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澪と写真と僕の・・・  作者: 双鶴


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2/12

2話 水彩のにじみと、秘密の共有

 美術室の窓から、午後の光が斜めに差し込んでいた。

 水彩紙の上で、色がじわりと広がる。

 遠峰奏斗は、筆を持ったまま固まっていた。


 ――また失敗した。


 青と緑を混ぜたつもりが、濁った灰色になってしまった。

 紙は水を吸いすぎて波打っている。


「遠峰くん、また力入りすぎてるよ」


 横から澪の声がした。

 彼女は自分のスケッチブックを閉じて、奏斗の紙を覗き込む。


「……ごめん」

「謝ることじゃないよ。水彩って、慣れるまで難しいから」


 澪は筆を取り、奏斗のパレットの上で色を軽く混ぜた。

 その動きは、まるで水面を撫でるように柔らかい。


「ほら、こうやって“空気を含ませる”みたいにすると、濁らないよ」

「空気……」

「うん。水と仲良くなる感じ」


 言っている意味はよく分からない。

 でも、澪の筆から生まれる色は、確かに透明だった。


「白石さんって、すごいね」

「え? 私?」

「うん。なんか……迷いがない」


 澪は少しだけ目を丸くした。

 そして、照れたように笑った。


「そんなことないよ。私、構図とか苦手だし」

「構図?」

「うん。どこを切り取ればいいのか、いつも迷うの」


 奏斗は思わず言った。


「……俺、構図だけは好きかも」

「知ってるよ」


 まただ。

 どうしてこの人は、こんなに自然に核心を突いてくるんだろう。


「遠峰くんの写真、見てみたいな」

「っ……!」


 胸が跳ねた。

 言われると思っていなかった。

 いや、言われたくなかったわけじゃない。

 ただ、怖かった。


「……変に思われるかもしれないし」

「変じゃないよ」

「でも……」

「私、遠峰くんの“目”が好きだよ」


 その一言で、息が止まった。


 澪は続ける。


「写真って、その人が世界をどう見てるかが出るでしょ。遠峰くんのは……なんか、優しい」


 優しい。

 そんなふうに言われたことは、一度もなかった。


「……じゃあ、今度」

「うん。楽しみにしてる」


 澪はまた自分の席に戻り、静かに筆を動かし始めた。

 その背中を見ながら、奏斗は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。


 *


 放課後、奏斗は丘に向かっていた。

 今日の光は柔らかい。

 海は薄い金色に染まっている。


 スマホを取り出し、シャッターを切る。

 光が揺れ、波がきらめく。


 ――白石さんに見せる写真。


 そう思った瞬間、胸がざわついた。

 嬉しさと、怖さと、期待と、不安が混ざり合う。


「……またここにいるんだ」


 振り返ると、澪が立っていた。

 制服の袖を風に揺らしながら、海を見ている。


「白石さんこそ」

「帰り道だよ。ここ通ると、海が見えるから好き」


 澪は奏斗のスマホをちらりと見た。


「今の、撮ったの?」

「うん」

「見せて」


 奏斗は迷った。

 でも、逃げたくなかった。

 スマホを差し出す。


 澪は画面を見つめ、目を細めた。


「……やっぱり、優しいね」

「え?」

「光の入り方が。遠峰くんの写真って、いつも“触れない距離”にある感じがする」


 触れない距離。

 それは、奏斗が無意識に守ってきた距離だった。


「……変かな」

「ううん。すごく好き」


 その言葉が、海風よりも強く胸に刺さった。


 澪はスマホを返しながら、ふっと笑った。


「遠峰くん、写真のこと、誰にも言ってないでしょ」

「……うん」

「私だけに教えてくれたの、ちょっと嬉しい」


 その瞬間、奏斗は気づいた。


 ――この人にだけは、見られたい。


 そう思ってしまった自分に。


 *


 帰り道、奏斗は何度もスマホを見返した。

 今日撮った海の写真。

 澪が褒めてくれた光。


 胸の奥が、静かに熱い。


 恋だと気づくには、まだ少し時間がかかる。

 でも、確かに何かが動き始めていた。

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