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眠ったと思ったらすぐに目を覚ました。夢の世界での目覚めはそんな感覚だった。駅で頼成と別れてから少し暗くなった道を帰り、相変わらず帰りの遅い両親を待たずに翌日の準備などを終えてベッドに入ったのが10分前である。こんな眠り方で疲れは取れるのだろうかと訝りながら、るうかは赤い衣装を身にまとった身体を起こした。空はまだ薄暗い。
昨夜見た夢で眠ったのと同じ、小高い丘の上である。下にはイアシーチの町が見える。そして近くにはこちらに背を向けて眠っている佐羽の姿も。やはり同じ夢が続いているのだな、とるうかは諦めるような気持ちで納得した。
そこではて、と首を傾げる。一緒に眠っていたはずの頼成の姿がない。彼の藍色のマントだけは何故かるうかの上に掛けられていたが、彼本人は見える範囲にいなかった。薄寒い朝の空気の中、るうかは彼のマントにくるまるようにしてそっと立ち上がり、彼を探しに歩き出す。佐羽は起きなかった。
もし頼成がるうかより早く目覚めたのだとしたら、まず何をするだろう。そう考えてるうかは小川に向かった。朝起きてすることといえば身支度である。顔でも洗ってすっきりしたいところである。そう思って小川に着いてみると、案の定頼成はそこにいた。予想外だったのは、彼が上半身の衣服を全て脱いだ姿で身体を拭いていたことだった。るうかは思わずどきりとして身を隠す場所を探したが、すでに遅かった。気配に気付いた頼成が眠たそうな顔でるうかを見て「おお」と片手を上げる。
「おはよ。随分早いな。もうちょっと寝てたって大丈夫だぞ」
「おはようございます」
もうどうにもならないのでその場で答えたるうかだったが、そのうちにハッとする。頼成のむき出しの上半身、その右脇腹の辺りに痣のように広がる灰色があった。るうかの表情で気付いたのだろう、頼成が苦く笑う。
「あ、見られたな」
「そこは……石化、しているんですか」
「見ての通りだよ。まぁあんまり気にしなさんな。少なくとも俺はまだ動ける」
「でも」
思わず1歩頼成に近付き、るうかは言う。
「ずっと治癒魔法を使い続けたら、そのうち全部石になってしまうんですか」
頼成は少し考えるようにしながらるうかに対して正面を向く。よく見ればその身体のあちこちに灰色の痣のようなものが見えた。るうかは腹の底から上がってくる寒気に震える。
「そうだな」
頼成は誤魔化しのない声音で言った。
「身体の動く限り、脳が石化するまで強い治癒魔法を使い続けたら全身が石化することになる」
「その呪いは……解くことはできないんですか」
「さてな。でも解いたら大変なことになる」
彼はそう言って川の傍に置いてあった自分の服を着る。着ながら、何でもないことのように言葉を続ける。
「この呪いの本分は患者の細胞異形化を術者に移すって方にあってな。石化はその異形細胞を活性化させないように抑えるための効果なんだ。つまり石化を解いちまったら異形細胞が活性化して術者が“天敵”化する可能性がある。俺くらいに石化が進んでいたらまず間違いなく“天敵”になっちまうでしょうよ。それはヤバいでしょ?」
服を着終えて、腰にベルトを締めて、それから頼成は笑いながら肩をすくめた。少し冷たい風が頼成の短い黒髪を揺らす。やがてはそれも灰色の石になってしまうというのだろうか。彼が死病に苦しむ患者の治療を諦めない限りは。
「怖くないんですか」
思わず、るうかはそう尋ねていた。怖いよ、と頼成は答えた。これは本音で答えるしかねぇよな、と笑いながら。
「舞場さん、もし俺の石化が解けたとして、それで俺が“天敵”になったら。あんたはその俺を殺せるか?」
不意をつくように、頼成は鋭い目をした。そして唐突にそんなことをるうかに向かって問い掛けた。るうかは沈黙する。できるわけはないと思ったが、それでもすぐにそう答えることができなかった。きっともしそんなときが来たなら自分はものすごく悩んで、そしてそのときにしか出せない答えを出すのだろう。彼女はそう感じた。
「殺したくはないです」
るうかは考えた内容を口にすることなく、それだけを答えた。頼成は笑う。
「佐羽もそう言った」
「……」
「殺したくないから呪うってな。それで俺が完全に石化したら、それを永遠に守るって……泣いてそう言ったんだよ、あいつは」
佐羽には言うなよ、と頼成は自分の口元に人差し指を当てて言う。るうかはこくりと頷いた。そして川岸にいる頼成の傍まで行くと、まず冷たい川の水で顔を洗い、口をゆすいだ。いくらかさっぱりとした頭で今聞いたことを考え、そしてるうかなりに彼らの関係を納得する。
「友達、なんですね」
「そういうこった」
頼成の声はさっぱりとしていて、その言い方はきっぱりと気持ちのいいものだった。彼がそれで納得できているのなら、るうかに言えることなど何もない。そもそもるうかは未だにこの世界の常識というものに慣れていないのだから。昨日培養槽から飛び出したばかりの、生まれたての勇者なのだから。
「こっちでもあっちでも、落石さんとは友達なんですね」
言いながら、るうかは巻き付けてきていた頼成のマントを持ち主に返す。持ち主は礼を言って受け取りながら「まぁな」と返した。そして「悪友だけどな」と付け加える。
「悪友ですか」
「悪友だよ。舞場さんにはどうか分からないけど、あいつ女と見ると見境ないから」
「そうなんですか。それは遠回しに私に女としての魅力がないとか言ってるんですか」
「え?」
「落石さん、私には興味なさそうですよ」
「えーと、それはいいことだと思うぞ。あいつ女癖すっげー悪いから」
「なのに私は圏外ですか」
「何、あんた佐羽に口説かれたいの?」
「そういうわけじゃないです、全然」
「じゃあいいんじゃねぇの……?」
頼成は受け取ったマントを着るでもなく、不可思議そうに首を傾げた。それを見ているうちにるうかもどうしてこんな会話になっているのかよく分からなくなり、同じく首を傾げた。2人同時に「ん?」と言って、それから反対側へと首を傾げ直す。
「すいません舞場さん、何だかよく分からないんすけど」
「私も分からないです、槍昔さん」
「じゃあもう別にこの話題いいんじゃないっすか」
「そうっすね」
「本当に君達の会話ときたらどうしてそう実りがないのかなぁ!?」
突然そんな声がして、見れば佐羽が長いローブの裾を翻しながらずかずかとこちらに向かって歩いてくるところだった。何やら怒っている風であるが、面白がっている風にも見える。るうかと頼成はそんな佐羽をぼうっと見て、それから頼成はマントを羽織りながら「おはよう」と言った。
「珍しいな、お前が自分から起きてくるなんて」
「目が覚めたら2人共いないから、もしかして面白い展開になっているんじゃないかと期待して覗いていたらこれだよ。大体人をダシにしないでくれる? あとるうかちゃんに魅力がないなんて、俺はそんなことは微塵も思っていないからね。頼成がいいならいくらでも手を出しちゃうんだからね!」
「それは謹んで遠慮します」
るうかは佐羽に向かってそう言い切り、頼成は「だそうだ」と友人の頭を小突く。
「なんだよ、朝っぱらからテンション上げやがって。気色悪いな」
「ヘタレの友人に活を入れてやろうと思ったんだよ」
「要らん。あとヘタレとか言うんじゃねぇよ」
本当にどう見ても付き合いの長い友人同士にしか思えない。頼成も佐羽も互いに遠慮なく言いたいことを言っているように見えて、るうかは何となく肩の力が抜けていくような気がした。不思議と気持ちが落ち着く。しばらくそうやってくだらないやりとりをしていた頼成達だったが、突然佐羽があっと声を上げてるうかを見た。そして何かを差し出してくる。
「これ、落ちていたよ。忘れ物」
「あっ」
それは現実の放課後、あの“関係者以外立ち入り禁止”の札がかかった建物の中で柚木阿也乃にもらったカードだった。言われた通りに枕の下に入れて眠ったところまでは良かったが、夢の中で目覚めた時にはすっかりそのことを忘れていたるうかである。カードに描かれた武器の絵は現実で見たものと変わりない。
「すみません、ありがとうございます」
素直に礼を言って受け取ったはいいものの、さて、絵の中の武器をどうやって使えというのだろうか。確かに夢の中に持ち込むことには成功しているが、このままでは使えないことも明らかである。るうかがそう思っていると、頼成が横から手を出してちょんとカードを指先でつついた。
「使うときには俺に言ってくれ。実体化の魔法を使うから」
「そんなことができるんですか」
「これでも賢者ですから。そのくらいは何とでもなります」
じゃなきゃゆきさんだってカードだけ渡したりしないでしょうよ。そう言って頼成はまたちょんちょんと指先でカードをつつく。
「1回試しておくか? 実戦で初めて持つのも心許ないだろ」
「あ……そうですね。ちょっと持ってみたいです」
「りょーかい。じゃ…… !」
るうかには聞こえない音で、頼成は呪文らしきものを唱えた。途端にカードが光を発し、不思議な風が吹いたかと思うと次の瞬間にはるうかの両手に赤い刃の小剣が装備されている。それらは適度な重さで、振り回すのにも不自由しない丁度良い大きさをしていた。まるで前々からるうかの持ち物であったかのように手に馴染んでいる。るうかは奇妙な気分で片手の小剣を持ち上げ、それをとっくりと眺めた。鮮血のような赤色をした刃はよく見るとうっすらと向こう側が透けて見える。まるで宝石のような、美しい刃だった。
「どうだ?」
頼成がるうかに感想を求めてくる。るうかは思った通りのことを、つまり悪くなさそうだという内容のことを答えた。そうか、と頼成は軽く頷く。
「じゃあ、使うときまでこれはしまっておこうな」
頼成がさっと手を振ると、小剣は音もなく1枚のカードに戻り、るうかの手の中に収まった。まるでよくできた手品のようだが、種も仕掛けもあるようでない魔法である。るうかは改めて感心しながら頼成を見上げた。
「いろんなことができるんですね」
「器用貧乏だよね、賢者って」
横から佐羽が言って、頼成はどちらにも苦笑いしながら頷く。
「けど、その賢者がいないと移動だって楽じゃないだろ。ほら、準備できたら行くぞ。目的地はアッシュナークの都だ」
一気に跳ぶから忘れ物のないようにしろよ。まるで小学校の遠足を引率する教師のようなことを言って、頼成は丘の上へと戻っていった。
執筆日2013/10/30




