第一話 同じ世界に生まれた罪
私の世界は血に満ちている。私の祖先から、私の末裔に至るまで、すべて真紅の月が照らしている。そうだ、私は吸血鬼である。生前のことなどこれっぽっちも覚えていやしない。もう、そんなことも気にしなくなった。ただ、手に入った永遠の命と、この美しさを甘受するのみ。それだけでいいと思っている。
夜な夜な、私は子供たちを連れて城を出る。子供たちは様々で、私が直々に血を与えたもの、その子供が血を与えたもの………。実に様々だ。彼らは私に忠実で、また、私を絶対とする。吸血鬼とはそのようなものだ、血のつながりを大切にし、その源を崇拝する。私だって、過去は長老たちに敬意を払っていたさ。だが、もはや彼らは遠くに行ってしまったゆえ、ここら一体の最長老は私になり、誰にも敬意を払うことなどなくなったのだが。
目立つような行為は避けるべきだ、大人数など愚の骨頂だなど言うものもおるかも知れぬ。だが、逆に私はこう考える。人数を多く連れ歩いているならば、そして堂々通りを歩いているのならば、それは疑われることもあるまい。まさか、吸血鬼伝承など信じて、そのような旅人の集団かも知れない人物らを襲撃するだろうか。いや、しないだろう。もちろん、その先頭を行くのは私だ。後ろに愛しい子供らを連れて、人間が寝静まった夜中に街を闊歩する。そして、いい狙いがついたのなら、それらを眷属にするのか、食事にするのかは子供らに任せる。私はもう子供は要らぬから、血を頂くだけにしよう。
このような生活は長く続く。もとより、吸血鬼は歳を取らないもの。いつまでもいつまでも若き姿を保ち続ける。見よ、私の姿を!未だ黄金の長髪は輝きを保ち、白い肌は真珠のように美しくあるではないか!漆黒を讃えるこの目は、よく遠くを見通せる───たとえ夜だろうと、何人たりとも逃げることは叶わぬ。ああ、一体何故人は吸血鬼を恐れる?人より何十倍も優れた存在だと言うのに!
だが、私は変わらない生活に飽き飽きしてきた。今までもそのような空虚感を持たなかったわけでもないが、今回のものは特別強いようだ。はあ、全く、いつもどのようにしてこんな気分を紛らわせてきたかわからぬな………。
ある時、私に一冊の本を差し出してきた子供がいた。本など、一切全て読み切ってしまったものと思っていたのだが………、どうやらそれは違ったようだ。その小説はあまりにも面白く、退屈な気分など吹き飛ばしてしまった。その本は、騎士道に満ちた男の冒険物語だった。風車を巨人と間違えたり、村娘を姫と思ったり………。色々不可解な点はあったが、私はそれに憧れてしまった。ただこの退屈さを紛らわすためではない。なにか、もっと別の心の奥からの欲望を満たすためのものだった。私は昼の間中それを読み耽り、何度も反復し、時にはその物語に登場した武器を血で作ってみたりもした。満足だった。
ある夕、私は一人城を出て、街に行った。随分と遠くの場所だったため、徒歩にして3日はかかるらしいが、幸にして、私の城には馬がいた。確か、私が遥か昔に眷属としたものだった。それは月の下に出られたのがよほど嬉しかったのか、体を大きく振るわせ、私の指さす方向に全速力で駆け出した。流石は私の直系の眷属と言ったところだろう、疲れを見せる様子はなく、そこらの名馬よりずっと速かった。そうして川を越え、山を突っ切り到着した街は───私の子供からの言伝で聞いていた街は───いったいどう言うことだろう、こんな夜中なのに明るいではないか!遠くから見ても明らかだったが、草原を駆け抜け、その街にだんだんと近づいていくごとに更によくよく見えてきた。ランプが柱に吊るされ、建物の内側からは光が漏れ、笑い声や談笑の声が響いている。驚きを禁じ得なかった。こんなものは見たことがなかった。山を四つ挟むと、これほどまでに発展の具合が違うのか!
私は馬の手綱を街付近の木に結びつけ、光の街へ歩いた。全くの未知の世界だった。この時の心のはずみようと言ったら、しばし吸血鬼としての本能を忘れさせるものだったのだからな!そもそも、ここの街に来た理由といえば、さらなる小説を買い求めるためであった。あの冒険小説を私に寄越した子供が言うに、ここあたりの人間が持っていたものだと。それならば、やはりここの街で売られているものであろう、そうにちがいない。
街を見渡してみれば、そこにはなんと面妖な建物が並んでいるやら!どれが書店なのか分かりやしない。人に聞いても良いのだろうか……?流石に、私を吸血鬼とわかる奴はいないだろう。長年生きてきたため、擬態の腕も確かだからな。
しかし、人は見当たらない。まあ、夜に出歩いている人間はいないか………。だが、なんだこの板は。大きな地図に文字が書き込まれている。それを見ていくと………あった、そこが本屋か。それはどうやら、カンバン、と言うらしい。新しい文明の品なのだろうか、確かに、あの村でも農家のやつが立て札をしていたな………似たようなものか。
整備された道はあまり私の足には合わないな。地を踏み締める感覚は大事だと再確認できる。私の城はカーペットを敷いているから、それもそれで良いものだが。私の目指している本屋に着く前に、色々な建物を見た。パンとは言えない色のパンを焼いているパン屋、音楽を鳴り響かせながら人々が叫び熱狂しているクラブ?とやら、途方もなく大きい建物───何やら奇妙な技術を使った製品を販売している会社のものらしい───など実に様々だった。
そして、しばらく歩いた末に、私は目的の場所へと辿り着くことができた。木造りの伝統を感じる建築、老舗なのだろう、建物の中を覗いてみるに、古本も新本も入り混じり、好奇心やワクワクを抑えられない光景が広がっていた。しかし今は暗い。店主は今の時間帯は寝ているものなのだな、先ほど見た者たちがおかしかっただけか。
私は日光など気にしない、今も昔も、太陽に吸血鬼を恐れさせる力など無いのだ。だがしかし、世の中の吸血鬼伝説には太陽を苦手とする旨が綴られている。いったいどこ発祥なのだろうか、もしや、私たちとは別の吸血鬼一族の話なのだろうか。それはわからないが………。まあ、なんにせよそのような伝承が受け継がれているのはこちらとしては嬉しい限りだ。真昼間日光など気にせず歩いていたならば、疑われることはなくなるのだからな。
今日は街の外で野宿でもして、翌日の朝に、また来よう。そうすれば、本も買えるはずだ。私のポケットに入っている金貨なら、十分な金額になるだろう。五冊ほど買って、暇つぶしとしようか。
夜の静けさはない日だったが、それもそれで満足だった。子供達も私の後ろにいないが、それもそれで良かった。元来、吸血鬼とは群れないものらしいが………そういえば、何故長老たちは私に眷属を作るよう言ったのだろう?何故家族として集団で血を囲んでいたのだろう?まあ、気にせずとも良いだろう。もう彼らはいないのだから、居ない者の考えをいくら汲み取ろうとしても無駄な事よ。答えは返ってこないのだから。
木に結わい付けていた馬は、まだそこにいた。やはり、この辺りにハンターは居ないようだ。こちらでの吸血鬼はいかにも伝説と言ったような扱いだろう。街の雰囲気や、人の流れから、なんとなくはわかるのだ。夜中に一人で出歩くものも、戸締りをしない家も、それも全て危機感のなさからくるものだろう。幸いだったな、私は今渇きに飢えていないのだ。
しばし馬上に跨り、移ろいゆく夜空を眺めていると、ふとどこかからか足音が聞こえてきた。今は月すら辺りを照らさぬ丑三つ時。そして私が今いる場所は街出て進んだ後の見える暗い森。いったいどんな正気な人間がここまで来るという暴挙を犯すんだろう?
「おい、そこの者。こんな夜中に何故1人でいる?」
その影の方向から聞こえてきた声は、心配するようなものも混じっていたが、警戒も強かった。その方向を向けば、薄暗い森の中なので正確な姿はわからなかったが、黒い帽子を目深にかぶり、膝まで届くコートを羽織り、腰のあたりに業物を携えた、やや小柄な女性であった。
「………いや、なんだ、街に帰る場所がなくてな。」
本当ではあるが、嘘でもある。帰る場所は遠くにあるが、街に宿をとっていないというだけなのだ。その女は少し考え込むようなそぶりを見せたのち、手招きをした。
「そうか、それは危険だぞ。ここらで吸血鬼が目撃されたんだ。人の多くいる街に戻らないと、襲われるかもしれない。」
ささ、早くこちらへ、とでも言いたげな目線を向けてくる。ここで疑われては面倒なことになるため、おとなしくついて行くことにした。それが最善だっただろう、何故なら、この者と共に月の照らす野に出た時、女が羽織っているコートの背面に描かれたマークを見たからだ。それは十字に血を溢したような文様、吸血鬼ハンターの印だった。いやまさかこんな数奇な運命もあったものだ。いや、ある意味必然か?
「………しかし、街に行った所で私が泊まる場所は無いのだが………どうすれば?」
「心配するな、今日は私の家に泊めてやる。そしたら、翌朝元の場所へ出発するがいい。」
ここに馬を残していくのは多少不安であったが、街に連れて行くわけにはいかないため、しぶしぶ置いて行くことにした。日光には当たらない位置にあるから、死にはしないだろう、動物専門吸血鬼ハンターなどに見つかる可能性を除いて。
しばし二人で静かに歩いて、街の光もだいぶ強くなってきた頃に、その女は突然思い出したかのようにこちらを向いて立ち止まった。
「そういえば、自己紹介を忘れていたな。私は吸血鬼ハンター、ロアンソだ。よろしくな。」
そういうことか、納得のあと、私もロアンソに向き合った。だが、今の私の身分をそのまま明かすわけにはいかない。吸血鬼ハンターに自ら吸血鬼と明かすのは極めて知能が足りていないと思う。私は読んでいた冒険小説を思い出し………。
「………なら、私も自己紹介をしよう。カラスコ。サンソン・カラスコ。鏡の騎士だ。」
私たちは固い握手を交わし、再び街に向かって歩き出した。心なしか、隣に立つハンターが心強く思えた。全くの気のせいだと思いたいものだ、吸血鬼がハンターに安心感を覚えるなど。しかし今の私は鏡の騎士カラスコ。それならばおかしくあるまい?
かくて私は吸血鬼でありながら、吸血鬼ハンターの家にお邪魔することになったのだ。
───さて、この二人の物語は一体どうなるのでしょうか。何か芽生えた吸血鬼アーカルド、そして親切なハンターのロアンソ。実に面白いですね。私ですか?………ルバンテとでも名乗っておきましょう。




