第二話 真実を告げぬ罪
私は吸血鬼ハンターの家に泊まることになった。それはあまりにも危険が多かったが………その誘いを断るのもまた、それ相応に危険があることを理解していた。彼女の家は街の外れにあった。彼女の言うに、ハンターなどという血生臭い仕事は人からあまり好かれないどころか忌避されるそうだ。内心酷い話だとは思った。しかし、私の宿敵であるハンターの話だ、心を痛める必要なんてないんじゃないか。
彼女の家は簡素なものだった。私の家と比べても、大層見劣りするものだ。人が暮らすにしても、せいぜい四人かそこらだろう。私の子供も共には入れぬか………そう考えたところで、この家にもう一度来ることになっていることに気づいた。そんなことするわけないじゃないか。
「さあ、気にせずに上がれ。躊躇している間に空から掻っ攫われるなよ。」
彼女は短く笑うと先に家の中に消えた。私もそれに続く。しっかり招かれているので、私は何の不自由なく敷居を跨ぐことができた。
家の中はとても質素だったが、ハンターとしての道具は多く置いてあった。ヒガンバナ科の匂いがしているし、聖なる力を感じる短剣、銀の釘、祝福済みの聖水………それらが棚に並べられていた。どれも吸血鬼に対して致命傷を与えうるものだ。私には効かないが。私がそれを眺めていると、そんなにも気になるかとロアンソが話しかけてきた。彼女曰く、曽祖父の代から使われているもので、数多もの吸血鬼を殺してきた一級品だと。なるほど、と思った。確かにそれらには血の匂いが、それも同族の不快な匂いが染み付いていたし、それらが遥か昔のタイプ───私に取っては実に短いものだったが───の血を吸っていることには確信が持てた。
それらだけでなく、壁にはその称号を示す掛け軸や勲章があった。どうだ、すごいだろうと言わんばかりの数、それに刻まれた名前。リゴベルト・キハーノ、ドゥアルト・キハーノ、アルバン・キハーノ、そしてロアンソ・キハーノ。これらは彼女の一家が吸血鬼退治においていくつもの功績を上げてきたことを意味する。勲章の中にはかの有名なロンベルト公からのものもある。何と昔から救っていた長老の一人を見事にも退治したそうだ。あまりにも私が熱心にそれらを見つめるものだから、彼女は私が吸血鬼ハンターについて興味を持ったと思ったらしく、ハンターになるための試験会場や退治の伝統的な方法、そして彼女の戦績について詳しく語ってくれた。それらはとてもリアルで、私をとても楽しませた。たまには現実の物語も悪くないな、とも思った。
彼女は私を今は使われていない部屋に案内した。丁寧に掃除されていたが、いまだにキツく吸血鬼避けの匂いが残っていた。薔薇や柑橘系の匂いはまあ我慢できるから、厚意を素直に受け取ってここで一夜を明かすことにした。それじゃあ、と言って彼女は自らの寝室に戻ったようだ。ここで襲うのはあまりにも不利だったから、今日はやめておいた。それに、人の親切をあまりにも早く仇で返すようなことはしたくなかったから。
しかし、家の明かりでよく照らされた彼女は綺麗であった。美しい銀の髪に、人を吸い寄せるような赤い瞳………はは、皮肉なものだ。吸血鬼を突き放す銀と引き寄せる紅が共にあるとはな。しかし、あのものの美しさはそれらの矛盾からも生まれているのだろう。そして、ハンターとしての素質も、あの外見に滲んでいるともいえよう。
翌日の朝、私はロアンソの家を出発していた。本当は一人で行くつもりだったが、何故か彼女はついてきた。私がこの街の道を知らないだろう、と思ってのことらしい。それは非常に助かった。私は昨日書店に行きはしたが、それは街の入り口のことであったし、そして一回だけだったため、ロアンソの家からの道順は全くと言っていいほどわからなかったからだ。話は変わるが、街は朝の喧騒に満ちていた。夜の静謐とは打って変わり、人の声と足音が絶えず交差している。焼きたてのパンの香り、荷車の軋む音、子供の笑い声。私は思わず周囲を見回した。これほどの人間が、一斉に動き、喋り、笑っている。誰も自らが獲物になるとは考えていない顔だ。
「どうした、鏡の騎士。」
鏡の騎士、という言葉にちょっとしたかっこよさでも覚えたか、笑い気味のロアンソが横目で言う。………いや、もしかして嘲笑しかけか?だとしたら失礼極まりないな………。とりあえず、私はその言葉に答えることにした。あくまで田舎から出てきたものという体を装って。
「昼の街はこんなにも騒がしいものなのか………と驚いてな。」
それを聞いて彼女は軽く笑った。そんなこと当然だろう、とでも言いたげな目線を向けてくるが、私はそんなこと知らなかった。そもそも昼に出歩くなんてしたことなかったし………と心の中で言い訳をして、私はすごいんだぞ、とロアンソにじっと目で訴えかけた。しかし、彼女は気づいていないようだ。鈍感め。
「………これが平和の証さ。」
平和。その言葉に、私はわずかに引っかかった。平和とは何だ?血が流れぬ状態か?吸血鬼がいない状態か?それとも、ロアンソのような者が立っている状態のことか。私に考えることはできない。私はいつでも平和を乱すものだった。だからこそ、平和について考えることはできないし、考えるのも無駄だ。
私はふと思いついた問いをロアンソにしてみることにした。
「何故吸血鬼を殺す?家のしきたりか?」
ロアンソは考える素振りも見せず、はっきりと言い切った。
「簡単な質問だな。吸血鬼は人を殺すからだ。」
しばらく歩いて書店へ着く。昨日とは違い、扉は開かれ、光が差し込んでいる。中へ入ると、紙と木の匂いが広がった。私は胸の高鳴りを隠さず、棚へ向かう。浮かれが顔にはっきりと出ていたのか、それを見てロアンソが笑ったようにも見えた。少々鼻についたが、私にはそれより優先すべき目的がある。騎士譚、放浪記、怪物討伐録、悲恋物語。五冊を選び、腕に抱える。それを見て、ロアンソは少々疑問に思ったようで、
「一気に買うんだな、そんなに読むのか?」
「時間はいくらでもある。一人でいられる気ままな時間がな。」
何気なく言ったその言葉に、ロアンソは一瞬だけ目を細めた。
「一人……か。羨ましくはないな。」
「何故だ?」
「自分しかいないというのは、怖い。」
私は返す言葉を失った。怖い?一人が?自問自答しつつ金貨を払い、店を出る。店主に金貨を渡した時何故か目をかっぴらいていたが、いったい何故なのか、さっぱりわからない。やはり千年前のものでは古すぎたか………?しかしあの店主はしっかりとそれを大事そうに握ったが………うん?───街の光はなお明るい。
別れ際、ロアンソは言った。微笑を浮かべていたかもしれない。吸血鬼など相手してこなかったであろう騎士を守り切ったという誇らしさで笑っているのか、そうでもないのか。確かに、人を送るときは笑顔が基本だが、それだけではないような気もした。
「また来るなら声をかけろ。安否を確認したいしな。」
その言葉は、単なる忠告だった。が、少し期待を滲ませているような声色だった。昨日の馬はしっかりと木にくくってあったから、逃げ出してはいなく、助かった。私は馬の手綱を握り、振り返る。
「鏡の騎士は、約束を違えぬ。」
それだけ告げて、駆け出す。風が頬を打つ。城への道は長い。また山を何個も越えねばならんのかと気が重くなった。だが胸の内には、昨夜とは違う重みがあった。血の鎖ではない。もっと細く、もっと脆い。だが確かに、私を引き留める何かが、あの街に残っている。……次に会う時、私は何者として立つのだろうか。吸血鬼アーカルドか。それとも、鏡の騎士カラスコか。




