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第五話 自らを偽る罪

 吸血鬼騒動を鎮めた功績により、私とロアンソはバリャドリャッド城へ招かれた。バリャドリャッド城とは、ここら一体をすべる王国の本拠であり、最も軍事力の高い場所だ。石の城壁は幾重にも重なり、砲塔は空を睨み、旗は飢える血のように赤い。はるか古代から数多もの国に戦争を仕掛けては、必ず勝利をもぎ取ってくる。恐ろしい国だ、まったく、ここの人間は私たちと違って、娯楽で血を見るのが好きらしい。血が流れる様を歓声で迎える。理解し難い感情だな、と思った。

 城に入る時、見張りの兵士たちから声をかけられた。私とロアンソはあの吸血鬼事件の解決者です、とだけ答えた。兵士たちは名を教えてほしいと言った。私はサンソン・カラスコと名乗った。

 石造りの大広間は光に満ちていた。高窓から差し込む陽光、燭台の炎、磨かれた床に反射する輝き。赤い絨毯が玉座へと続き、両脇には貴族と兵が並ぶ。荘厳な音楽が大音量で響き、これが授与式か、と内心ワクワクしていた。人間たちの視線が、一斉にこちらへ向けられていた。それは今まで私が目にしてきた恐怖ではない。人間からなら二度目にもらう(一度目はロアンソからだ)敬意だった。その絨毯を歩き、王の間の段下まで行った。足音が誇らしげに場内に響く。

「名を。」

 王が問う。その顔は真に人間の功績者を称える顔だった。なんだか自分が誇らしくなった。私は一瞬だけ間を置き、答える。

「サンソン・カラスコ。」

 本名は名乗らない。アーカルドの名がここに響けば、それは災いになる。それに、その名は英雄の名として相応しくない。ここで発せられるのは、騎士としての名だけでいい。王は頷き、勲章を差し出した。

「街を守った勇気と献身に、感謝を。」

 金の縁取りを施された紋章。重い。血の匂いはしない。鉄と磨かれた金属の匂いだけだ。今まで私が受け取ったものの中で、血の匂いのしないものがあっただろうか。人から与えられるもので、血以外のものはあっただろうか。ロアンソもまた、勲章を受け取る。彼女も誇らしげだった。隣で笑っている。

「素晴らしい功績であった、鏡の騎士殿。」

 王がそう呼んだ。場内で、拍手が起こる。周囲を見渡さなくても、ここに集まった貴族、兵士、皆が手を打ち鳴らしていることがわかる。血を背負った怪物に向けられることのない音だった。私はただ、静かに頭を下げた。


 城門の外で、ロアンソが勲章を掲げる。眩しい太陽で、その金属はきらと光った。

「似合う?」

「似合う。」

 それは嘘ではない。本心から出た言葉だった。今のロアンソの姿は、とても美しかった。思わず見惚れるぐらいに。

「そなたもな。」

 赤い瞳が楽しげに細められる。

「次に来るときも、それを付けて来いよ。鏡の騎士様。」

 軽い声音。私は間をおかず頷いた。この勲章は絶対に手放さないと思った。私たちの別れはあっさりしていた。また会うことを疑っていない者の別れ方だった。もちろん、私も彼女と会うつもりだったし、彼女もまたそうであったであろう。


 夜、私は城へ戻った。闇は、変わらずそこにあった。冷えた石壁。沈黙する廊下。子供たちが頭を垂れる。獣のような鋭い瞳が揃ってこちらを見上げる。ノストラはその先頭で、やはり頭を下げていた。私は無言で自室へ戻り、勲章を机の上に置いた。金は、蝋燭の光を受けて鈍く輝く。この城には似合わない。私はそれを王から賜った箱にしまい、棚の奥へ押し込んだ。その箱自体も装飾が施され、美しい仕上がりになっている。だが、子供たちには見せない。見せてしまってはいけない。これは私の善行であり、罪である。そして、これは人間の世界の証だ。怪物の城にこれみよがしに置くものではない。やがてノストラが現れる。

「お帰りなさいませ、アーカルド様。」

 黄金の瞳が静かに私を観察する。城を開けていたから、子供達の状況を見ておかなければいけない。

「近況を。」

「現時点では問題ありません。皆、まだ耐えられます。数日は行進を行わずとも。」

「そうか。」

 あくまで事務的で何の感情も滲ませない会話。ノストラは近況報告をして、私の部屋の前から去った。だがその黄色い視線が、ほんのわずかに棚へ向いた気がした。気のせいだろう。気づくはずがない。


 数日が過ぎる。私は本を読む。頁を捲る。騎士は怪物を討ち、誓いを立て、民に讃えられる。そして、その実績を讃えられ、何かしらの報酬を手にする。───ふと、何の気なしに、机の奥の箱を取り出す。勲章を掌に乗せる。重い。あの大広間の拍手が、遠くで響く。私はそれを再びしまう。この城では、喝采の音は吸い込まれるだけだ。


 さらに数日、ノストラは再び私の部屋の前に立った。

「……限界です。」

 声は静かだった。ただ、事実だけを告げようとしていた。しかし、その声の中に、抗えぬ衝動を潜ませていることに、私は気づいていた。彼女もまた、同じく吸血鬼なのだ。

「若い者たちが、血の欲望を抑えきれなくなっています。」

 私は目を閉じた。自らの愚かさや現実に対する態度に対して、見ていられなくなったかもしれない。ああ、当然だ。彼らも吸血鬼だ。私がそうした、吸血鬼なのだ。血を吸わねば生きられない。私が数日味わった光の余韻など、彼らには関係がない。拍手、勲章、赤い絨毯も、それらで満たされるのは私だけだ。

「行進は───」

 その言葉は、ひどく重かった。

「───今夜、行う。」

 ノストラは深く頭を下げる。

「承知しました。」

 扉が閉まる。残るのは、静寂。息もしづらくなった空間で、私は棚を見た。箱は、そこにある。今は、開けない。開けば、あの時の光景が崩れる気がした。

 

 私は玉座へ向かう。始祖として。吸血鬼として。そこに映る私の姿は、鏡の騎士ではなく。

 鎖は、断ち切ることができないようになっている。

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