日曜日よりの使者編
午睡は狂った歌声に破られた。
──ぶっ殺すか。1人も2人も同じだ。
背中をソファから引き剥がす。汗と倦怠の厭な湿り気が鬱陶しい。そう言えば髪を切りたいと思っていたんだっけな。
テーブルの冷えたピザを炭酸の抜けたビールで流し込む。無職になったからこその緩慢な幸福が喉をおりていくのを感じていた。
ざまぁみろ、社会人たちめ。お前たちも仕事を辞めて実家に戻ると良い。
ゲップと同時に挨拶を出す。
「ちょっと出てくるわ」
返事は無い。
そりゃそうだ。答えられる訳が無い。
20年ぶりに戻ってきた町はすっかり様変わりしていた。まるで知らない町だ。
──おれはどこに行ってもよそ者ってか?
おれに背を向ける住宅街とは裏腹に、空高い太陽は妙に優しい。風が髪をくすぐる。ただ足だけが馴染まない。町の匂いがおれを拒んでいる。
──クソが。
酷い歌声は空き地の方から聞こえていた。
おれが子どもの頃から空き地だった場所は今でも空き地だ。駐車場にもならないしアパートも建たない。
──価値の無さはおれと同等か?
辞めた会社の飲み会で滑り散らかした自虐ジョークの癖が抜けない。紛れもない社会不適合者から平日の不審者へと進化した。
──日曜日よりの使者は、来ないもんだね。
空き地で歌っていたのは小学生くらいのガキだった。少しデカいが、たぶん小学生だ。土管の上に立って歌っている。
──足を滑らせて頭打って死ね。
そのステージ下には、パシリ風のつり目のガキと、いかにも「られっ子」みたいなメガネのガキが座らされていた。
──ガキ3人か。殺りゃあ死刑だろうな。
新聞やテレビで繰り返し報じられるおれの事件を想像した。この空き地も事故物件みたいな扱いになるんだろう。
人間関係でトラブルになって会社を辞めて実家に帰省した無職が昼寝を邪魔された事に腹を立てて近所の小学生を殺害。
──救いがねぇな。
殺したガキの話とおれの話。卒業文集にはなんて書いたっけ?将来の夢は何だった?
「何がしたいの?」
──おれが聞きてえよ、そんなの。分かってりゃあ苦労しねぇよ。
「どうなりたいの?」
──わかんねぇよ。ただもう終わらせたいんだ、このクソ悪夢みてぇな人生を。
巻き添えにされるガキは可哀想だがな。
ズボンの背中に差した包丁を握った瞬間、目の前を青いロボットが通り過ぎた。
……それがロボットなのかは分からない。
やたらずんぐりとした体型の着ぐるみにも見えたし、ファミレスなんかで見るロボットにも見えた。
──なんだ?ありゃ。
タヌキっぽいそのロボットがメガネに話しかけたり、歌うガキに愛想笑いをしたりしている。そして……全員が一斉におれを見た。
──あ?
見た、気がする。
おれはおれの部屋にいた。まだ朝と言える時間の日差し。階下でおふくろが動き回る気配がする。
──なんだ?
おれは寝巻きだった。
それは今朝のはずだ。
「あんた、いつまで寝てんだい?テーブルも散らかしっぱなしだよ、まったく」
おふくろの咎めるような、それでいて気遣う様な声。
ここからおれはその半端な優しさに苛立って、口論の末におふくろを殺して二度寝をする。そしてソファで二度寝をした。
そのはずだ。
ゲロを吐きそうな錯乱が頭蓋骨の中で跳ね回る。クソが。仕事を辞めてもこれだ。せっかくの日曜日が台無しだ。
その時、外からガキの叫び声が聞こえた。
「ジャイアンリサイタルを止めなきゃ!」
あのガキの歌か?
──そうだな。止めてくれると助かる。
深呼吸。水分の足りない粘った息。
──あの、青い奴が何かしたか。
異常な存在。だが怪異じゃない。
おれはあの青い奴に会うためにもう一度寝る事にした。
おふくろは殺さない。
たぶん、それでいいはずだ。




