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同じ夜の夢は覚めない  作者: 雪山ユウグレ
序章 緑色の魔術師の話
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序章

 僕が見た光景は凄惨なものだったよ。本当にひどいものだった。

 彼女は彼を助けようとしたんだと思う。けれど、それが完全な魔法になる前に彼女は“天敵”になってしまった。分かるかな? 肉色の、時々黒い色の混じった塊が……本当にそうとしか言いようのない肉の塊がうごめいて、もぞもぞと、大きくなっていく。誰もそれを止められない。

 その場にいた2人の少年達もすごくびっくりしていたよ。これ以上ないってくらいに目を見開いてね。そんな顔はちょっと可愛らしかったけど、そういう場合じゃないよね。

 僕がそこに着いた時にはもうそんな有様だったんだ。

 こうなっちゃうともう、僕ができることもひとつしかない。“天敵”を封印するのが僕に唯一できることだった。本当は、そうなる前に止めてあげられればよかったんだけど。


 僕は腰に提げたケースから何枚かのカードを選び出して、そこから大きなランスの描かれた1枚を抜き出して宙に放り投げた。これはとても格好よくて、僕のお気に入りのカードのひとつなんだけど。それで、うまく調子を合わせて唱える言葉はこれ。

「   !」

 僕しか知らない、僕だけの言葉でそれを呼び出す。カードから飛び出したランスはずっしりとした重みを持って僕の手の中に収まった。さぁ、始めようか?

 ランスを窓に向ける。だって、室内じゃあこんな膨れ上がる“天敵”を相手にできないもの。ほら、こうやって見ている間にも肉塊はどんどん大きくなって天井に頭をぶつけそう。それは別にいいけど、他の子達が潰されちゃうのはよくないよね。だから僕はまず窓を割って、そこから部屋を縦に切り裂いた。

 めりめりっと音を立ててその小屋は崩れ去る。あらら、思ったよりも脆かったのかなぁ。他の子達は無事だったかな? ああ、よかった。黒い髪の少年が助けてくれていたね。亜麻色の髪の子はすごくびっくりした顔で黒い髪の子を見て、それから僕を睨んでいる。いや、僕が悪いわけじゃあないと思うんだけどなぁ。

 とにかく“天敵”を封印しなくちゃ。

 手元に残ったカードの中からさらに1枚、皆には聞こえない言葉で呪文を唱えて呼び出す。それは緑と銀色に光る鉄の馬。ランスと合わせればほら、僕も一丁前の騎士に見えるでしょう?


 僕は魔術師。そして、君と君の世界を守る騎士。


 女の子だった“天敵”はどうしようもない速さで大きくなっていた。よく見ればその手、というか触手のような腕で何かを掴んでいる。それは彼女が助けようとしていた少年だった。ひどく悪い顔色で、灰色の皮膚をして、多分石化の呪いにかかっているんだろうと分かった。そっか、彼も治癒術師だったんだね。それで石化の呪いにかけられて、今まさに完全に石になろうとしていたんだね。それほどまでに彼は他の人を助けてきたんだ。偉い子だったんだね。助けられるなら、助けてあげたい。彼女の願いは僕にもよく分かったけど、それが無理だから彼女が“天敵”になっちゃったことも分かってしまった。

 でもこのままじゃ彼まで“天敵”になっちゃうかも知れない。それはちょっと、まずいな。

 僕は3枚目のカードを使った。これはあんまり使うとよくないカードなんだけど、この際仕方がない。世の中はいつだって、どっちを取るか選ぶしかないんだ。だから3枚目のカードに呪文を唱えて、呼び出したのは巨大な大砲。これには特別な薬を込めた砲弾が詰めてあるんだ。

「照準確認、標的固定。作動試験はそういえばしていないや。でも、僕が作ったものだから大丈夫」

 どんっと一撃。砲弾は狙い通りに“天敵”の真上で炸裂した。そこから降り注ぐ暗赤色の薬液が“天敵”と彼に降り注ぐ。これで彼の石化は解けるだろう。でも同時にそれは“天敵”の増殖を活性化させてしまう。僕は鉄の馬を駆って“天敵”の下に潜り込み、彼を助け出した。

 驚いた。

 彼はびっくりするくらい綺麗な銀色の髪を持っていたんだ。日本人じゃないのかと思ったけど、もしかしたら先天的に色素が少ないのかとも思ったけど、どうやらそうじゃないみたいだった。ああ、これはちょっと特別な子なんだなと思った。きっと神様から何か役目を負わされて生まれてきた子なんだね。僕みたいに作られた子なのかもしれない。だったら助けられてよかったな。だって、この子がもし“天敵”になっちゃったらきっと僕でも封印できないもの。


 僕はその銀色の綺麗な子を黒髪の子と亜麻色の髪の子に預けて、改めて“天敵”と向き合った。あとは簡単、この鉄の馬で駆け寄って、ランスで急所を一突きするだけだ。そうして残る1枚のカード……何も描いていないこれに封印するための呪文を唱えればいい。手に負えなくなった“天敵”はいつもそうやって僕が封印してきたんだ。難しい仕事じゃない。


 だけど。

 ところどころピンク色で、すごく活きがよさそうな肉塊。彼女は生きている。壊れた小屋よりもずっと大きくなってしまった肉塊の端っこに、赤い布が引っかかっていた。それが少女だったときに着ていた服の切れ端だった。僕はそれをじっと見ていたけど、遠慮なくランスをそこに突き立てたよ。かつて人間だった部分の細胞が、“天敵”の急所になるから。そこを痛めつけられたら肉塊はもうめちゃくちゃに暴れるしかない。理性っていうものが全部吹き飛んじゃうからね。そんなのもうただの災害みたいなものだから、僕の呪文を遮るという考えも持たないから、だからあとは簡単。

「     !」

 封印の呪文も僕にしか分からない言葉でできている。僕にしか叫べない言葉で、僕は僕の仕事を終える。

 あとに残ったのは壊れた小屋の残骸と、3人の少年。黒い髪の少年が銀色の髪の少年を抱いて涙をこらえていた。亜麻色の髪の少年はすごく冷たい目で僕を睨んでいた。きっと、すごく賢い子なんだろうと思う。僕がしていることが何なのか、本能的に分かっちゃったんだろうね。

 僕が彼女を殺したっていうことを。



 ねぇ“一世”。

 君達がしていることは一体何なの? こんな子ども達にこんなひどいものを見せて、それが何のためになるのかなぁ? 僕には分からないよ。うん、ちっとも分からない。

 でもね、“一世”。僕は君を信じている。そうするしかないように、僕はできている。



 その女の子は赤い服を着ていたよ。それで、多分中学生くらいだったと思う。

執筆日2013/10/11

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