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第八話 通達ミスという罪

 私はロアンソを追うため、獣道程度に舗装された街道を外れ、山ほどに高く茂る森の中を北へ北へと進みながら、それについてしばらく考えていた。ふむなるほど、ロアンソは特徴的な血の匂いを持つものだから、しばらく経っていたとしてもはっきりと行動がわかるな。あの女は確かにこの辺りを通り、そしてさらに北へ向かった。このまま行けば、きっと辺境の北方村街に着くだろう。

 だが私は、その足跡を追うのをやめた。手綱を引き、馬の向きを変える。北上を続けるのではなく、私の城のある方角へ。そう、理由は単純だ。城に残してきた子供たちのことが、少し気になったのである。いくら血は繋がっていないといえども、私が作った眷属たちだ、心の片隅で安否を気にするのは特段おかしいことでもあるまい。いや、私が血を分けた結果吸血鬼になったのだから、血は繋がっているのか………?まあいい。いまだにノストラは可愛いものだ。私の最愛の娘みたいなものだ。どうしても不安にはなる。……とはいえ。

「別に、問題はないだろう。」

 私はそう呟いた。あの夜、私はノストラに行進の号令を許した。それは私がよく考えずに言ってしまった完全なる失言だったが。一族の長がやるべき仕事を下位のものに任せるというのは、一団すべて皆殺しにしてくださいというのとそう変わりないことなのだ。何せ普通、長老以外は行進の仕方を知らないものだからな。だが、あの女はああ見えて用心深い。そして、いつも私のそばで指揮の取り方を見てきた。多少不慣れであったとしても、元来の気質や経験のおかげで、全滅などという間抜けな結果にはならないはずだ。むしろ。

「……あのハンターの方が心配だな。」

 親愛なる吸血鬼ハンター、ロアンソの事である。もし彼女が果敢にも子供たちの群れに挑んでいれば、さすがに無事では済まないかもしれない。それか、帰らぬ人になるやも。いや……あの腕前ならば、それはありえないことか。自分が偉いわけではないのに、なんだか誇らしくなり、私は小さく笑った。

 馬は森を抜け、やがて岩山の中腹へと続く細い道へ入る。木はまばらにしか生えておらず、大岩が露出し、通常の騎手ならこの道を目にしただけで恐怖で震え上がるであろう、恐ろしく硬い地面に、敷かれた鋭い石の数々。その先に、私の城がある。

 人間から見れば、ただの廃城だ。古くに打ち捨てられた、貴族の宮殿、外から事前知識なしに見れば、それは明らかであろう。だが実際には、ここは私の領地の中心であり、吸血鬼たちの巣でもある。本当に小説のクライマックスに向いている場所だ、ここに雷の一つでも降ればもっとおどろおどろしい雰囲気が出るのに。

 城門をくぐると、すぐにノストラが現れた。いつものように静かな顔をしている。───だが。

「遅かったですね、アーカルド様。」

 声に、わずかな焦りが混じっていた。しかも、城門まで私を出迎えにくるという行動にも、それは表れていた。ノストラの背後にも、私の期間を待ち侘びていたのだろう子供たちが隊列をなして立っていた。その光景に私の予想は裏切られたことを知り。私は眉をひそめた。

「一体どうしたと言うのだ。」

「子供たちが……少々。───ええ、飢えております。」

「飢えている?」

 意味が分からなかった。私は城外に出た子供たちを見渡した。確かに、子供たちは焦燥と貪欲に塗れた目でこちらを見ていた。目が、少しぎらついている。だがそれだけだ、いつもの事ではなかったか。

「何を言っている。私は行進の許可を出したはずだが。」

 私はノストラを見る。

「村を襲ったのではなかったのか?」

 ノストラは、少しだけ目を伏せた。申し訳ないと、そんな感情が見てとれた。そして、気持ちに整理がついたのか、言葉を発した。

「……襲いました。ですが───」

 そこで、彼女は左腕の袖を持ち上げた。そこには──何もなかった。肩口から先が、綺麗に失われている。本来あるべきはずの、二の腕は、スッパリと根本から切り取られていた。再生が遅いことを鑑みると、銀の業物で切り取られたようである。私はしばらくそれを見ていた。

「……なるほど。───やられたか。」

 ノストラは苦笑した。

「ええ。………気がついた時には、もうありませんでした。」

「……どういうことだ。」

 ノストラは、静かに語り始めた。


 月が綺麗だったあの夜、私たちは行進を行いました。貴方様がいらっしゃらないことに、この行進に参加なさらないことに、ほんの少し罪悪感を覚えました。ですが飢えを満たす方法は必要というもの。私含む子供たちは目をつけていた村へ向かいました。

 人間は多く、警備も薄い。格好の餌場だったはずです。少なくとも、私が事前の調べをした限りでは。そうして私の命令通り、子供たちは村へ入り、家々を襲い、血を吸いました。そこまでは、いつも通りだったのです。ええ、そこまでは順調でした。ですが。

「……青白い月が出ていました。」

 ノストラはそう言った。

「それはとてもとても綺麗な満月でした。」

 その光の中で、一人の人間が立っていました。青いコートを羽織り、銀の髪が月明かりを反射するような、たいそう美しい女でした。彼女は長い剣を持ち、静かに立っていたもです。

「私は最初、気づきませんでした。ただの人間だと思っていました。無謀にも、吸血鬼を追い払おうとする、身の程知らずと思っていました。」

 そして、次の瞬間。

「私の腕が、無くなっていました。」

 ノストラは淡々と言う。

「痛みも、衝撃もありませんでした。ただ、切れていたのです。まるで、元からそこに存在しなかったかのように。」

 海のように、川のように、柔らかな青い光を世界に映し出す月の光の下で、その女は、ゆっくりと、優雅に、剣を振るっていました。子供たちが次々と倒れて、女のコートは血で染まり、髪にも付着し、まるで鬼神のような姿でした。

 逃げようとした者もいたんです、ですが。

「何人かは……いえ、多くの者が、逃げられませんでした。」

 私は静かに息を吐いた。ああ、まさかこれほどまでの実力を秘めていたとは、予想だにしていなかった。

「それで、村は?」

「人間はほとんど死んでいます。ですが……子供たちも、かなり減りました。村一つを壊滅させた対価としては、あまりにも大き過ぎます。」

 私は腕を組んだ。

「なるほど。───それで、襲えなくなったと。」

「はい。」

 ノストラは頷く。

「その女は、この辺りを調べているようです。近くの村に滞在しているという話も聞きました。」

 私は少し考えた。口にしても良いものだろうか。結局、それを知らせても大した問題にはならないと考えた。そして言った。

「それは、ロアンソというハンターだな。」

 ノストラは目を瞬いた。

「ご存知なのですか?」

「人間の世界にいた理由の少しが、その吸血鬼ハンターだ。」

 私はそれ以上説明しなかった。嘘も言っていない。だが、ノストラは私の言葉を真実とは異なる方向に解釈するだろう。長老への忠誠心からか。自己嫌悪をしても意味がないが、それでも心のうちに罪悪感が芽生えてきたので、気を紛らわすために食事をしようと思った。

「とりあえず、食料を出そう。地下の保存食だ。」

 城の地下には、食料庫がある。そこには、人間が保管されている。もしもの時のための、籠城用であり、食料が枯渇した時用のものでもある。だが、生きているわけではない。すでに処理されたものだ。保存するため干され、燻された肉。血も抜かれてから時間が経ち、色が赤みを失いつつある。新鮮さなど、欠片もない。味など二の次ではあった。吸血鬼の舌からすれば。

 子供たちを連れ、私たちは地下へと向かった。そして保存室を開けると、それらの食料を地下テーブルに置いていった。終えた後で、私も一口血を飲んでみる。

「……液体のりのような味だな。」

 私はそう言った。ノストラは苦笑した。本来ならばこんなもの口にできたものではないが、子供たちは飢えていた。文句を言う余裕などない。彼らはテーブルに集まり、燻製肉や加工済み血液に群がった。まるでそれらがご馳走であるかのように、肉は大口を開けて噛みつき、血液はグラスに注ぎ乾杯を行っていた。

 その様子を見届けてから、私は自室へ戻った。そして、私はベッドに横になった。しかし、吸血鬼は、眠る必要がない。少なくとも、普通はそうだ。それでも私は時々こうして眠る。今更、吸血鬼の常識がなんだというのだ。もうすでに色々外れているというのに。

だから、今でも続けている人間だった頃の習慣だ。けれども、あまりにも多くの時間に飽きたための、ただの暇つぶしかもしれない。

 私は目を閉じた。そして、眠った。普通ならば覚醒するはずの夜の間、吸血鬼が眠るというのは、少し奇妙なことだ。


 翌日、私は城を出た。目的地は、ロアンソが滞在しているという村だ。城から少し離れた場所にある、北方村街の一つだ。それは思っていたよりも大きい村だった。家の数も多く、畑も広い。人の往来も多い。小さな町と言ってもいい規模だ。私は村人の一人に声をかけた。

「少し聞きたい。」

 男は振り向く。

「なんだ?」

「ロアンソという女を知らないか。」

 男の顔が、わずかに曇った。

「……ああ。そうだな、いるな。」

 だがその声には、歓迎の色がなかった。

「どこにいる?」

 男は肩をすくめる。

「知らん。その辺にいるんじゃないか。農作業でもしているだろう。奴には仕事が多くあるからな。」

 私は目を細めた。

「……仕事?」

 通りがかりの別の女が口を挟む。

「あの女、居候みたいなもんだからね。飯を食うなら働けって言ってあるんだよ。今は井戸の修理だったかね。」

 私はしばらく黙っていた。そして理解した。この村の人間は、ロアンソを、英雄だとは思っていない。村の平和を守る騎士だとは微塵も考えていない。むしろ、厄介者だと思っている。

「……なるほど。」

 胸の奥に、妙な感情が湧いた。怒りだ。ロアンソを侮辱されたと思うと、腹の底から煮えたぎってくるものだ。憎さに目の前の奴ら全て皆殺しにしてやろうかと考えた。だが、私はそれを抑えた。ここで村を滅ぼすわけにはいかない。私は深く息を吸った。そして言った。

「お前たちは分かっているのか。」

 村人たちは怪訝な顔をする。

「何がだ。」

 私は言ってやった。

「吸血鬼ハンターの価値だ。彼女がいなければ、この村はすでに滅んでいた可能性がある。吸血鬼を相手に戦う人間が、どれほど貴重か分かっているのか。彼女の勇敢さ努力、全て知った上でものを語っているのか!」

 私は彼女の素晴らしさ、功績、伝説について、しばらく演説を行った。だが、誰も聞いていなかった。村人たちはすぐに散り、畑へ戻り、井戸へ向かった。誰一人として、私の言葉を気にしていない。私は呆気に取られ、しばらく立ち尽くしていた。考えられない、まともとは思えない。

「……愚かなものだ。」

 小さく呟く。その時、後ろから声がした。

「久しぶり。」

 私は振り向いた。そこに立っていたのは、ロアンソだった。汚れた作業着を着ている。髪も少し乱れていた。だが。顔は、あの時と同じだった。ロアンソは笑った。

「サンソンって、意外と田舎暮らしだったんだね。」

 私は思わず笑った。いやいや、私の住居はここじゃない。しかし否定はせずに、そして歩み寄る。

「無事だったか。」

 私はロアンソを抱きしめた。ロアンソは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。

「大げさだな。つい最近別れたばっかりじゃないか。」

 私は肩をすくめた。おかしい、時間の流れをこうもゆっくりに感じていたというのか。新しい変化だな、これは。

「そうだったか?」

 ロアンソは私を見上げる。そして言った。

「それにしても。鏡の騎士って、もっと立派なところに住んでるのかと思ってたよ。こんな辺境だったとはね。」

 私は少し眉をひそめた。

「……辺境とは失礼だな。」

 それに、私はあくまでここにやってきただけで、本当の家は城なのだ。大きく立派な、荘厳なものなのだ。しかし、彼女の中で私は田舎住み鏡の騎士という事で決まってしまったらしく、ロアンソは笑った。

「だってそうだろ?ここ、ほとんど田舎じゃないか。」

 私は少しだけ、むっとした。だが。まあ───間違ってはいない。彼女がいた街と比べると、ここ、北方の地はあまりにも発展が遅すぎる。私は肩をすくめた。

「そういうお前は。………井戸の修理か。」

 ロアンソはため息をついた。

「……見てたのか。そうだね、村に住むって大変だよ。」

 私は少し笑った。本当は聞いていたのだがな。そして思った。そういえば、この女は───まだ何も気づいていない。私が何者かも。この村の近くに、何があるのかも。……そして、今はまだ、それらを明かさなくてもいいと思った。

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