。ソファに座って順番待ちをしていた若い女性……それこそるうかよりも年下ではないかと思われる少女が頼成に気付いて立ち上がり、2人の方へと駆け寄ってくる。そして頼成を見上げ、突然大きな声で言った。
「あの、賢者のライセイ様ですよね!?」
いきなりのことに驚いたるうか達だったが、頼成はすぐに頷いて少女に答える。
「そうだけど、何か俺に用事か?」
「はい、あの……私、“祝福”を受けに来たんですけど、でも迷っていて……」
少しずつ声を落としながら、少女は俯きがちに言う。
「考えていたら分からなくなったんです。誰かを犠牲にして、それで誰かを救えるのかって。それが誰かを救っていることになるのかって。だから……“呪い”を選んだライセイ様なら……どう思っていらっしゃるのかと思って……」
「……」
頼成は少しの間黙って少女の頭を見ていた。身長差があるので相手が俯くと彼にはその頭のてっぺんしか見えない。そうしてしばらく考えるようにした後、頼成はるうかの方を振り返ってすまなそうな顔をした。
「悪い、舞場さん。少しその辺で待っててもらえるか? 結構深刻な相談みたいだから」
「あ、はい……分かりました」
「そんなには待たせないから。……悪いね」
とても申し訳なさそうに言って、頼成は少女を連れて部屋の奥の方へ行ってしまった。るうかは少女の言っていた“犠牲”という言葉の意味を考えながら近くのソファに腰掛ける。そして頼成は意外と有名人らしいと考えた。これまでも、つまりるうかがこの世界で目を覚ますよりずっと前から、彼は佐羽と一緒に各地を巡って賢者として人々を癒してきたのだろう。そして佐羽はそんな頼成を見守りながら、“天敵”を倒すこともしていたのだろう。それで彼らの名は広まっているのかもしれない。あくまで想像だが。
暖炉には小さな炎がゆらゆらと頼りなげに燃えていた。るうかはそれを見るともなしに見ながら、今日のことや昨日のことを考えていた。意識が周囲から離れていたせいだろう。いつの間にか隣に人が座っていることに気付くまでに随分時間がかかった。
その人物はるうかが見つめる炎に向かってそっと右手を伸ばす。すると炎は一瞬ゆらめくことをやめ、それから青白い色に輝きだした。るうかはそこでようやく隣の人物に気付いてハッとそちらに顔を向ける。そこには白銀のフードを目深に被った、恐らくは青年と思われる人物が軽く笑みを浮かべて座っていた。
「こんにちは、お嬢さん。見たところ治癒術師でも賢者でもなさそうだが、神殿に何の用だ?」
落ち着いて、それでいてどこか偉そうな声がそう尋ねる。フードのせいで口元しか見えないが、彼にはるうかが見えているのだろうか。るうかは訝しがりながらも正直に答えた。
「見学です。今連れを待っているところです」
「なるほど、そいつは悪くない心掛けだ。それで、お前はここがどういうところか知っているのか?」
今度もるうかは正直に首を横に振って答えた。するとフードの青年はフンと小さく鼻を鳴らして肩をすくめる。
「なら、知っておいた方がいい。ここは治癒術師や賢者がその身に“祝福”を受けるためにやってくる場所だ。それによって、強力な治癒術を使っても患者が“天敵”になる危険をなくすことができるからな。“天敵”の仕組みくらいは知っているんだろ?」
知らないならそれもついでに説明してやろうかといった様子で青年が言ったので、るうかは「それは知っています」と答えた。何しろ今日現実で聞いたばかりの話である。改めて説明を受けるまでもない。青年はるうかの答えを聞いて「それなら話は早い」と頷いた。
「治癒術が患者を“天敵”にする……それを防ぐ方法は3つある。ひとつは、そんな無茶な治癒術を使わないこと。これはある意味一番確実だ。ふたつめは、術者が魔王から呪いを受けること。呪いは術者の石化と引き換えに患者の“天敵”化を防ぐ。術者の自己犠牲だな。そしてみっつめが、術者が神官から祝福を受けることだ。祝福は術者が患者に施した治癒術によって発生した細胞の異形化を、祝福を授けた神官に移す効果を持っている。だから患者は“天敵”にならず、術者にも何の不利益もない。故に、祝福を受けたいと神殿にやってくる治癒術師や賢者は多い」
青年の説明を聞き、理解したるうかはすぐにそれに気付いた。
「じゃあ、でも、その祝福を授けた神官は……」
「徐々に異形細胞に身体を侵され、最後には“天敵”になる。だから神官はある程度の人数に祝福を授けた後はこの神殿の地下にある特殊な牢獄に入ることになる。そしてやがて“天敵”化したらその場ですぐに殺される。それで祝福は解けちまうが、何、また別の神官が祝福を与えてやれば済むことだ。少なくとも、ここにそれを目当てにやってくる術師共にとってはな」
声をひそめることもなく、青年は口元に皮肉そうな笑みを浮かべながらそう語る。近くのソファに座って順番を待っている、おそらくは治癒術師や賢者であろう人々を気遣う様子はない。ときどきちらちらと青年を見る者もいるが、多くは無視を決め込んでいた。青年はフッと小さく笑みを零す。
「何を選ぶかは人それぞれだ。それに文句をつける気はない。だが俺みたいなはぐれ者は時々こうも思うんだ。何か、もっと別のいい方法はないのか……ってな。誰も諦めず、誰も犠牲にならず、誰も“天敵”にならない……そんな最高の方法があれば」
青年は独り言のように言って天井を仰いだ。フードの隙間から綺麗な白銀色の髪が見える。スッと通った鼻筋と、その上にある淡い色の瞳も。
「そんな方法があれば、って。私も思います」
るうかは青年の横顔を見ながら言った。青年はそれを聞いてるうかを見る。少しずれたフードの下に見える紫がかった淡い青の瞳が笑っていた。
「そうか」
どこか明るい声でそう言って、青年はそのまま音もなく立ち上がりどこかへ去っていってしまう。あ、と思ったるうかが立ち上がりかけたところに頼成が戻ってきた。
「悪い、待たせたな」
「あ、おかえりなさい」
「今の……ここの神官か? 何か話してたのか?」
頼成は今まさに立ち去ったフードの青年の後ろ姿を見やって怪訝そうに言う。るうかもよく分からなかったが、彼から神官と祝福に関する話を聞いたことは伝えた。なるほど、と頼成は頷く。
「ひょっとしてあいつ……。いや、まぁいいや。それなら少しは覚悟もできたか?」
「覚悟、ですか」
「そう。ここの地下……祝福を授けて“天敵”化し始めた神官達がいるところを、一度見ておいてもらいたい」
頼成の言葉に、るうかは思わず身を硬くした。
執筆日2013/10/30




