制服と空の色編
おじさんが発狂して死んだ。
しかし誰も興味が無い。正直に言えばおれも興味が無い。
それより女子高生が死んだ事の方が悲しい話だ。
つまり狂っているのは世界の方だ。
おれは知っている。
それは街中を歩き回っているようで、実際は街がおれの周りを流れていってるからだ。
それを落下と呼ぶか病気と呼ぶか、またはインターネットと呼ぶのかも知れない。
会社の奴らはみんなおれを知っているようで、たぶんおれの名前すら知らない(おれも奴らの名前を知らない)。
みんなが逆走しているような感覚だと言う事は、つまりそう言う事だ。
たぶん誰も気づいていない。
おれはおじさんか?
ならお前もおじさんだ。狂って死ぬ。死ぬのが先か狂うのが先かは分からない。
少なくとも女子高生では無い。だから。
──この話はここで終わり、だな。
どうにかなるだろう、と思ってみてもどうにもならない事だってある。
金にしても、人間関係にしてもそうだ。
日常が詰まると逆に間伸びしていく感覚になる。時間は有限なのにな。
そう。
どうにもならない事は、どうにもならない。明るい可能性は誰にでもあるんだから、暗い可能性だって誰にでもある。
それはおじさんも女子高生も同じだ。
その明るい未来と暗い過去をミルフィーユにしたのがおれの人生だ。
いや、誰でも同じか。それぞれの厚みが少しずつ違うだけだ。
そしてそれがフォークで崩される。横倒しだ。自分のせいか他人のせいかは分からない。
それが、たまたま、おれのだって話だ。
神や仏を拝んだところで解決しない。
だが気付けば境内で座り込んでいた。
春めいてきたとは言え石畳はケツが冷える。
小高い丘に建った鳥居の下から見る町はまさに下界で、本当にちっぽけだった。
おれは狂ったのか?
まだ死んでいない。
──狂えたら楽なのかね。
この小さな町で、頭のおかしくなったおじさんとして生きていく。
それもアリなんじゃないだろうか。
──疲れた。
ガキが頭に竹トンボを差して空を飛んでるのが見えるくらいには。それに。
──なんだ?あの丸いのは。
遠目に見ても異様な、青い雪だるまみたいなものが一緒に空を飛んでいる。楽しそうに。
人づてに聴いた話じゃ、あの青いヤツはいつからいるのか分からないが、何となく知っているらしい。
古風な名前だと思った。
──どらえもん。
どんな字を書くんだ?
衛門、は間違いないだろう。ェ門かも知れない。上は?道羅?童……ダメだ、候補が多過ぎる。
何でも腹につけたポケットから不思議な道具を出して願いを叶えてくれるらしい。
──それは神じゃねぇのか。
金が欲しい。当座の金……いやどうせなら地球を買い戻せるくらいの馬鹿げた金額。
やり直すんだ。
……いや、復讐みたいな人生を終わらせる良い機会かも知れない。
おれが死んで終わりにするか?
奴らを殺して終わりにするか?
罪は消えるのか?
おれはその青い奴──ドラエモンがいると言う家の前に立っている。
神だか仏だかの住む家の割に普通の戸建てだ。
何なら古い木造家屋だ。
メガネをしたガキが泣きながら走ってきて、そのまま家に飛び込んでいった。
「なんとかしてよっ」
イジめられハブにされたガキがねだっている。助けを乞うて、復讐を求めている。
──みっともねぇし、醜いな
「しょうがないな、もう」
──しょうがなくねぇだろ、殴れよ
「どらえもーんっ」
──甘えてんじゃねぇよ
……おれか。
「あの、すみません。ちょっとお時間いいですか」
青い制服を着た男たちがおれを囲んでいる。
そうだな。おれは変なおじさんだ。
「ふふふ」
あぁ、そうだった。おれは……。
青い制服たちも愛想笑いを返す。
その制服たちを殴り飛ばして走った。
「待てオラァッ」
「あはははははっ」
青い空はどこまでも深く優しかった。




