表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

雪の気配、ひとりきりの灯

作者: 久世千景

1943年、夏。


空の色彩が強く、緑も濃い。入道雲が高いところででき、蝉がそこかしこでかしましく鳴いている。


正臣は短く切った髪を梳っていた。


「まさくんおはよう。体調はどう?」


正臣は声のした方を向き、笑顔になった。


「おはようねえさん。大丈夫だよ」


今日は食料を手にしたねえさんが正臣の元を訪れる、三日に一度の日だ。


ねえさんは風呂敷包を解き、手際よく食料を棚に移していく。


食材だけでなく調理したものもあり、正臣は顔を明るくさせた。


「ねえさん、母さんは来てくれそう?」


ねえさんはぴたっと手を止めた。


「そうねぇ、今はちょっと調子が悪いみたい。」


「そっか……」



正臣は、娼妓をしていた母の息子だった。


父は知らない。多分、母にもわかっていない。


小さい頃、正臣はそんな母の帰りをずっと待っていた。


苦ではなかった。


なんだかんだ、家に戻ってきてご飯を作ってくれたし話もしてくれた。


ある日、母は結婚した。


自分の年齢のふた周りは上で、相手には正臣より年上の子供が3人もいた。


新しい父には居ないように扱われたし、三番目の兄には最初から嫌われていた。


1番目の兄は正臣を弟として扱ってくれたが、哀れんだ目で見られた。


2番目の兄だけは色眼鏡なく扱ってくれた。


母はもう正臣のことなど眼中になかった。


新しい父の機嫌を取ることに必死だった。



ある日1番目の兄が結婚した。


綺麗なお嫁さんが家に来た。


すぐに子供もできて幸せそうに笑う兄とお嫁さんを見るのが嬉しかった。



でも戦争がおきて海軍に入隊していた3番目の兄は家に返ってこなくなったし、1番目、2番目の兄も順に戦争に行った。


20歳になり正臣の番が来たとき、徴兵検査で肺病が見つかった。


「お国の為にすらならねぇのか」


ボソリと呟かれた父の言葉が胸に刺さった。



そして今、正臣は病気が皆に移らないよう山の中の作業小屋に住んで、兄嫁が3日に1度食料を持ってきてくれるのを楽しみに待っていた。



苦ではない。



昔だって、母が帰ってきてくれるのをずっとずっと待っていたのだから。



寂しくない



「寂しくなんて、ない……」


季節は秋になっていた。木枯らしが吹きつけ、もう少しで冬が訪れようとしていた。




冬になると、青青としていた木々は葉を枯らし、空は厚く雲が覆い、下まで光が届かない。


生き物は息を潜め、静寂が辺りを支配していた。


雪はまだ積もっていないが、つい先日初雪が降った。


空気中の水分が冷えて、吸い込むと肺まで冷たくなったような気がした。


(だんだん、体が動かなくなってきた)


布団から起き上がれない日々が続いていた。


髪が伸びて顔にかかるようになっていたが、髪や着物を整える余裕はなかった。


「まさくん、持ってきたよ」


「ねえさん……」


「体調はどう?」


「…………。大丈夫……」


答えるまでに少し空白があったのを彼女は少し気にかかったが、手元の作業に戻る。


「今日はさつまいもと白菜、少しだけどおにぎりももって来たわ」


「ありがとう。ねえさん、俺ね…」


体が、と言いかけてその先をねえさんに遮られた。


「あ!嫌だ!忘れてた」


「……?」


「ごめんまさくん!お義母さんからおつかい頼まれてたの!また来るときでいい?」


「うん、わかった。待ってるね」


「本当にごめんね!!」


ねえさんは悪い人じゃない。


義父や義母、子供の面倒を見て、俺の面倒までみて話だって聞いてくれる。


忙しい。仕方がない。


「母さん、今日も来てくれなかった」


(俺のこと、本当にどうでも良くなったのかな)



夜、咳が止まらなくなった。


苦しくて苦しくてのたうち回る。


肺から出血して何度も何度も喀血した。


呼吸が出来なくてだんだん意識が遠のいていく。


「う…、…痛い……痛い……」


昔、風邪を引いた時かあさんが寝ずに看病してくれたあの時をおもいだした。


『一人でいて、苦しい時はこれを母さんだと思いなさい』


正臣は枕元に忍ばせてあったお守りを握りしめる。


1人でいることが多かったけど、あの頃はまだ幸せだった。


(母さんは、今幸せなんだろうか。……母さんが幸せなら、それでいい)


正臣はゆっくりと目を閉じた。


ふわりと優しい光が自分を包んだ気がして目を開けると、近くに小さい老人が立っていた。


長い髭が床までとどきそうで、布をたっぷり使った着物は日本のものではないと正臣は感じた。


昔絵で見た、七福神の寿老人のようだと思った。


「だれ?」


「お前は優しいね。少し時間をあげよう」


「時間?」




後日兄嫁が正臣の遺体を発見する。


兄嫁は後悔して泣いていた。


久しぶりに見る母は呆然としていた。


『母さん!』


正臣は嬉しくなって呼びかけるが、母には届かない。


母は正臣が手になにか握っているのをみつけた。


「これは……、う、うぅ……」


堪えきれず母が崩れ落ちる。


「ごめんね、ごめんね……!」


『……?』


正臣が膝をつき母の手を取ると、なだれ込むように母の思いが伝わってきた。



これはよく体調を崩していた正臣のために私が作ったお守りだ。


何度も子供さえいなければと思っていたけど、自分の帰りを健気に待つ子の為に、食べさせるために選んだ結婚だった。


旦那にそっぽ向かれないように頑張ってたらどうしても正臣を後回しにしてしまって……


辛い思いさせてたの、気づいてたのに……


正臣のためにあの人と一緒になったのに、本末転倒だ。


顔向け出来なくて、現実を見れなくて見舞いにすら行けなかった。


馬鹿な母親だよ……。心の弱い……。



母の心の声を聞いた正臣は母を抱きしめた。


風がふわりと母を包む。



「もう、よいかの?頃合いじゃ。おいで、ぼん」


寿老人のような老人が、杖で地面を叩くと目の前に光の輪が現れた。


正臣は頷き母の元を離れる。


正臣は笑顔で光の中に入っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ