恋に落ちて(千文字お題小説)PART1
お借りしたお題は「スマートフォン」「大豆」「新書」です。
松子は唐揚げ専門店で働く正社員である。
ある事件で店長の信任を得た松子は、臨時社員から正社員に昇格された。
もちろん、松子の勤務態度が良好だったのも理由の一つだ。
今まで生きて来た中で一番充実感を得た松子は店長の弟との信じられない出会いに感謝した。
あれ以降、店長の弟は現れていない。
店長は松子とあばら家に行った翌日に高名な僧侶に依頼して読経してもらった。
もちろん、お供えは団子ではなく唐揚げだった。
松子は自ら列席を志願し、式が終わった後、供えた唐揚げをいただいた。
そして、それが目当てだった訳ではないとあちこちに念を押すように言って回った。
そんな稀有な体験をしてから半月ほど経った日の事。
松子は今まで生きて来た中で一番の胸を高鳴りを覚えていた。
店に現れた長身のイケメンに一瞬にして恋をしてしまったのだ。
自分の風体をよく弁えている松子はアタックしようとか考えたりはしない。
只、頻繁に買いに来てくれるように祈った。
店は狭いので、イケメンとはかなりの接近戦で唐揚げを手渡す事になる。
(まさに目の保養になるわ)
松子は密かにイケメンをスマートフォンのカメラで撮影し、待ち受けにするでもなく、保存した。
休憩時間になると、その写真を見てはうっとりしていた。
もちろん、誰にも見られないよう、細心の注意を払ってだ。
「あんたがスマートフォンを持ってるなんて、笑っちゃうわ」
親友の光子に揶揄されて以来、スマートフォンを持っている事を誰にも話していない。
「あんたの指じゃ、タップしたら、画面が割れるんじゃないの」
光子は腹を抱えて笑いながらそう言った。それでも松子はスマートフォンを持つのをやめなかった。
そして今、手放す訳にはいかない理由が加わった。イケメンの写真が保存されているからだ。
(せめて名前だけでも知りたい)
イケメンに直接訊く事はできないし、どこの誰なのかもわからなかった。
「あんた、恋してるでしょ?」
久しぶりに一緒に食事をした光子がカリスマ占い師のように言い当ててきた。
松子は顔を引きつらせながら否定したが、
「松子はわかり易いのよね。もし本気の恋なら、これをやってみない?」
光子が見せたのは「大豆で痩せる!」という新書だった。その新書のシリーズは松子がよく読んでいるものだ。
「これあげるから、たまには真面目に取り組んでみたら? そのままだと、早死にするわよ」
光子なりの気遣いだとわかり、松子はジンとしてしまった。
続きます。