表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
澪と写真と僕の・・・  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

9話 風の匂いが変わる日

 九月の風は、夏の名残を少しだけ含んでいた。

 遠峰奏斗は、丘の上に立って海を見下ろしていた。

 夕陽が水面に落ち、細い金色の道をつくっている。


 ――この景色、あと何回見られるんだろう。


 胸の奥に、言葉にならないざわつきがあった。


 父から聞かされたのは、昨日の夜だった。


「来月、転勤になった。引っ越しの準備を始めるぞ」


 突然だった。

 あまりに急で、頭が追いつかなかった。


 学校。

 美術部。

 そして――白石さん。


 その名前を思い浮かべた瞬間、胸が痛んだ。


 *


 翌日の美術室は、いつも通りだった。

 窓から差し込む光、絵の具の匂い、扇風機の低い音。

 すべてが変わらないはずなのに、どこか遠く感じた。


「遠峰くん、おはよ」


 澪が笑顔で手を振る。

 その笑顔が、胸に刺さる。


「……おはよう」


 声が少しだけ震えた。

 澪は気づかない。


「今日ね、また構図迷っててさ。見てもらっていい?」

「……うん」


 澪はスケッチブックを開き、描きかけの風景画を見せた。

 光の入り方は綺麗なのに、どこかバランスが悪い。


「ここ、どうしたらいいと思う?」

「……影を、少しだけ右に寄せると……光が生きると思う」


 澪は目を輝かせた。


「やっぱり遠峰くん、すごいね。私、こういうの苦手で」

「……そうかな」

「そうだよ。遠峰くんの“目”があるから、私の絵は助けられてるんだよ」


 その言葉が、胸に深く刺さった。


 ――もうすぐ、ここにいられなくなるのに。


 言えなかった。

 言えるはずがなかった。


 *


 部活が終わったあと、奏斗は丘へ向かった。

 風が強く、海が荒れている。

 波の音が、胸のざわつきをさらに大きくした。


 スマホを構える。

 シャッターを切る。

 光が揺れ、波が砕ける。


 ――この景色を、白石さんに見せたかった。


「……遠峰くん?」


 振り返ると、澪が立っていた。

 風に髪を揺らしながら、少しだけ心配そうな顔をしている。


「今日、なんか元気ないよね」

「……そう?」

「うん。分かるよ。遠峰くん、表情に出るもん」


 胸が痛む。

 澪は、いつもこうだ。

 大げさな言葉は使わないのに、核心だけは自然に突いてくる。


「……ちょっと、考えごと」

「そっか。無理に言わなくていいよ」


 澪は海のほうを見つめた。


「ねえ、今日の海……なんか、秋の匂いするね」

「……うん」

「季節って、気づかないうちに変わるんだよね」


 その言葉は、まるで予兆のように胸に落ちた。


 奏斗は言いかけた。


「白石さん……俺、実は――」


 でも、言葉は喉で止まった。


 澪は振り返り、優しく笑った。


「大丈夫だよ。話したくなったら、いつでも聞くから」


 その笑顔が、痛いほど優しかった。


 奏斗はただ、小さく頷いた。


 ――言えない。

 まだ言えない。


 風の匂いが、確かに変わっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ