求人
「思い立ったらすぐ行動。」
そう呟いてショーウインドーにくっ付いた顔を引っぺがして振り向いた。
やや興奮気味で水色の電動泡立て器を見ていたのがいけないのか
振り向いた瞬間に周りにいた人がさらに俺から2メートル遠のいた気がする・・・・。
ま、とにかく早く家に帰ろう。
商店街を駆け抜けて、暗い夜道を通り過ぎ、家の玄関に飛び込んだ。
「 たっだいま〜 」
走って帰ってきてもすでに10時近かった。
俺の声に気づいて台所の母さんが声をかけてくる。
「 遅かったわね。机の上に夕飯置いてあるから 」
「 ・・・・・うん 。」
母さん、遅かったのは水色の電動泡立て器と睨めっこしてたからだよ・・・・・。
そう心の中で呟きながら俺は一度居間に入ってテレビの上においてある広告の束をあさる。
この前、新聞の広告の中に求人の冊子が入っていたのをちらりと見たからだ。
しばらくゴソゴソやっていると怪しいダイエット広告の下に求人の冊子はあった。
そいつを持って部屋に入った。
珍しくテレビも点けないで机に冊子を置き、真っ直ぐ向き合った。
いかにも『仕事頑張ってます。』という様な絵が表紙に書いてある。
冊子をめくって手ごろなバイトを探しだした。
1ヶ月で10万稼ぎたいから・・・・・・。
1日3000円弱で、働き始められるのはのは学校が終わった6時位からで
終わるのは家族にばれない様に10時位が良いから・・・・・。
働けるのは4時間位が限度か・・・。
と、いうことは自給700円弱か・・・。
お、いつもはちっとも働かない俺の計算力が復活したぞ。
これが数学のテストの時だったら良かったのに・・・・・・。
ペラペラ冊子をめくりながらあれこら考えているうちに見つけた。
最後のページの隅っこの方にそのバイトはあった。
しばらくジッとその記事を読んだ。
よし、場所も近いし自給も文句なしだ。
バイトはやったこと無いけどこれ位ならやっていけそうだ。
これにしよう。
明日は休日だし事務所を訪ねてみようかな。
トントン拍子で事が運ぶのから楽しくて嬉しくて・・・・・。
これからの毎日が楽しみでしょうがなかった。
立ち上がり俺は胸をはずませて台所に夕飯を食べに行った。
でも、その時気づくべきだったんだ。
世の中そんなうまい話なんか無いって・・・・・・・。
そんなことなんか一つも考えないで、俺は呑気に夕飯の鯖の味噌煮にかぶりついていた。
その夜は母さんが気持ち悪がる位、俺はご機嫌だったらしい。