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おれのあいつの、バイト白書

作者: 河崎遼市


 五年前のおれを見つけた。こんなところで見つけた。

 そいつはどう見たって、カッコよくはなかった。頼りがいのありそうな人間でもなかった。ましてや、今のおれとは比べものにならないほどだった。 

 でも、そいつは輝いた眼をしていた。その眼には常に「何か」が映っていた。がむしゃらに「何か」を探していた。

 そう、あの頃必死だったおれの日常……



――五年前――


「うん。問題なし。あなたならうちで充分ちゃんと仕事やってくれると思います。しばらくは研修生として働いてもらうけど、君手際は良さそうだから、特に心配はないです」

 あっさりと終わった面接だった。履歴書には大したことは書いてなかったのだが、やはり学歴がモノをいうものなのだろうか。コンビニのバイトってこんなあっさりと通るものなんだ。通っている高校を読み上げた時点で店長は即答した。

「このあとは時間ありますか」

「え、あ、はい。今日は大丈夫です」

「なら一応、レジのことや商品の陳列のことを説明しておきます。ついて来て」

店長の後に続いて店内に戻ると、ちょうど他のバイトの人が商品を並べているところだった。

「あ、ちょうどいい。彼女から商品並べのこと聞いてみてください」



―――――――――――



 駅から歩いて五分のところに、行きつけのレコード店がある。今日は特に好きなアーティストのアルバムの発売日、なんてわけではなかったが、暇だったし水曜日でもあったので、帰りがけに立ち寄ってみた。

 そういえば、ここ数日はなかなか時間がなくて来てなかったなあ。久しぶりに来ると、このアーティストが新曲出していたのか、と思ったり買おうか悩んでた初回版がもう無くなっていたり、自分の知らないアーティストがこんなに売れ出していたのかと、この世界の疎さに少し哀しくなったりもする。

 とりあえず、おれは試聴コーナーに向かった。

 ここではCDを再生プレーヤーに入れて試聴することができる。もちろん、種類は限られているのだが。

 おれはパッと目に止まった見覚えのある曲を取り出してヘッドホンを装着し、再生した。すると、

「ガッシャン!」

一瞬音割れともとれるような強烈なクラッシュ音が響いた。驚いてヘッドホンをはずして横をみると、まだ若い学生っぽい店員が跪くようにCDを拾い集めている。あーあ、やらかしたな、こいつ。

 その場で見て見ぬふりをするのも人が悪い気がしたので、おれも手伝った。それに気づいた店員が、すみません、すみません、と頭をヘコヘコさせた。すぐに店長らしきがやってきた。

「お客様、申し訳ございません。ありがとうございます」

「あ、いえいえ」

店長が深々と礼をすると、すぐに店員に向き直り、

「気をつけてくれよ、これはウチの命なんだから」

ちょっと古臭いセリフだったが、店長はしっかり、念を押すように言った。まあ、お客様の前で大声で怒鳴るわけにはいかないだろうな。店員ははい、と小声で答えながらも、身を縮まらせて回収作業を続けていた。

 妙に懐かしい光景だった。



――五年前――


店長はその商品を仕分け中の店員に声をかけた。

「永瀬くん、ちょっと」

「はい」

女性店員は何か、というような顔できて、おれをちらっと見た。彼女はおれと同じくらいか、もしかしたら一つ下かもしれないくらいの若さだった。

「こちらは、今日からの新人くん。さっき面談が終わったばかりなんだけど、商品の仕分けについて軽く教えてあげてやってくれないか」

「はい、わかりました」

もう一回おれの方を見て返事をした。何というかこう、はきはきしていた。所詮バイトかもしれないけど、こういうことに苦労している人は少なくないと聞く。

「じゃ、しっかり学んでな」

店長はそう言い残してまた業務員室に戻って行った。

「えっと、よろしくお願いします」

永瀬さんに向かってペコっと会釈し終わらないうちに、彼女は元の作業場に戻ってしまった。悪く言えば無視されたのかな。しっかりしていそうだけど、なんだか気難しい。

「えっと、まず、何からやれば…」

「ちょっと静かにしてて」

いきなりの即答だった。一瞬体がすくんだ。どうやら今、商品の個数を数えて計算しているらしい。片手に商品を管理しているらしい小型の装置を持っていた。ちょっとした憧れではあったが、よく店員があれを片手に仕事してみたいとときどき思っていたので、少し興奮した。

 そんなしょうもないことはさておき、おれは話しかけられる感じでもなかったので、とりあえず永瀬さんの作業を傍らで見ていた。

 しばらくして陳列が終わり一息つくと、

「ごめんなさい。でも、仕分けって結構神経使うから」

「いえ、見てるだけでも勉強になりました」

「そう?それはよかった…あなた、フォローっていうか、合わせるの上手いね」

「いや、別に…」

褒められたっていうより、少しイヤミに聞こえたのは気のせいかな。なかなかアグレッシブな人のようだ。

「今、個数と消費期限を確認していたの」

「はあ、消費期限…ですか」

「そう。大事よ。手前に消費期限が近いものから並べていって、さっき入ってきたような物はなるべく後ろに並べるの。当たり前だと思うかもしれないけど、有りがちなミス多いのよ。」

「なるほど」

「馬鹿にしてる?」

ギッと睨まれた。馬鹿にしているわけではない。思いの外しっかり教えてくれる人だと感心してたんだ。

「スーパーとかだと割引で何とかなるかもしれないけど、こういうコンビニではなかなかそうもいかのよね」

「何でですか」

「さあ。大方、コストの問題でしょうね。あ、特に食品類は注意。お菓子とかならまだしも、おにぎりやパンは期限が近いからね、いい?」

「はい、わかりました」

「じゃ、あたしはあっちのパン並べてくるから、あなたはここの残りお願いね」

「はい」

 こうしておれは記念すべき仕事第一号にとりかかったわけだ(とはいえ、エリート女性店員が途中までやったものの残りではあるが…)。

 おれの仕事は紙パック飲料の陳列だった。よくある、500mlで百円だっり、最近では1Lで百円で売ってたりするあれだ。

 永瀬さんに教わった消費期限のことをしっかり頭に叩き込んで臨む。まず、奥の期限が迫ってきているものを取り出そう。そう思い、順に取り出し一番奥にある紙パックを取り出そうとしたのだが、何かに引っ掛かっているのか、なかなか取り出せない。頭にきて横に揺すり強引に引っ張ろうとすると、

「ザザーッ、ドスッ」

BGMが流れているだけの静かな店内に、崩れ落ちる音が響く。手が揺れて隣のパックに当たり、横に弾き飛ばしてしまった。近くにいた人の視線が集まる。

「やべ」

慌てて回収すると、永瀬さんがこっちに来た。怒られるかと思ったら、静かに、何事も無かったかのように回収の手伝いをしてくれた。そっと、

「気をつけなさいよ、コンビニだからって適当はだめ、品質命よ」

冷静に注意した。この人、慣れてる。バイトを軽視しているおれからすれば、今のは少し大げさだと思った。でも、それがこの人、永瀬さんという人を構成している物質でもあった。



―――――――――――



 この曲、なんか良いな。

 連ドラの主題歌で耳によく入ってきてはいたが、いざフルで聴いてみるとまた別の印象が生まれる。ちょっと買ってみようかな。

 値段も手頃だったし、確か懐の景気も悪くはなかったので、それを買うことにした。

 レジに行くと、さっきの店員がレジ打ちをしていた。たまたま混んでいて待ち列ができていたが、隣のレジの店長のように作業もなかなかスムーズ、とは言い難かった。ぎこちなかったが、それでも彼なりに頑張っているのはわかった。

「いらっしゃいませ…一点で千二百円になります」

待ってましたとばかりに左ポケットから財布を取り出す。ところが、中は小銭が幾らかと福沢諭吉しか見当たらなかった。ちょっと気は引けるが、しょうがないか。

 小銭はあったので、合わせて出した。店員はちょっと「出された」といったような顔をした。

「一万二千円からお預かりいたします」

店員は模索しながらも数字を打ち込む。カウンターが開き、紙幣を取り出す。

「五千と六千…七千…八千…九千、九千円のお返しです」

受け取ると、店員と目があった。今気づいたらしく、

「あ、さっきはありがとうございました」

「いえ、ども」

軽く会釈されたので会釈し返す。

 財布に九千円を戻そうとすると、

「あれ…これ、またやらかしたな」



――五年前――


 今日は近所の河川敷で花火大会が行われる日だった。

 このコンビニは会場に行くまでの最後の食糧が供給できる場所というだけあり、昼ごろから店内は混雑を極め、納品もいつもの三倍で店員もフル稼働だったが、それでも人手が足りないように感じた。店長は奥で納品作業に追われているのか、一向に顔を見せない。

 こっちはこっちでレジの仕事が片付かない。思わず隣の永瀬さんにヘルプを求めようとするが、彼女も彼女でそれどころではないようだ。

 すると、店長が一段落ついたらしく、こっちの様子を見に来た。

「うわあ、これは例年に増した盛況っぷりだな…これは計算外だったよ」

ごった返す店内を見渡す。

「毎年こんなものじゃないんですか」

電子レンジの温め待ちの隙におれは聞いた。

「いや、今年は何か有名な芸能人だったかアーティストだったかがくるらしい。おれもさっき知ったんだ」

「そうなんですか」

しかし、話している暇はない。その有名人をひと目見てみたいという願望が頭の中をよぎるが、すぐにレジ打ちという現実に引き戻される。ただひたすら勘定して打ち込みの作業。吐き気がするほどの単純作業だった。

 結局終わったのは花火がとっくに終わったころだった。

 おれはレジ機の前でぐったりと座りこんだ。一体いくら儲かったんだ、とかおれ何時間働いたかな、なんてことは頭の片隅にも入っていなかった。ただ、ひたすら、安堵と解放感に体が支配されていた。

 すると、頬に冷たく気持ちいいものが触れた。缶ジュースだった。

「お疲れさん、こんなものしか出せないけど、飲みな」

「ありがとうございます」

おれは途端に飛び起きて力強く開け、思いっきりあっという間に飲み干した。そういえば、半日近く飲まず食わずだったなあ。

「元気になった?」

「はい、本当にありがとうございます」

「うん、ところで、ちょっと話があるんだけど、いいかい」

「何ですか」

店長はちらっとレジの方に視線を移した。

「実は、売上金額が足りないんだよね。よく調べたら、永瀬くんの方は大丈夫だったんだけど、君のほうは三千円ほど足りないんだ」

「はあ…」

おれは反応に困った。あれだけの客が来たんだ。おまけにこっちは新米の高校生だぞ。

「そういうことどから、これをうやむやにすると上がうるさいから、この分は給料から引いときます。だから、今日は本来の半分しかあげられませんね」

「え、半分?」

疲労感の中に更に衝撃の事実が押し寄せ、ダブルパンチにより、もはやノックアウト寸前だった。現実はこんなものか。

「そう。ま、これも経験だよ。同じことをこれから先何度も繰り返すより、ちょっとここで甘酸っぱい思いしてこれが教訓になるなら、良い社会勉強になると思わないか」

何言ってんだよ、いきなり。そう思ったが、何だか頭に引っ掛かった。

「それじゃ、今日はお疲れ様でした。また明日からがんばっていこう」

「はい、お疲れ様でした」

 社会勉強…か。

 おれがバイトを始めたきっかけも「社会勉強」という名目からだった。最初は何をどう学ぶのかわからなかった。

 でも、なるほど。こんなことは学校という教育機関などでは絶対学べないだろうな。



―――――――――――



 おれの手には五千円札が一枚と、千円札が五枚乗っていた。

 あの店員はどうやら気付いていないらしい。

 一瞬、足を止める。振り向いてレジの方を見る。相変わらず店員は必死にレジを打っていた。何だか、どっかの誰かに似てるな。そう思いながら、レジの方に向かって引き返す。

 だが、急に足が止まった。

「甘酸っぱい思い…か」

 思わずつぶやく。

 そう、社会勉強、社会勉強…

 何度も心の中で唱える。

 おれはそのまま体を翻し、

「いい思い出になることを祈ってるよ、若い店員さん」


 片手に五千円札一枚と千円札五枚を握りしめ、口元を緩ませ微笑を浮かばせながら、おれはその店を後にした。 

こんな経験は誰にも1度や2度はあるんじゃないかと思います。

決してバイトに限った話ではありません。

今思えば単なる笑い話のようなことでも、その当時は今にも泣きそうな思いだった。

でも、そうやって小さな教訓の積み重ねで、今の私はある。

そう考えると、その教訓が糧になって自然と明日を生きる自信が湧いてくるものだと思います。

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