悪役令嬢として召喚された女子高生
私は、ごく普通の女子高生だった。
ライトノベルを読むのが好きだった。
特に好きなのは、悪役令嬢ものだ。
真っ赤なドレスをまとい、高らかに笑い、悪役令嬢でありながら、本当の悪を成敗する。
そんな物語を読むたびに、私は胸をときめかせていた。
恋愛も好きだ。
溺愛も好きだ。
けれど、一番好きなのは断罪イベントだった。
王子が勝ち誇る。
聖女が微笑む。
周囲の貴族たちが、悪役令嬢を見下す。
そして、悪役令嬢が静かに笑う。
そこから空気がひっくり返る瞬間が、たまらなく好きだった。
その朝も、電車の中で、私は悪役令嬢もののライトノベルを読んでいた。
王子が婚約破棄を宣言する場面。
聖女が勝ち誇る場面。
そして、悪役令嬢が静かに笑う場面。
最高だ。
やっぱり断罪イベントは、ここからが本番だ。
そう思った瞬間、体がぐらりと揺れた。
意識が遠のく。
次に、ぼやける視界でまぶたを開けると、そこは異世界の神殿のような場所だった。
「陛下、成功です!」
「召喚は成りました!」
「我が国を救う悪役令嬢の召喚に成功しました!」
最初は、意味が分からなかった。
勇者召喚ではない。
聖女召喚でもない。
悪役令嬢召喚。
次の瞬間、私は神に感謝した。
ついに来た。
私の願いが届いたのだ。
私は、悪役令嬢として召喚された。
でも、どうやって国を救うのだろう。
召喚されたからには、きっと何かすごい力があるのだろう。
私は、その時はまだ、そう思っていた。
しかし、服を見るとセーラー服を着ている。
視線の高さも変わっていない。
視界に入る自分の髪も黒い。
少し茶髪にしていたが。
真っ赤なドレスではない。
縦ロールでもない。
扇もない。
ただの制服姿の女子高生だった。
何の力も与えられないまま、私が悪役令嬢を演じることになるなんて。
この異世界では、ただのセーラー服が恐れられているなんて。
その時の私は、まだ知らなかった。
一応、言葉は理解して話せるようだ。
王族たちの名前と顔、王位継承の大まかな事情も、頭に入っていた。
そして、国王を守り抜けば、転移した時と場所に戻れる方法も分かると、愛の女神が伝えてくれた。
愛の女神なら、国王を守るくらい自分でやれと思うのだが、悪役令嬢になれたので気にしないことにした。
国王は善良な人物で、国もまとめていて、民からも慕われている。
第一王子は、文武両道で、国王の補佐として国を支えている。
しかし、正室の子ではない。
第二王子は、政治に興味がなく、書と詩に明け暮れている。
しかし、正室の子である。
第三王子は、ただの遊び人だ。
しかし、正室の子である。
別段、これ、第一王子が国を継げばよいのではないの?
そう思ったが、この国のルールでは、正室の男子が次期国王になる決まりがあるらしい。
正室の子の中では第二王子が年上なので、一番次の王に近い。
第三王子にも、もちろん継承権はある。
私を召喚する手間を考えたら、このルールを変えればよいのでは?
そう思ったが、国王より正室に媚びを売る貴族が多いとか、私にはよく分からない政治事情があるようだ。
ようするに国王は、第二王子と第三王子を王位継承争いから外したいのだ。
王族の権利を失っても、王宮で贅沢三昧はできるらしい。
私なら迷わずその道を選ぶ。
王子にも、いろいろ事情があるのだろう。
国王に、適当に罪を作って王子を排除すれば、と言ったら、顔を真っ青にされてしまった。
「そんな恐ろしいことはできぬ」
まわりの偉そうな人を見ても、悪魔でも見ているような目で見られた。
この世界には、人の良い人しかいないのか。
なら、私が悪役令嬢として断罪するしかない。
私は気合いを入れた。
断罪イベントを起こすには、まず婚約が必要だ。
婚約がなければ、婚約破棄ができない。
婚約破棄がなければ、断罪イベントが始まらない。
つまり、まずは婚約。
それも、できるだけ王子から見て面倒くさい女になる必要がある。
よし。
悪役令嬢、始めます。
学園に向かう前、国王は王印の印籠を私に預けた。
「第二王子と第三王子に会ってほしい」
そう言われた。
私はうなずいた。
王印の印籠。
強そうだ。
水戸黄門様みたいで、少し気分が上がった。
そして私は、外国から招かれた王族令嬢として、王子たちが通う学校に通うことになった。
学園は、とにかく周りの人たちが美しすぎた。
そして、身長が高い。
青い目に金髪。
緑の目に赤く輝く髪。
男女ともに、リカちゃん人形の世界だった。
そして私は、東洋人の薄い顔で、とても小柄で、セーラー服姿。
情けない。
泣きたくなる。
なのに、みなが憧れと驚きの目で見てくる。
まったく、理解を越えた世界だ。
でも、悪役令嬢として振る舞えることは分かった。
まず、私は自分の取り巻きを作ることから始めた。
これは簡単だった。
外国の王族令嬢と紹介され、私が一言喋れば、皆が従う。
自慢ではないが、淑女の作法などまったく知らない。
大手を振って、いつものように大股で歩いていると、
「堂々とされているのですね。私たちとは違います」
と言われる。
「おはよう」
「元気?」
普通に話しかけるだけで、びくっとされて、とても長い丁重な言葉で返される。
なるほど。
普通に振る舞えば良いのだと分かった。
気づけば、クラスの女子は全て私の取り巻きになっていた。
では、攻略しやすそうな第三王子を見に行こう。
そう思い、第三王子のいる教室を聞いた。
隣の棟の四階にいるようだ。
階段を上がるのが嫌だと思ったが、魔法昇降装置があった。
エレベーターだ。
「じゃあ、みんなで行こう」
そう言うと、取り巻きたちは驚いた。
「男子棟なので入れません」
そうだ、男女は別で学ぶ学園だった。
「いつ会えるの?」
「週に一回ある、作法を習う時に男女の交流があります」
頬を染めながら言われてしまった。
私は短気だ。
そんなに待てない。
「今から行こう」
「え、今からですか?」
「私の国には、そんなルールはないの」
「男女共学なのですか?」
「男女が同じ場所で学ぶのですか?」
説明が面倒になった。
「いいから、みんなで行くよ」
そう言うと、みながついてきた。
最高の気分だ。
取り巻きを連れて先頭を歩く。
最高だ。
これだ。
悪役令嬢といえば取り巻き。
取り巻きを連れて廊下を歩くのは、一度やってみたかった。
でも、先頭を歩いているのが、薄い顔のちびの私だと考えたら泣けてきた。
愛の女神。
なぜ姿を変えなかった。
恨めしく思った。
学校がパニックになっていく。
「なんで、あのクラスの子たちはまとまって歩いているの?」
「あ、セーラー服のあの人だわ」
「素敵ね。堂々としている」
「私もああなりたいわ」
「勉強もできるそうよ」
「掛け算ができるの」
「足し算でなく、掛け算?」
「先生が五かける五と聞いたら、即答で二十五と答えたそうよ」
「なんでも、分数もできるらしいわ」
「え、分数って何?」
「私も分からないけど、とても難しい数学と聞いたわ」
「セーラー様は本当にすごいね」
そんな声が聞こえる。
女子高生だ。
分数はできる。
苦手だが。
それで驚かれる方が驚くのだが、異世界だ。
何でもあるのだろうと考えた。
そうこうしているうちに、男子棟に到着した。
男子たちが窓から見ている。
門番と思われる人が、震える声で聞いてきた。
「何の御用ですか?」
「第三王子に会いに来たと伝えてください」
「校則なので無理です」
先生たちも集まって来た。
「セーラー服様、男子棟には入れません」
「私は国王様から、第三王子に会えと言われているの」
「それでも止めるの?」
「そう言われても……」
仕方ないので、ポケットから王印の印籠を取り出し、それをかざした。
みなが頭を下げて、何も言わなくなった。
水戸黄門様の気分だ。
私は第三王子に会った。
「セーラー服様、僕に会いに来てくれたのかい」
甘い言葉でささやかれた。
鳥肌が立った。
まわりの取り巻きは、目を輝かせている。
確かによく見れば男前だ。
美しすぎる。
ふと、見とれてしまった。
だめだ。
悪役令嬢が見とれてはいけない。
私は悪役令嬢だ。
王子に惚れるために来たのではない。
王子に婚約破棄されるために来たのだ。
「あなた、私と婚約しなさい」
「僕が、セーラー服様と?」
「嫌なの?」
「こんな積極的で美しい人に言われたら、断れないな」
第三王子は、にこりと笑った。
「喜んで、お姫様」
よし。
これで断罪条件はそろった。
私は短気だ。
時間をかけて婚約などしたくない。
あとで婚約破棄イベントに使うだけだ。
順調にいったので、第二王子にも会いに行った。
第二王子は本を読んでいた。
政治に興味がないというだけあって、机の上には分厚い詩集が積まれていた。
顔は整っている。
儚げで、物静かで、文学青年という感じだ。
悪役令嬢ものなら、一見まともそうに見えて、土壇場で面倒なことを言うタイプだ。
油断してはいけない。
「私と婚約しなさい」
私がそう言うと、第二王子は目を丸くした。
「いきなり何を言っているのですか」
「婚約したいの、したくないの」
「前例がありません」
「したいの、したくないの」
「淑女として、そのような迫り方は」
「したいの、したくないの」
第二王子は少し黙った。
そして、頬を赤くした。
「……したい」
言った。
言ったぞ。
これで二人目だ。
取り巻きの人たちは、私を神でも見るような目に変わっていた。
「お二人と婚約してよいのですか?」
丁重に聞かれたが、
「断罪イベントの設定のための婚約だからよいの」
と言った。
誰も理解できなかった。
しかし、困ったことに、私が教室に戻ろうとしたら、第一王子が近づいてきた。
第一王子は、他の王子たちと雰囲気が違った。
派手ではない。
甘くもない。
けれど、まっすぐこちらを見ていた。
そして、私の前で膝を折った。
「セーラー様」
「はい」
「僕と婚約してください」
あれ。
違う。
これは違う。
第一王子の断罪予定はない。
王様は伝えてなかったのかな。
いや、でもこの人。
私と本当に婚約したいの?
第二王子と第三王子は、勢いと空気で流された感じだった。
でも第一王子は違う。
目が真剣だった。
「あなたは、誰の前でも恐れずに歩く」
「はい?」
「古い校則にも、貴族の顔色にも、王子の身分にも怯えない」
いや、怯えるほど事情を知らないだけだ。
「あなたは、この国を変える方です」
違う。
私は断罪イベントを起こしたいだけだ。
「どうか、僕と婚約してください」
周囲が息を呑む。
取り巻きたちは両手を口元に当てている。
男子たちは窓から身を乗り出している。
先生たちは固まっている。
私は頭の中で必死に考えた。
第二王子、第三王子と婚約した。
断罪イベントの種はまいた。
ここに第一王子の婚約が加わるとどうなる?
分からない。
まったく分からない。
悪役令嬢ものはたくさん読んだ。
けれど、三人の王子に同時に婚約を申し込まれる悪役令嬢は、あまり覚えがない。
私は悪役令嬢になりたかった。
王道ヒロインになる予定は、一文字もなかった。
「第一王子は、今回の断罪イベントには関係ありません」
「婚約はしません」
私がそう言うと、第一王子はすごく落ち込んでしまった。
胸が少し痛んだ。
なぜだ。
私は悪役令嬢なのに。
なぜ断った相手の顔を見て、少し申し訳なくなっているのだ。
さて、問題は、どのような断罪をするかだ。
私は頭をひねっていた。
そこで、私は大事なことに気づいてしまった。
小説は読めても、設定は作れない。
断罪イベントは好きだ。
婚約破棄も好きだ。
王子が青ざめる瞬間も好きだ。
でも、その前にどうやって事件を起こすのか。
どうやって聖女を絡ませるのか。
どうやって貴族たちを集めるのか。
どうやって綺麗に破滅へ持っていくのか。
そこは、作者様が全部やってくれていた。
私は読者だった。
まあ、そのうち何とかなるだろう。
そう思いながら、王宮のふかふかのお姫様ベッドで横になった。
ベッドは信じられないほど柔らかかった。
天蓋もついていた。
これはこれで悪役令嬢っぽい。
私は少し満足した。
目を閉じる。
これは夢。
それとも現実。
そんな言葉が、心に浮かんだ。
そして、眠りに落ちる直前。
第一王子の真剣な目が、なぜか頭から離れなかった。
ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。
こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。
連載 <長編版>妹に婚約者を譲れと言われたので、慰謝料をもらって旅に出ることにしました
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