終章 鏡
これから私がお話しいたしますのは、とある北部大地に伝わる伝承です。正確な話はとっくのとうに風化してしまいましたから、やや脚色も加えられております。ですので、真実かどうかはわかりません。ですが、それでも、私はこのお話が真実だと信じています。
───語らい人ルバンテより
誰も名を知らぬ、緑の平原がある。北の地にありながら、その場所だけは不思議と風が穏やかで、草は年を通して青く茂る。その中央に、一つの墓が建てられている。石で組まれた簡素な墓標。刻まれた名は、風雨に削られ、今では読むことができない。ただ、その墓は城から見下ろせる位置にあった。かつて吸血鬼が支配していた、あの城を。
始祖を失った城は、長くは保たなかった。力の空白を狙い、各地の吸血鬼が群れを成して押し寄せた。夜ごとに火が灯り、血が流れたという。だが、それも長くは続かなかった。
ある夜、一人の吸血鬼ハンターが現れた。名は残っていない。姿も、語られていない。ただ、その者は一人で城に入り、夜が明ける頃にはすべてが終わっていた。侵入した吸血鬼たちは、一体残らず滅ぼされていたという。城はそのまま、静寂に沈んだ。それ以降、あの城に住み着く者はいない。
やがて、時が流れる。戦いの跡は薄れ、血の匂いも消えた。それでも、あの平原の墓だけは残り続けた。手入れされる様子もないままに。それでも、不思議と荒れることはなかった。いつしか、墓の周囲には花が咲くようになった。誰が植えたわけでもない。季節を違え、絶えず咲き続ける花々。風が吹くたび、それらは揺れ、墓を覆うように広がっていった。訪れる者はほぼいない。だが、その場所を訪れた人々は皆、何かを感じ取り、何も言わずに去っていくのだという。
さらに、長い年月が過ぎた。平原の姿も、わずかに変わった頃。ある日、その墓の隣に、もう一つ墓が建てられた。誰が運んだのかは分からない。いつ建てられたのかも、誰も見ていない。気づいた時には、そこにあった。最初の墓と同じく、簡素な石の墓標。名は刻まれていない。ただ、並ぶように置かれている。城の正面、その場所で。鏡写しのように、そこに置かれていた。
それ以来。人々は、その平原をこう呼ぶ。──鏡の墓の丘、と。そして、そこを守護する鏡の騎士は、最後まで、そこから動かなかったのだと。




