Faith&surFace
以前投稿したものを修正したものです。
ケータイ向けにレイアウトを変更してますが大筋は変更ありません。
「2008年2月より………着用を義務付け…………法が昨日の国会で承認、成立が決定しました。これにより……」
まだ目覚めきっていない頭にテレビから流れてくるニュースが聞こえてくる。
「やっと決まったのね」
朝食の準備をしながら笑顔で母親が言った。
「来年からって言ってもほとんど変わらないな」
出勤の仕度をしている父親が笑顔で言った。
目覚ましにコーヒーを入れ、新聞を広げる。
一面には大きく書かれた記事があった。
『仮面着用法案成立。施工は2008年4月から』
――――
通学路。
笑顔で学校へ向かう学生。
笑顔で急ぎ走る会社員。
笑顔で犬の散歩をする老人。
誰もが皆、笑顔だった。
それはいつもと変わらない風景。
いつからだっただろうか。
始まりはどこか地方の小学校だった。
何と無しに始めた笑顔の仮面の着用により、いじめや不登校で崩壊していた学級は活気を取 り戻した。
そして、それを他の所が真似していき、気が付けば仮面は社会全体に浸透していた。
無論、人間性や個性がどうだの言って反対する人達も居た。
しかし、時間が経つにつれて少なくなっていった。
仮面は便利だ。
人々に自信を持たせた。
人間関係がこじれることがなくなった。
他にも様々な利点がある。
今や人々の間では仮面の着用が暗黙の了解となっている。
今回の法案は単に明文化された、ただそれだけの話。
笑顔の仮面を付けた人が行き交う。
それはいつもと変わらない風景。
――――
学校。
扉を開けて教室に入る。
「はよ〜」
クラスメイトに挨拶される。こっちも笑顔で返す。
窓際の一番後ろの自分の席に座る。
そのまま、ぼんやり窓の外を眺めているとチャイムが鳴り、担任が入って来る。
クラスは一瞬静寂に包まれた。
その横には“知らない”顔の少女が居た。
担任が紹介をしている。
「今日からこのクラスで一緒に……」
担任の声など耳に入っていなかった。
肩まで伸びるまっすぐで黒い髪、派手ではないけどしっかりと整った顔立ち、そして強い意思を持ったような目。
長いこと忘れていた感情が甦ってくる。
何より、彼女は美しかった。
そして担任は続けて言う。
「席は…と。よし、上村の後ろが空いてるな。視力とかは大丈夫か?」
少女が静かに頷く。
「そうか、じゃあカズサ、お前はホームルームが終わったら新しい机と椅子を予備室から持ってこい」
直々にご指名を受けた。
周りは抜け駆けだの何だの囃し立てている。
それはいつもとは少し違う風景だった。
――――
机と椅子を取りに行く為に予備室を目指す……が、どこの予備室か判らない。何も言われてないし、鍵も貰っていない。
相変わらず肝心な所でも、肝心ではない所でも、何かしら抜けている。あまり担任職向きではない気がしてきた。
とりあえず、その担任に確認を取るために職員室を目指すことにした。
担任を捕まえて予備室の鍵を受け取る。鍵を出す時に小さな声で独り言のように「あぁ、忘れてたな」と言ったのは聞き逃さなかった。そのまま職員室を後にする。
「あ」
思わず間抜けな声が出てしまった。
扉を開けた先には見慣れない顔の少女が立っていた。
職員室には入らないから多分僕を待っていたんだろう。
「机取りに来たの? それだったら僕がやるから教室で待ってくれてればよかったのに」
少し勇気を出して話し掛けてみた。
「私が使うものですから」
初めて聞いた少女の声は、思いの外可愛い系の声で初見の神秘的なイメージとは少しギャップがあったが、とても綺麗な声だった。
「そう、予備室の鍵も貰ったしそれじゃあ行こうか。あー、一応自己紹介しとこうか」
仮面を上にずらして言う。
「えーと、僕は上村総一郎。さっきのカズサってのは千葉の昔の呼び名の上総と同じやつ。何でか解らないけど苗字と名前の頭文字をひとつずつ取って呼ばれてるんだよ。席はひとつ前になるみたいだから、まぁ宜しくね」
彼女は少し驚いた様子で聞いていた。
「カミムラヒカリ」
いきなり呼び捨てで呼ばれた気がしてビックリした。
「私は神村曜です。私の方は『上』じゃなくて神様の『神』に村でカミムラです。ふつつか者ですが宜しくお願いします」
にっこり。
神村という名前の少女は生きた笑顔で言った。それは先程の凛としたイメージとは全く違ってとても可愛いかった。
色々と驚かされた。同じカミムラという名前、テレビや映画でしか見ることがなかった生の笑顔。そして『ふつつか者ですが…』。
彼女が帰国子女で海外暮らしの方が長かったということを聞き、成る程と納得するのはまた後の話である。
その後もこの学校の事とかを話しながら机と椅子を教室まで運んだ。勿論持たせたりはしなかった。
短い時間だったけどとても楽しかった。その間、僕は笑顔でいれただろうか。
それだけが心配だった。
――――
一般的にこの仮面社会はそこまで進んで人と関係を持つような事は少なかった。誰もが安穏と暮らしていくのを望んでいる為、必要以上の事を求めなかった。そこに他人が絡むとなると尚更だ。
それでも学校のような人と人とが密接な係わり合いを持つ場所では例外はあった。
しかし例外とは言っても、不干渉がつかず離れずになるぐらいのものである。
その点、自分の居る環境は比較的変わっていた方なのかもしれない。
昼休み。
僕の机の後ろは漫画とかでよくあるように人垣から質の問攻めのあっていた――という程でもなかったが野次馬達が数人集まって色々と聞かれていた。
周りに人が集まるのを欝陶しく思いながらも質問の回答をしっかりと聞いていたのは言うまでもない。情報を整理するとこんな感じである。
神戸生まれのロンドン育ち、誕生日は七月七日、家族構成は両親と2こ下の弟一人、好きな食べ物は草餅、趣味は家事一般、彼氏居ない歴十六年、つまり恋愛経験は無し、好きな男性のタイプは面白くて優しい人、スリーサイズは言いかけた所を女子に止められた。少し惜しい。
予想外にも溶け込みやすい様子に他の人達も若干驚きつつも、そのせいか最後の方には答える事が出来ないような遠慮の無い質問が出ていた。
この仮面社会ではとてもじゃないけど見ることの無い光景だった。
そんな事を考えながら、少し彼女の方を見たら目が合った。
にっこり。
少しドキっと来た。すると側頭部に軽い衝撃が走り、椅子から落ちる。
「またカズサかぁっ! ちょっと背が高くて、ちょっと勉強が出来て、ちょっとスポーツが万能で、女の子にモテるからっていい気になるなよ!」
男子の一人が指を指して非難めいた声で言う。周りの男子がそれに同意する。
「うるせぇ、努力してるんだよ…」
そう言いながら椅子に戻る。食べていたサンドイッチは見る影も無い。
「総一郎君ってモテるんですか?」
腹部に衝撃。体が再び宙に浮く。
原因となった少女はニコニコしながらこっちを見ている。机を運んでいる時はは上村君だったのに…。
「既に下の名前で呼び合うような関係に…」
「さっきの机を運ぶ間に何が…」
「一日目にして毒牙をかけられるなんて…」
「妊娠してないよね?」
各々好き勝手に言う。最後にとんでもない発言が聞こえた気がするけど、変にツッコムと余計面倒な事になりそうなので無視することにする。
「上村君だと自分を呼んでるみたいで変だから総一郎君って呼んでいいですか?」
彼女が唐突に聞いてくる。事後確認らしい。
「上村でも総一郎でもカズサでも好きに呼んでくれれば良いよ」
とりあえず答えておく。
にっこり。
彼女は嬉しそうな顔をする。それと同時に首に回っている手がいい具合に絞まってくる。
彼女はトドメを刺そうと思ってるのかさらに続ける。
「後で学校の案内して貰えませんか?」
―――
放課後。
重い体を引きずりながら一人の少女に校内を案内している。
昼休みにどういう訳かわからないけど直に指名を受けた。その瞬間頚椎へ一撃、よろめいた所でタオルで顔を隠し、どこから出したのか解らないガムテープで両手両足を拘束。そのまま人垣に包まれて教室から連れ出される。北も真っ青の手際の良さだった。
そして事務室脇の落とし物回収ボックスに放置されているところを5限の途中で教師に発見され、こってりと絞られた。というのがさっきまでの話である。
その原因の一端となった、当然ながらそんな事は知る由もない少女は案内を受けて、辺りを見回しながら歩いている。
仮面が無く、人目を惹きやすいと言ってもいい彼女の容貌はどこへ行っても注目されていた。教員なんかは一部腫れ物を見るような目だった気がしたが、彼女は終始ニコニコ、あまり気にしていなかったように見えた。
「校舎内はこれで大体終わりだね。まだ細かい所は幾つかあるけど僕達にはほとんど関係ないから」
「うん、ありがとう」
「あとは屋上があるけどどうする?」
「屋上って出れるんですか?」
彼女は目を輝かせて聞く。
「うん、出入りに制限はないからね。でもウチって校舎三階建てであまり高くないから特別景色が良い訳でもなくて、面白くもないから上に出る人なんかほとんど居ないんだよね」
「…行こうか?」
「うん!」
力強い返事が返ってきた。
――――
「うっわ〜」
彼女は屋上の手摺りにつかまって言う。
「本当に微妙ですね」
目に映るのはバブル期に乱立した住宅街。微妙とは言ってるものの端からはとても楽しそうに見える。
「もう少し経てば川の方に桜が咲くから今よりはマシなんだけど」
「へぇ〜」
見回しながら彼女は言うと視線を下に向ける。校門辺りはちょうど今は帰宅の生徒で溢れかえっている筈だ。
「不思議ですよね」
下校中の生徒たちを見て言ったような気がした。
「最初はとても怖かったんです。自分以外がみんな仮面を着けていることが。仮面の笑顔が自分を拒絶しているように思えたことが」
僕は黙って彼女の横に並ぶ。
「でも今は怖くありません」
真っ直ぐに僕を見て言った。
「総一郎君が居たから」
彼女の顔は西日のせいか真っ赤に見えた。きっと僕も同じようだったに違いない。
「何で僕だったの?」
当然の疑問であった。
「日本に来てから結構な人と話しました。でも大体の人は私の仮面が無いせいで警戒されてる、というか対等に話が出来なかったような気がしました。担任の先生もそう、どこと無く距離を置いたような。そういうのばかりでクラスの人も同じようだと思っていて、うまくやっていく自信がありませんでした。」
「でも総一郎君は違いました。仮面を外して話してくれました。初めて安心した気分になれて凄く嬉しかったです」
彼女は手摺りから離れ、少し歩くと急に振り向いて言った。
「総一郎君が私を救ってくれたんです」
極上の笑顔だった。
「クラスに馴染めたのも総一郎君のお陰です」
「そんな買い被り過ぎだよ。ウチのクラスの連中は物好きばっかりだから僕なんか居なくたって馴染めた筈だよ」
「でも…」
「僕たちの世代はね、自分で笑うなんてことは知らないんだよ。物心がつく前から仮面社会は当たり前だったから知る必要なんてものは無かったんだ。だからね、みんな羨ましかったんだと思う。本当の笑顔というものを知ってる君が」
「みんな興味があったと思うんだ、君に。だからクラスに馴染めたのは僕の力じゃないよ。君のその笑顔の力なんだよ」
僕は仮面を外す。
「僕だって不安だった。初めに君と話していたときにどんな顔をしているのか想像も出来なかった。君の様に仮面なんかじゃなくて素顔で笑えてるかどうかなんて判らなかった」
風が少し強く吹いた。
「でも今は何の不安も無い」
一枚の仮面が宙に舞う。
「これから覚えていけばいいんだから」
彼女が驚く。さらに驚かせるつもりで続ける。
「君が僕を救ってくれたんだよ、新しい日常へと。だからこれでお相子なんじゃないかな?いや君が救われたのは君自身の力だから借りが出来ちゃったのかな?」
彼女は笑った。
「高くつきますよ?」
きっと僕も笑えている筈だった。
「明日から返済が大変そうだから今日はもう帰ろうか?」
「はい! そうしましょう」
自然と彼女の手を取り、屋上を後にする。
いつもと変わらない風景はもうどこにも無い。新しい日常が始まる。
はじめましての方ははじめまして、そうでない方はおはこんばんちは、こういうメタなネタは大好きな香坂です。
すっきりまとめた作品ですが、気持ち続編も書ける形にまとめています。本当はこの後、仮面をつけない異質な二人を排除する云々で欝な展開になるはずだったのですが、とりとめがない話になるのでここでストップしておきます。
ありえなさそうでありえそうな話なのかも知れません。タイトルは英単語をいじくって、信頼と顔、表層の意味を持つ単語を混ぜてみました。センスがないのは仕様です。
ではでは、お付き合いありがとうございました。感想、評価お待ちしています。




