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飛翔編

 薄っすらと濁った膜が覆っている。

 いや、覆われていた。少なくともあいつらが来るまでは。

 界隈では有名らしいポンコツロボットと、そいつが連れてきた20世紀のガキ達が、事故か何か知らないが予定外の時代渡航者として現れた。

 奴らがここで何をしたかは知らない。

 二、三度その姿を見かけた気がする。奴らが帰って(消えたのかも知れない)、また世界は薄い膜に包まれた。

 


 それは眠りに似ている。

 だが少なくとも眠りからは覚められる。おれはベッドが人間洗濯モードになる振動で眠りから覚めた。

 皮膚を撫でる泡や水流、それらを乾かす風が目覚めを不愉快なものにしていく。

 だがその不愉快さは誰とも共有できないまま、やがて消える。それでいい。持続させる必要が無い。

 そうやって目を開けたまま夢を見ている。

 薄い膜がどこまでも続く。


 あのポンコツとか子どもたちは、あの数日を思い出しては笑い合ったりするんだろう。

 ちょっとした冒険だ。

 それも彼等だけの秘密の。

 とびっきりの思い出。

 大人になった時もあの冒険を思い出して笑えるような日が未来にある。

 その未来がおれの産まれる日よりずっと前だとしても。


 部屋のマニピュレーターが施すストレッチと同時に服を着せられ、そのまま食卓に座る。

 今朝の配給食は堅果類入りのシリアルとフルーツ、茹で卵。

 窓モニターはニュースの画面。

 予定通りに進行する西側諸国の些細なエラーと、見通しの立たない東側諸国の多彩なエラー。

 おれの朝は予定通り終わり、定められた労働が始まる。


 奴らには未来がある。

 幸福では無いとしても、あの日の冒険と言う幸福な景色を誰かと共有できた事を誇りに思えるなら平気だろう。

 自分に対する期待を自分で裏切り続けて疲れ果てた社会の素粒子みたいになったおれとは違う。


 ベランダ玄関からゴンドラドローンに乗りこむと、小さな箱はゆっくりと飛び始める。

 天候省の管理する空は予定通りの曇天で、暑くもないし寒くもない気温や湿度も管理が行き届いていた。

 退屈さに目を閉じる。

 束の間に許された自由を愉しむ。……はずだった。

「ご注意下さい。緊急停止します」

 緊急停止したゴンドラドローンのアナウンス音声は初めて聞くものだ。

 珍しい事もある。

 おれは停止したゴンドラの中から表を見下ろした。同じように人々がゴンドラから外を見ている。


 そうか。

 共有できないなら共有されれば良いんだ。

「わははははは」

 おれはゴンドラのうっすらと汚れたドアを開けて中空に足を踏み出した。

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