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澪と写真と僕の・・・  作者: 双鶴


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10/12

10話 言えなかった言葉、言わなければならない言葉

 十月の風は、夏の匂いを完全に手放していた。

 遠峰奏斗は、美術室の扉の前で立ち止まった。

 胸の奥が重い。

 今日こそ言わなければならない。


 ――転校する。


 その言葉を思い浮かべるだけで、喉が締めつけられた。


 扉を開けると、いつもの光景が広がっていた。

 窓から差し込む午後の光。

 絵の具の匂い。

 澪がスケッチブックを開いている姿。


「遠峰くん、おはよ」


 澪はいつも通りの笑顔だった。

 その笑顔が、胸に刺さる。


「……おはよう」


 声が少しだけ震えた。

 澪は気づかない。


「ねえ、今日の光、すごく綺麗だよ。窓の影が長くてさ、なんか秋って感じ」


 澪はスケッチブックを見せてくる。

 淡い色が重なり、光が柔らかく描かれていた。


「遠峰くん、これどう思う?」

「……綺麗だと思う」

「ほんと? よかった」


 澪は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て、奏斗は言えなくなった。


 ――こんな顔をしているのに、どうして言えるんだ。


 胸が痛い。

 でも、言わなければならない。


 *


 部活が終わる頃、奏斗は意を決して澪に声をかけた。


「白石さん……ちょっと、いい?」

「うん。どうしたの?」


 澪はスケッチブックを閉じ、奏斗のほうを向いた。

 その目は、いつも通りまっすぐだった。


 奏斗は深く息を吸った。


「……俺、来月……引っ越すことになった」


 澪の表情が、ゆっくりと止まった。


「……え?」


「父さんの転勤で……急に決まって……」


 言葉が途切れる。

 喉が痛い。

 胸が苦しい。


 澪はしばらく何も言わなかった。

 ただ、静かに奏斗を見つめていた。


「……そっか」


 その声は、驚くほど静かだった。


「いつ……?」

「来月の……最初の週」

「……すぐだね」


 澪は視線を落とした。

 スケッチブックの表紙を指でなぞりながら、ゆっくりと言った。


「遠峰くんの写真……もっと見たかったな」


 その言葉は、涙よりも痛かった。


「……ごめん」

「謝らなくていいよ。遠峰くんのせいじゃないし」


 澪は無理に笑おうとしたが、その笑顔は弱かった。


「でも……寂しいな」


 その一言で、胸が崩れた。


「……俺も」

「うん」


 澪は窓の外を見た。

 夕陽が沈みかけていて、光が長く伸びている。


「ねえ、遠峰くん」

「……うん」

「最後に……また写真、見せてね」


 その声は、風に溶けるように静かだった。


 奏斗は、小さく頷くことしかできなかった。


 ――この時間が、終わってしまう。


 その現実が、ようやく胸に落ちてきた。

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