表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

変わった君と三日間

作者: 風唄 沙耶

全体像のイメージとしては、「ほのぼの」です。

例え少し変わっててもいいですよね。その人が好きならば。

 基本的に、何かを成し遂げようとするときには、3つのことに分けると上手くいくらしい。と、本で読んだのは学生のとき。

 そして、「これは、恋愛にも有効なのか?」と、思い立ったのは、まさに今のことだ。

 まず告白して。次にお付き合いして、最後にプロポーズ、とか? 確かに、3段階には分かれてはいるよな……。

 僕はインスタントコーヒーから視線を移し、彼女を見た。付き合い始めてから、2年ほど。外に出るのがあまり好きでない彼女とのデートスポットは、たいていが僕の家だ。「どうぞ、コーヒーです」

「ありがと。……ねぇ」

 僕より2つ年上の彼女とは、大学の食堂で知り合い、そして僕から告白した。彼女はおそらく、大学の中で誰よりも浮いた存在。

 その理由は――。

「あんた、今日からボスニアヘルツェゴビナ語を話しなさい」

 ――あまりにも変わっているからだ。

 ボスニアヘルツェゴビナ。聞いたことはないが、最後に『語』が付いていることから、どうやら国名であることだけは理解できた。

「えぇと……。理由を聞かせていただいても、よろしいですか」

「こんな話があるそうよ」

 彼女はそう言い、読んでいた本を閉じた。チラッと目に入ったタイトルは、『イワシのすべて』。

 ……もうどこから突っ込んでいいかすらわからなくなり、とりあえず僕は彼女に耳を傾けた。「ある女の子がいたのよ。その子の両親と祖父母は、小さなときから彼女に、それぞれ違う言語で話しかけたらしいわ」

「違う言語?」

「例えば、父親は英語で母親はフランス語。祖父はスペイン語で祖母は日本語、みたいな感じね」

 きっと、僕なら発狂するな……。なんのいじめだ、それは。「そうしたら、どうなったんですか?」

「彼女は小さいにも関わらず、それぞれに違う言語で話しかけ、完全に四カ国語を使いこなしたそうよ」

 ……それはすごい。

「じゃあ、あなたはボスニアヘルツェゴビナ語を話せるようになりたいんですか?」

「うん」

「もう少し、ポピュラーなところからいったらどうですか。韓国語とか」

「ううん、韓国語は話せるから」

 と、彼女がインスタントコーヒーを口に含む。

「そんなの初耳ですよ!」

「だって、言ってないもん」

「え、でも、すごいじゃないですか。何かしゃべってみてくださいよ」

 若干興奮気味の僕に、彼女は少し考えてから言った。「……ニーハオ」

「それは中国語だ!」

「じゃあ、アニョハセヨ」

 ……これは、『韓国語を話せる』というレベルなんだろうか?

「フランス語も話せるわよ」

「そんなこと言って、『ボンジュール』しか話せないとか、そんなオチでしょう?」

「失礼ね、私の語学力を甘く見ないで。――いくわよ」

「はい、どうぞ」

 軽く合いの手を入れた僕に、彼女は真面目な顔で言った。「『ジュテーム』」

「じゅて……」

 フランス語で『愛してる』。

「…………」

「――顔が赤いわよ?」

「あなたのせいですよ」

「コーヒーでもあげるわ。待ってて」

 抱きしめていたクッションを放り出し、彼女は勝手に僕の台所へと歩を進める。僕はそれを眺めつつ、マグカップの底に1センチほど残っている、冷めたコーヒーを飲み干した。

 ――僕が知っている、彼女のこと。

 染めることも巻くこともない彼女の髪は、いつもほったらかしてあるくせにサラサラだとか。

 コーヒーは、砂糖を入れずにミルクだけ山のように入れたのが好きだとか。

 照れ隠しに言い訳するのが癖で、しかもその言い訳がものすごく長いこととか。

 付き合うようになって僕が知った、彼女のこと。それが、恋人である僕しか知り得ないことだと気付いて、たまに無性に嬉しくなる。「はい、コーヒー」

 ディスカウントショップで2番目に安いインスタントコーヒーは、僕に値段相応の味を提供してくれる。

 インスタントだから、誰が作っても当然味は大差ない。それでも彼女が作るコーヒーが、僕にとって最高の味なんだ、と。

 言ったら、笑われるだろうか。

「ありがとうございます」

「何をニヤニヤしてるの?」

「ニヤニヤなんて、してませんよ」

 人を不審者みたいに言わないでください。そう苦笑混じりに言うと、彼女が楽しそうにクスクスと笑った。

 ――インスタントのコーヒーを片手に、幸せを再確認した1日目。




「どうして、タケコプターは飛ぶのかしら」

 彼女がぼそりと言った。

「…………」

 僕は聞かなかったフリをして、ちょうど席に届いたチョコレートパフェを、彼女のほうに押しやった。

 今日は彼女の要望で、映画を見に行った。普通の恋愛映画で安心したのはつかの間、彼女の目的は、『インターネット上で公開されている上映時間が、実際の上映時間と同じかどうかを、確かめるため』だったらしい。「――で、上映時間は同じだったんですか?」

「それが、途中から映画に集中しちゃって、よくわからなかったのよね」

「じゃあ、僕たちは何のために映画を見に行ったんですかね……」

「映画を見るためじゃないの?」

「あなたの、主旨から完全にずれた目的のために、今日は映画を見に行ったんだと思いますが」

 だいたい、僕はあまり映画が好きじゃない。せっかくの二人きりの時間を、会話もなしに過ごすのは、やっぱり嫌だ。

 それでもまぁ、彼女が楽しめたのなら……よかったかな。

 そんな色惚けたことを考えつつ、今日の映画の感想を語り合うべく、僕たちは映画館の近くの喫茶店に足を運んだ。

 あの俳優がどうだとか、あの台詞はあれだったとか。そういえば、今度はあの女優が別の映画に出るだとか、その映画の上映時間は何分なんだ、とか。注文したものが届くまで、なかなか普通の恋人っぽい会話ができたと思う。

 ところが、珍しく普通のデートのような雰囲気で、これから街中をウロウロしようかな、なんて考えていた矢先。彼女の口から冒頭の発言が飛び出したわけだ。

「ねぇ、なんでだと思う?」

「タケコプターが飛ぶ理由ですか」

「うん。気にならない?」

 ……別に気にならない。

「私が思うに、あれは遠心力みたいな力が働いていると思うのよ」

「タケコプターにですか?」

「そうよ。ドラえもんにはひょっとしたら、科学者の才能があるのかもしれないわ」

 うん、とうなずく彼女。あいにく僕には、単なる青い狸にしか見えないが。

「真面目に考え出したら、キリがないですよ。漫画なんですから」

「そういう考え方はよくないわ。何事もちゃんと証明できるはずよ」

「じゃああなたには、どこでもドアの仕組みが説明できるんですか?」

 チョコレートパフェを口に含んだ彼女が固まる。しばらく固まったあと、彼女は黙って水を飲んだ。「世の中には、説明や証明ができないものもあるのよ」

「一気に意見を翻しましたね」

 だからこそ、人生は面白いのよ。と、むちゃくちゃな理論を振り回す彼女に、僕はため息をつく。「これから、どうします?」

「……むしろ、あんたはどうしたい?」

「そうですね。買い物でもしませんか?」

「買い物? 変わってるわね」

「あなたにだけは言われたくありませんが」

 しかも買い物って、かなり普通のデートパターンですよね。

「人を変わってるみたいに言わないでよ」

「あなたほど常識のない人、なかなかいませんよ」

「失礼ね。私にだって常識くらいあるわ」

「ホントですか? じゃあ、今の総理大臣、誰か知ってます?」

 ぐ。と、明らかに詰まる彼女。え、冗談だろ?

 小学生でもわかるような質問に口ごもる大学生。嘘のような光景に唖然としている僕に、彼女は悔しそうに言った。「じゃあ……」

「何ですか?」

「あんたは、徳川家の将軍を、第一代から最後まで言えるの?」

「言えませんよ!」

「そう、常識がないわね」

「普通は言えませんよ!」

「私は中学校のときから言えたわよ」

「僕は中学校のときから、総理大臣の名前は言えてましたよ……」

「私は言えなかったけど。そんな非常識的なことは」

 だから、それはあなたに常識がないだけだろう。

「もう、いいから買い物行きませんか?」

「いいわよ。変わったことをするのも、たまには悪くないわ」

 二人で買い物。と言っても、彼女は本屋で立ち読みしたがることが多い。

 僕はそれがあまり好きじゃないけれど(立ち読みも好きじゃないし、彼女に放っておかれるから)、今日だけは好都合だ。大きなデパートの本屋に彼女を残し、そのデパートのある店に、僕は急いで歩を進めた。

 ――明日に向けて覚悟を決めた、2日目。




 今日は彼女に、「来るなら午後からにしてください」と言ってある。午前中、僕はまた昨日のデパートへと足を運んだ。

 1時間くらいで帰宅し、一息ついた頃。彼女がやってきた。「はい、これ。お土産」

「あ、ありがとうございます。なんですか?」

「豚キムチ」

「また変わったお土産ですね」

 仮にも彼氏へのお土産(この場合は手土産?)が、豚キムチ。いや、いいけど。好きだけど、豚キムチ。「……なんで手土産が豚キムチなんですか?」

「お母さんが、おいしいって送ってきてくれたの。あれ、豚キムチ嫌いだった?」

「好きですけど。普通は、ケーキとかドーナツとかじゃないかな、と」

 まぁ、この人に『普通』を要求するつもりはない。

 すると彼女は、持ってきたバックの中から、白い箱を取り出した。金色で書かれている文字は、おいしいと評判の、近所のケーキ屋の店名。

「そう言うと思って、ケーキも買ってきた」

「えぇ?」

「びっくりした?」

「色々びっくりしました!」

 『普通』の思考回路があなたに存在していたこととか。

 そこまでわかっていたのに、豚キムチも持ってきたこととか。

 あなたが、ケーキと豚キムチを一緒に食べさせるつもりだったらしいこととか、特に。

「どうしたの?」

「いえ……。いただきましょうか、豚キムチ」

 適当な皿に豚キムチを盛る。ついでにケーキ用の皿とフォークも、テーブルの端に置いておいた。

 彼女が嬉しそうにその様子を見ているのを、可愛いと思ったのは言わない。言ったとしても、素直になれない彼女が返してくるのは長い長い言い訳だけだ。

「いただきまーす」

 音を立てて手を合わせる彼女と同じように、僕も手を合わせる。冷たい水を片手に食べる豚キムチは、確かにとてもおいしかった。

「おいしいでしょ?」

「はぁ、おいしいですけど。この後、ケーキ食べるんですよね?」

「ケーキ、嫌いだっけ?」

「好きですよ。好きですけど……」

 豚キムチの後に食べるのは、どうかと思っただけです。

「じゃあ、一緒に食べようか」

「え、どうしてそうなるんですか!」

「新しいパターンを発見してみようかと思って」

「そんな冒険は、一人のときにやってください」

 でも、確かにおいしい。彼女のお母さんの味覚は、信用してもよさそうだ。

「そろそろ、ケーキ出すね。モンブランとショートケーキ、どっちがいい?」

「あ、じゃあ、ショートケーキください」

「え。私も、ショートケーキがいい」

「なら、最初から聞かないでくださいよ……」

「ね、譲ってくれない?」

「はいはい」

「ありがと。大好きなのよね、ショートケーキ」

 ……これだから、日本語は嫌いだ。最後の、『ショートケーキ』という単語を聞くまで、不覚にも僕のことが大好きなのかと、本気で期待してしまった。

 ご希望のショートケーキを皿に盛ると、彼女の嬉しそうな顔がさらに輝いた。僕は豚キムチの味を忘れるために、注いでおいた水をがぶ飲みする。

「ここのケーキ、ホントにおいしいのよねー」

「知ってますよ」

 あなたが何度も買ってきたから。

 それなりの値段らしいが、値段に見合うだけの味ではあった。甘いものが苦手な僕でも、一つなら軽く食べてしまえるくらい。

 しかし、まずい。

 いくらおいしくても、豚キムチの直後に食べても、おいしいというわけではない。プラス同士はプラスになるという、僕の今までの常識は間違っていたんだろうか?

「やっぱり、ここのケーキは最高ね!」

 ……間違っていなかったと信じたい。

 僕はゆっくりとモンブランを口に運びながら、全く着飾らない、白いTシャツとジーンズの彼女を見た。『普通』なら、もっと着飾ってくるのだろうが、これが一番彼女らしい。と、心の中だけで思う。

「どうしたの?」

 いたって普通の大学生の僕の日常から、『普通』が段々なくなっていったのは、『普通』でない彼女と知り合い、そして付き合い始めたからだ。

 今の『普通』でない日常が、今の僕には何よりも大切なものなんだ、と。今はそう思う。

「どうしたの? 手が止まってるけど。あ、どこでもドアの仕組みでも発見したの?」

「違いますよ。それはあなたが頑張ってください」

「私は今、ショートケーキと幸せな時間を過ごしてるから無理ね」

「それじゃあ――」

 僕はポケットの中から、小さな箱を出した。中身は当然――エンゲージ・リングだ。

 ショートケーキをフォークに乗せたまま、彼女が目を大きく見開いて、固まる。「これからは僕と、幸せな時間を過ごしてもらえませんか?」

「え……。だって、それって、」

「指輪です」

 僕は指輪を手に取り、内側を彼女に見せた。『変わった貴女が大好きです』という意味の英文が、小さく掘ってある。

 当然、こんなメッセージの入った指輪は、店に売ってなかった。……僕の少ない貯金をはたいて買った、特注品だ。

「受け取ってもらえますか?」

「……うん」

 はにかむように微笑んだ彼女の目が、潤む。部屋の照明を受けて光る涙が、なんだかとても綺麗に見えた。

 指輪を左手の薬指にはめると、彼女の目から一筋だけ涙が落ちる。それをグイとこすり、彼女は震える唇を動かした。「泣かせたりしたら、許さないからね……」

「泣かせるもなにも、あなたすでに泣いてますよ」

「誰のせいよ……」

「さぁ、誰のせいでしょう」

「あんたのせいでしょ……」


 どんなに変わっていても。いや、とても変わっている、彼女だからこそ。僕らは出会い、そして僕は彼女に惹かれた。

 いきなりボスニアヘルツェゴビナ語を要求されても、フランス語で告白されてもいい。デート中にタケコプターの考察をされようと、手土産が豚キムチだろうと、構わない。

 それが彼女だったからこそ、僕らは出会い、付き合ってきた。

 ――運命は信じる柄じゃない。それでも僕は彼女と出会えたことは、運命だと思っている。

 この矛盾した感情を彼女に言ったら、何と言うだろうか。いや、考えるまでもなく、彼女は涙を拭きながら言うのだろう。「そんなことがあるから、人生はおもしろいのよ」と。

 昨日新たに加わったお得意の台詞を口にすることを予想しながら、僕は彼女と出会えたことを心から神さまに感謝した。「ねぇ、式場とかどうする?」

「どんなのがいいですか?」

「インパクトのある結婚式がしたい」

 予想通りの答えに僕は思わず頬を緩め、彼女もそれを見てクスリと笑う。

 ――顔を見合わせて笑い、結婚式場のカタログを2人で広げた、3日目。






読んでいただきありがとうございました!

一言でもよいので、感想等頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すっごくおもしろかったです! 「〜した1日目」という終わり方の文章からどうやってオチをつけるのかわくわくしながら読んでましたが、すごく綺麗な終わり方で感動しました! 内容も短編ではなく長編で…
[一言] なかなか面白かったですね。 わたしもそれなりの進学校だったので、勉強好きな人には好感をもちます。ガリ勉と思われたくなかった劣等感との葛藤とかいろいろ思い出しますね。 自分のことを「おれはガリ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ