表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/18

第四話 同族を手にかけた罪

 いくつもの山を越え、野を駆け、再び、私は光の街へ来ていた。やはりというべきか、もう街は少し夕日でオレンジ色に染まっていた。橙は私も野も全てを包み込んでいた。早くロアンソに会いに行こう、そう思って門をくぐると、あの声が聞こえてきた。

「……来ると思ってた。」

 振り向けば、ロアンソが立っていた。銀の髪が夕陽に溶け、赤い瞳が細められている。口元には、あの気安い笑み。その私にほほえみかける様に、胸が高鳴った。何故ここにいるのか。まさか私を待っていたわけではあるまい。そう思う。私は本当にそう思っている。聞けば、見張りだそうだ。吸血鬼ハンター一本ではやっていけないのだと、冗談めかして肩をすくめた。暮らしが困窮しているという、苦しい話の間でも彼女は笑っていた。警戒はない。敵意もない。ただ、歓迎だった。それが嬉しかった。

「また本か?」

 そう早く読み切るわけないだろう。一体こいつは私をどれだけ本の虫と思っているのだ。しかし不思議と苛立ちも不満もなかった。

「いや。」

 こちらも笑みを隠さず答える。その姿はまるで中の良い友人が会話をしているかのようだった。

「じゃあ私に会いに?」

 明らかな軽口。冗談のつもりなのだろう。だが、私は否定も肯定もしなかった。肯定は当然しないのだが、否定もまたちがう気がした。

「暇だった。」

「正直だな。」

 ロアンソは笑った。人間は、どうしてこうも無防備なのだろう。

「泊まっていけ。夜道は物騒だ。」

 吸血鬼に向かって言う言葉ではない。だが彼女は私がそうだということを知らない。だから、私は頷いた。お言葉に甘えたかったし、何より一緒にいたかったから。


 夜。木造の家は城よりも温度がある。油灯の揺れる光。壁にかかる剣。机の上の書きかけの紙。どれも、私のいる場所より生活と安心を表していた。滲む生活感というのは、どこかしらで人の奥底を温めるものなのだ。

「あの物語、どうなった?」

「怪物を討った。」

「めでたいな。」

 ロアンソは満足げに頷いた。

「やっぱり、守るっていいと思うんだ。」

 守る。私は何も答えなかった。答えても良いのかわからなかった。それを言ってしまうのは嘘になる気がした。それでも、心のうちではそれを肯定していた。否定をしてしまったら、胸が痛む。だから、私は微笑んだ。

 その時だった。外から、悲鳴が上がる。一つや二つではない。複数。ボヤ騒ぎだとか、そういうものでは断じてない。混乱の波が街を走る。そしてもう一つ、私が感じ取ったものがある。血が撒き散らされる感覚。空間に匂いが満ちる。ロアンソが即座に立ち上がり、銀の業物たちを手にした。

「来たか……!」

 ロアンソの焦りように、私も少しながら焦りを感じる。それでも私は平静を装い、とりあえず何がきたのかを尋ねる。

「何がだ。」

「吸血鬼だ。群れを成してきたみたいだ!」

 私は静かに息を吸った。そう、同族。私とは一切関係のない長老派の一団だろう。ここら一体を牛耳っている奴らに違いない。縄張りを拡げるための無差別な襲撃。血を求め、渇きを癒すための粗雑な計画。まだ若い長老か。血気盛んなものたちだな。不快だ。

 外へ出ると、すでに街は地獄絵図だった。黒い人影が屋根を走る。人が引き裂かれ、喉が噛み破られる。効率の悪い狩りだ。無秩序で、下品だ。見ているだけで気分が悪い。

「下がってろ!」

 ロアンソが叫び、剣を抜く。銀の刃が月を反射する。引き抜かれた白金を讃える長剣が、一筋の光になる。それを見て、先頭を突っ走っていた吸血鬼が笑った。

「その古物で何ができると?」

 そう、ロアンソを笑ったのだ。ロアンソが大切にしていた伝承の業物を笑ったのだ。そして、その首は地に落ちた。私が断った。一応、その武器を血で作る瞬間は見せなかった。速さは抑えた。力も抑えた。私が人間に見える範囲で。騎士としてまああるかという程度で。もちろん、騎士としてありがちなランスで。

「……お前、強いな。」

 ロアンソが驚いた声を出す。

「鍛えている。」

 嘘だ。普段から城に閉じこもりきりの私がそんなことをしているはずがない。けれどもそれでよかった、今は。また、別の影が跳ぶ。私は踏み込み、心臓を貫く。血が飛ぶ。嫌な匂いが鼻を打つ。顔を顰める。やはり同族の血は臭い。吸血鬼の爪がロアンソへ伸びる。私は無意識に、その前へ出ていた。爪を弾き、腹を裂く。私は今、ロアンソを守った。私は今、人間を守っている。吸血鬼であり、人間を襲う側の私が。私たちは吸血鬼どもを貫き、切り裂き、そして、最後の一体が倒れる。街に残るのは、荒い息と、血と、泣き声。ロアンソがこちらを見る。

「……助かった。」

 私は黙っている。今の私の心のうちは、ひどく揺れていた。

「そなたがいなかったら、もっと死んでいたであろうな。」

 月光の下、彼女は笑う。屈託のない笑み。服が血に濡れシミになっているというのに、全く気にしていないようだ。

「さすが、鏡の騎士。私は足元にも及ばない。」

 騎士。その言葉が、胸の奥に沈む。私は怪物だ。人を襲い、血を啜る吸血鬼なんだ。だが今、私は自らの意思で、自ら進んで吸血鬼を斬った。同族を切り裂き、貫き、大地に還した。気の迷いなのか。ああ、きっとそうに違いない。衝動で起こしてしまったことなんだ。

「ありがとう。」

 ロアンソが真っ直ぐ言う。紅い瞳は私を捉えて離さない。

「今夜のそなたは、間違いなく鏡の騎士だ。」

 私は月を見る。その明かりの中、私たちは二人地に足をつけ、血にも足をつけ、佇んでいた。本の中で、騎士は怪物を討つ。では今夜、怪物を討った私は何だ。騎士か。それとも………考えたくもない。私があのような滑稽な男になるなど、想像もしたくなかった。ロアンソが肩を叩く。

「鏡の騎士様。明日は街を共に見回ろうか?」

 友人に語りかけるような、優しい声音。彼女は何も知らない。私が何者かも。何を喰らって生きているかも。どんな立場の人物で、その立場によってどんな結末を迎えるかも。だからこそ、その呼び名は、血よりも強く私を縛った。鎖が、また一つ軋む。私は、一体何者になったのだろう。私は、私が何者なのかわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ