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第九話 どうしようもない事に腹を立てる罪

 ロアンソに抱きつかれたのはいいものの、そろそろ離れようかと思い、彼女の背中に回していた腕を戻して一歩後ろへ下がろうとした。だが───離れない。私の背後で、固く手が組まれている。ひとしきり抜け出そうともがいてみたが、無理だということを悟り、私はおとなしくした。

「おいおい、ロアンソ。少しは加減というものを覚えた方がいい。」

「いいじゃないか。久しぶりなんだし。」

 ロアンソはそう言って、しばらく私の胸に顔を埋めていたが、やがて満足したのか腕を離した。相変わらずの力だ。人間とは思えないほどの握力である。周囲の目もあり、妙に気恥ずかしくなった私は、誤魔化すように咳払いを一つして辺りを見回した。

 村人たちはこちらをじろじろと見ている。隠そうという気もない。私の物珍しさに気を取られたのか───いや、正確にはロアンソを見ているのだろう。だが、余所者に向ける警戒の目という点では大差ない。

 その視線の中には、明らかに歓迎の色はない。私は小さく眉をひそめた。非常に不快だ。

「……どうやら、あまり良い扱いを受けているわけではないらしいな。」

「うん?」

 ロアンソは僅かに首を傾げ、そして「ああ、そういうことか」と納得したように肩をすくめた。

「まあ、そんなところ。」

 随分と軽い調子で言う。

「吸血鬼ハンターなんて、どこの村でもこんなものだよ。助けてもらいたい時だけ頼ってきて、終わったら邪魔者扱い。」

 そう言って笑う。だが、それはどこか空虚な笑いだった。中身のない、乾いた笑いだ。

「……それでいいのか。本当に。」

 私がそう言うと、ロアンソはまるで何でもないことのように答えた。

「人助けが本来の目的だし。問題はないよ。」

 私はその言葉に、思わず苦笑した。呆れてしまったのだ。こんな騎士は、あまり好きではない。

「俺は良くないと思う。」

「そう?」

「そうだとも。」

 少しの沈黙が落ちた。空気は沈んでいる。ロアンソはじっと私を眺める。

「ところでさ、サンソン。君って本当にこの村住み? 違ったっけ。」

「私はこの村に住んでないと言おうとしたんだが圧で少々言い淀んでね………まあ気にするな。確かに私は別の場所に住んでいるし、この村に来るのは初めてだ。まあ、別の場所と言ってもそう大袈裟なものではないがな。そう、少し南の方に、小さな集落がある。私の住居はそこだ。」

「小さな集落?」

 ロアンソの目が少しだけ輝いた。憧れ、とでも言うべき感情だろうか。それを見て私は心が苦しくなった。できることならロアンソを我が城に迎えたいが、それはできぬのだ。それに、ロアンソがそれを望んでいるとは思い難い。私のエゴである。

「それはいいね。きっと村の人も暖かいんだろう。」

「ああ、そうだ。まるで家族のように接してくれる。」

 もちろん、嘘ではない。ただしその家族は、夜に生きる子供たちではあるが。それをそのまま伝えるわけにもいかないので、多少の湾曲は加えた。

「だが───」

 この次に繋がる言葉を言おうとして、自分が見栄を張っていたことに気づき、少し情けなくなった。

「そこを守っているからと言って、“鏡の騎士”などという大層な名前は似合わないな。

 なぜあの時そんな名乗りをしたのか、自分でもよく分からん。見栄を張りたかったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。」

 私の若干の罪の告白を聞いても、ロアンソは楽しそうに笑った。ああ、笑ってくれていなかったら大層居た堪れない空気に変わってしまっていただろう。

「それでも騎士は騎士だよ。そういうもの。………ここじゃ落ち着かないな。見られるし。少し移動しよう。そこで話そうじゃないか。久しぶりなんだしさ。」

 彼女は村の外れを指差した。そこに行って、落ち着いて話をしよう、そういうことだ。もちろん、拒否する理由はなかった。私は頷いた。

「構わん。行こうか。」

 こうして私たちは村の外れへ向かった。そこには古びた借家があった。屋根はわずかに傾き、壁板も歪んでいる。木造建築ということもあって、腐食が進んで風通しがものすごく良い。おまけに木の素晴らしく濃厚な臭いがする。雨季にここにいては間違いなく凍死する程には天井から青空を仰ぎ見ることができた。

 どこからどう見ても、長く使われていない家だ。ロアンソは躊躇なく扉を押した。軋む音と共に開く。

「寂しいところだけど、どうぞ。床が硬いなら、マットを持ってくるよ。」

「………もしやして、ここが新しい住居か?」

 もし村人からこんな粗末なオンボロ小屋しか与えられていないとなると、またいっそう村人たちに対しての怒りが膨れ上がることになるが、それはこの未来必ず起こることだろう。ロアンソは何も答えず、はは、とだけ漏らした。

 私は中に入った。埃の匂いがする。窓から差し込む光が、床の上に長く伸びていた。もう夕方か、時間が過ぎるのは早いな、そう物思いに耽っていると、ロアンソは床に腰を下ろした。そして、せっせと座布団を用意し、部屋の中心にある火を焚べる場所───囲炉裏と言うらしい───の周囲にそれを置いた。ここに座ってくれ、と言う目線が向けられる。私はそれに従い、ロアンソと向き合う形で、床に腰を下ろした。薄い布とワタのマットレスでは、腰が痛くなるな。

「それで、話があるのだろう。早速本題に入ろうではないか。」

 ロアンソが私を招いた理由を聞くと、ロアンソは少し考えた。そして、さまざまな思案を巡らせたようなフリをした後、こう答えた。

「いや、特にない。」

 私は眉を上げた。そうか、思ってもみなかった。ではなぜ。

「ないのか。」

 私の問いかけに、こくりと頷いた後、ロアンソは笑った。

「ただ、こうして会うの、久しぶりだなって思って。」

 私は腕を組んだ。確かに、それはそうであった。前に会ったのは、あの村の夜だったか。襲い来る吸血鬼の群れ。吸血鬼どもを焼き払うのに放たれた炎。奴らの心臓目掛けて突き放たれる剣。………いや、勲章授与式の時であったな。あの眩しいばかりの栄光を授かった時以来だ。

「相変わらず吸血鬼を狩っているのか。自らの命をかけて、人々を守り抜くために。」

「そんな言い方をされると照れちゃうけど………そうだね。やっぱり、それが私の仕事だから。」

「それは、騎士団の命令か。」

「半分くらい。」

「じゃあ、その残りは。」

 ロアンソは少し黙った。深く自分と向き合っているようだ。そして考えがまとまったのか、自らの出した答えであろうことに首を縦に振り、そして言った。

「性分かな。」

 私は小さく笑った。ああ、そうだな。きっとそう答えるだろう、いや、そう答えてほしかったのだ。騎士とはかくあるべきだから。

「なるほど。………いや。」

 私は窓の外を見た。夕方の光が、少しずつ色を変えている。私の妙にニヤついたような表情が気に障ったのだろう、ロアンソは不満げにほおを膨らませ、じとと見てくる。

「………いや、いや、お前らしいと思ってな。」

 弁解のつもりはなかったのだが、そう聞こえたらしく、ロアンソは腕を組んだ。しかめ面を隠そうともせず、むすりとした目でこちらを睨む。

「そういうサンソンは?騎士って言ってたけど。」

 ロアンソは首を傾げた。

「君、騎士っぽくないんだよね。なんていうか……戦うのが好きそうに見えない。」

 私は苦笑した。騎士とは悪に向かって立ち向かうもののことであるがゆえ、私には似合わぬし、私は騎士らしくない。それは認めるし、自分でもそう思っている。しかし、戦いが好きそうでない、それは新たな発見だった。そうだ、私は戦うのが好きではないのだ。なるほど、そうなのか。

「………ふむ、そういうことか。」

「当たり?」

「半分ほど、な。」

 私はゆっくり言った。自らの言葉を噛み締めるように、発言の何も逃すまいとして。

「そうだな、私は戦うことが好きでない。それは事実だ。認めよう。」

 私の正直な言葉に不意をつかれたか、目をパチクリさせた後、ロアンソは笑った。

「騎士なのに?」

「世の中には、矛盾というものがある。それに、騎士だからと言って無駄な戦いを好むわけではないだろう。」

「なるほどね。確かにそれはそうかも。」

 しばらく沈黙が続いた。だが、不思議と居心地は悪くない。これは沈黙というより、憩いの空気というものではないか。ロアンソは床に寝転んだ。それに倣い、私も座布団の上に顔を乗せ、うつ伏せになる。しかし、床が硬くあまり良いものではない。先にロアンソが話を再開した。しかし、話題は全くの別の内容になっていた。

「サンソン、君ってどこか変じゃないか。」

 私は小さく笑った。

「よく言われる。」

「だろうな。」

 ロアンソは天井を見上げながら言う。私は普通じゃないということはよく分かっている。常識というものをあまり知らないのだ。

「でもね、嫌いじゃない。」

 私は少しだけ黙った。その答えは、私を嬉しくさせた。どう言葉に表せば良いのかわからない。ならば。───そして言った。

「……光栄だな。」

 ロアンソは笑った。

「ちょっと抜けてるところとか可愛いよ。」

「余計だ。」

 外では、日が沈み始めていた。私はその光を眺めながら思った。時間はいくらでもある。一人でいられる気ままな時間なら、それこそずっと。……だが、こうして誰かと話す時間も悪くはない。少なくとも、この時の私は、そう思っていた。

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