1 sideージーナ
※自作リメイクです。R15
黒雲が立ち込め雨が降って来た。むき出しの腕を叩く雨粒が強くなるのにさほどの時間はかからなかった。愛用のショートソードを構えて私は、今にも溢れ出しそうな叫び声を必死で堪えている。
「そういえば、金獅子の団長は、ケントって名前だったね」
「はい。ありふれた……名です」
驟雨の中でも光る銀鎧には、ヴォルグの吠える獅子が刻まれている。君主制を取るヴォルグ王国と我がカラン共和国は五年前から断続的な交戦状態にある。
「ジーナ、油断するな」
副官であるツァイスの台詞を機に仲間達がそれぞれの武器を構える。ヴォルグ軍の騎士達もケント団長の左右を騎士剣を抜いて固めた。将軍の部隊は総勢三十人程度の騎士で、我がカラン共和国の傭兵達を震撼せしめる、噂に名高い金獅子騎士団。精鋭を率いて多勢を突破する戦術に秀で、共和国の傭兵達も何度も煮え湯を飲まされている。
「ジーナ、暗黒の戦乙女」
ケント団長が呟いた通り名は恥ずかしながら、いつの間にか定着した私の通り名だ。乙女という歳でもないし、髪が黒いからと言って暗黒はどうかと思うのだが、私の率いる傭兵団が戦功を立てる事が重なり(実力ではなく偶然なのだが)、女団長が珍しいから有名になったのだろう。
「抜きなよ、団長」
通り名に関する羞恥心を振り払い、私は不敵に笑った。頬も引きつっている。上手く行ったかどうかはわからない。二十代前半にしか見えないケントが実は三十路を越えており、華奢に見えるがしなやかなばねのような肉体を持っている事を私は知っている。黒目がちな大きな目が好きで、柔らかく私の名を呼ぶ事も知っている。
「ジーナ、僕は……」
雨が更に強くなり、言葉の続きは聞こえなかった。私は走った。
★
二年前の衝突でカラン共和国もヴォルグ王国も大きなダメージを受けた。一応休戦協定は結ばれたが、あくまで一時的なものに過ぎない。私が率いるジーナ傭兵団は、カラン共和国が抱える傭兵軍隊の中で、中くらい程度の実力。二年前はヴォルグ王国王子率いる本軍への奇襲が成功し、近衛を壊滅状態に追い込んだりもしたので敵国での評価は高い(この場合低いというのか?)らしい。なんたって団長である私に『暗黒の戦乙女』なんてふざけた通り名がついているとか。どうも一太刀浴びせた王子がほざいた寝言のようだが、最近中央に顔を出すと冗談半分でそう呼ばれるので恥ずかしくて仕方がない。
ヴォルグ王国軍も戦準備を終えたらしく、ここ一ヶ月程、国境の緊張は高まっている。戦端が開かれた際に補給に難がないよう手配する役どころを任された私達の傭兵団は国境近くの街で、補給スケジュールや運搬のための道確保等の仕事を終え、自由都市フランベールへ入った。糧線確保のために先発させられたのだが、予想以上に早く仕事が済んでしまった事もあり、団員達に束の間の休暇を与える事にした。フランベールは交易と観光で蓄えた財力で都市でありながら独立を保っており、戦争状態にあるヴォルグ王国とカラン共和国に挟まれていながら、強硬に中立を保っている。
そんな訳で、フランベールは共和国や王国に漂う緊張感とは無縁の賑わいがあり、団員達は臨時に渡した小遣いを手に、それぞれ歓楽街へ消えて行った。もちろん、私達がカラン共和国の傭兵団だと気づかれれば入国を拒否されるだろうが、二名~三名単位で少しずつ入国したため、気づかれずに済んだ。
団員全てが無事入国したのを確認した後、私も愛用のショートソードを背負ったリュックに隠し、気ままな旅人を装って入国した。
「美味しそう」
丁度昼市が立っていた。屋台を冷やかしたり、飲食店をのぞいたりしながら歩いていると、突然背後に殺気に似た空気を感じて振り返る。
「ホント、美味しそうですね」
振り返った私は、緊張を解いて私の斜め後ろから屋台を覗き込む男を睨もうとして微笑ってしまった。黒目をきらめかせ、今にもよだれをたらしそうな顔をした優男がいたのだ。
「おばちゃん、鶏肉とキャベツで一つ」
もちもちとした生地に肉や野菜を包んで食べるクレープサンドを受け取り、私は同好の士に対する好意的な笑顔を、背後の男に向けた。彼は私の顔を見て、キョトンと目を瞬かせた後、はにかんで後頭部をかく。今にもよだれをたらしそうな顔に気づいて、恥ずかしくなったらしい。
「僕にも、彼女と同じものを一つ下さい」
腰の革袋に手を入れた彼が取り出した金貨を見て、私とおばちゃんは同時に目を丸くした。物価の高いフランベールでも、金貨一枚あれば、一ヶ月贅沢をして過ごせる。
「ちょいと兄ちゃん、これじゃあお釣りが出ないよ」
声を潜めるおばちゃんの前で、金持ちで世間知らずらしい男は、困った顔になる。
「そうですか」
残念そうに肩を落とした様子が捨てられた子犬のように見えてしまい、私は思わずポケットから銅貨を二枚出した。
「じゃ、おばちゃん、これでこの人にもう一つ」
「え?」
私の差し出した銅貨に黒目がちな目を瞬かせ、彼は間抜けな声を上げる。
「はいよ、姉さん、オトコマエだね」
「あの、そんな、おごって頂く訳には」
「だって、食べたいだろう?」
手に持ったクレープサンドにかぶりつくと、彼はゴクリと喉を鳴らす。私もおばちゃんも爆笑してしまった。
「じゃ、しっかり食べてもう少し太りなよ」
恐らく年下であろう彼の肩を叩き、私はクレープサンドを食べながら雑踏に紛れた。口の端に付いた肉汁をなめとり、目に付いたワインを購入しようとした私は、再びさっきと似たような殺気を感じてはっと振り向いた。同時に肩を掴まれ目を瞬かせる。
「あ、アンタ」
「良かった、見つけた。お嬢さん! あの」
二十六にもなってお嬢さんと呼ばれるとは思わず、私はまた笑った。
「お嬢さんって、私はそんな若くないよ」
困った顔になる彼の腕を軽く叩き、私は不器用にウィンクして見せる。
「クレープサンドくらい、奢られておきなよ」
「そういう訳には行きません」
生真面目に答える彼を後目に、とりあえずワインを二つ買い、歩き出す。彼はまだ手にクレープサンドを持っており、私の隣に並んだ。男と並んでも長身な私より僅かだが目線が高い。
「はい、美味しいよ」
「いえ、ワインまで頂く訳には」
クレープサンドとワインを眺めて再びよだれでもたらしそうな形相になる彼に、私はかなり楽しい気分になる。正直な心根が透けて見えるのが嫌味ではないのは、性格が良い証拠だと思う。
「いいから飲みなよ」
「しかし」
生真面目に拒否しつつ目はワインに吸い寄せられている。
「わかった、じゃあ、後でその金貨崩して返してくれたら良いよ」
私の申し出に彼は歩きながら悩んでいたが、
「冷めたらせっかくの美味しさが半減だよ」
との追い打ちに負けて、クレープサンドにかぶりつき、ワインもごくごく飲んでいた。彼の擦れていない正直さを酷く可愛いと感じた。ごつくてむさ苦しい傭兵に囲まれているせいで、優男と話す機会が少ないからかもしれない。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか」
結局その後、揚げ肉の串刺しやら、きゅうりとミニトマトの酢漬けやらと共に、ワインも五杯程奢った。最初は遠慮していた彼も、最後の方はアレも食べたい、コレも食べたいと貪欲だった。痩せて見えるが、大食漢というのは良く有る事で、私も傭兵団の中で大食い大酒飲みで通っている。
「ジーナ。アンタは」
「僕はケントです」
答えてケントはワインで薄ら染めた頬ではにかんだ。夕方、互いに泊っている宿を教え合って別れた。
★
宿に戻ってからも部屋でワインを飲んで眠った私は、遠慮がちなノックの音で目を覚ました。団員の誰かが小遣いでもねだりに来たのだろうかと、ぼんやりしながら起き上がる。
「開いてるよ」
不機嫌に叫ぶと扉が開いた。
「おはようございます。ケントです」
「え?」
驚いて跳ね起きる。私の声が慌てていたのに気づいただろう、ケントは扉こそ少し開けているものの、顔は出していない。
「お休みの所すみません。昨日のお礼に来ました。良かったら朝食でもご一緒にいかがですか」
「あ、うん。じゃあ、下で待ってて」
「はい」
どこかほっとしたような返事が聞こえて扉が閉まった。寝ぼけた頭が急速に冷えてクリアになって行く。洗面所で顔を洗い、髪を梳く。普段はほとんど化粧はしないが、今日は何となく口紅だけは引いた。尻まで隠すシャツの腰をベルトで飾り、足にフィットする動きやすいパンツとブーツを履く。胸当て代わりに分厚いベストを羽織って部屋を出た私は、階段を下りた所で佇むケントを見つけて一つ鼓動を鳴らした。
「早かったですね」
階段の上を見上げて笑顔になるケントに、私は自分の頬に熱が上るのを感じた。黒目がちな目が私を見つけて輝く様子が、妙に嬉しくて気恥ずかしい。可愛い子犬にときめいてしまう気持ちに似ている。彼は優男ながら平均より長身で、子犬のような小ささはないのだが。
「食堂で待っていれば良かったのに」
「エスコートさせて下さればと思って」
手を差し出されて柄にもなく照れる。庶民的な宿の食堂でエスコートも何もあったものじゃないと思うが、私と似たような地味な格好ながらも育ちの良さを隠し切れていないケントには似合った行動だった。
「ワザワザ来たの」
照れ隠しに彼の手を軽く払い、質問した。ケントも食い下がったりはせず、笑顔で答える。
「はい、ジーナさんがお食事で宿を選んだと言っていたので是非と思いまして」
そういえばケントは私と同じ食い道楽だった。
席に着くとすぐ食事が運ばれて来た。粉チーズを絡めたオーソドックスなリゾットとトマトスープ、カリカリに焼いたパンとミルク。ハーブサラダとゆで卵。目を輝かせたケントがまた、よだれをたらしそうな顔になっている。普通ならだらしなく見えるだろうが、ケントの場合は何故か可愛らしく見えるのだから、育ちが良いというのは得だ。
「すごいですね。僕の宿より余程充実した朝食です」
古びた外観や狭い部屋を補って余りある食事の豪華さがこの宿の売りである。短く祈りを捧げてから食事を始めるケントに私は思わず聞くまいと思っていた質問をしてしまう。
「アンタ、王国出身?」
食事の前に神に祈りを捧げる習慣があるのはヴォルグ王国だけだ。
「はい、そうです。ジーナさんは?」
問われて私は咄嗟に誤魔化す。
「出身は帝国」
嘘は言っていない。二歳からカラン共和国で暮らしているので、帝国が故郷だという気持ちはないが。
「そうですか」
昨日は食に関する話ばかりしていて、互いに旅人である事しか告げていなかった。ヴォルグ王国民とカラン共和国民に、民族的に大きな違いはなく、農・商業的にも競合している。休戦は結んでも戦争中であるため暗黙の了解として両国の民が積極的に親しくしたりはしない。私はケントがヴォルグ王国民であっても、束の間の休暇の間、もう少し彼と話してみたかった。
「あの、良かったら今日、買い物に付き合って貰えませんか」
食後のコーヒーを飲んでいる時、ケントは遠慮がちに誘って来た。
「何を買うの」
「姪へのお土産です。三十二にもなると十代の女の子が何を欲しがるのかどうもわからなくて」
二十代前半にしか見えない彼の童顔ぶりと彼が私を女として認識している事実に驚いた。
「アンタ私より年上なの。見えないね。それに私みたいながさつな女に、アンタの姪が欲しがる物を選べって?」
背も高ければ胸も腰も立派な育ち方をしているため、男には見えないだろうが、一般的な女からはかけ離れている自覚がある。
「ジーナさんはがさつではありませんよ」
笑顔で断言され、私はまたも頬に熱が上るのを感じた。小娘のように恥じらってしまう自分に驚く。傭兵という圧倒的に男が多い職業柄、恋人が途切れた事はないし、数え切れないくらい恋もして来たはずなのに。
「ジーナさん?」
「あ、いや……まあ、いいよ。アンタがいいなら、選ぶのに付き合う。どうせ暫く暇だしね」
答えて私はコーヒーを飲みほした。ちなみにその日ケントは、姪への土産に髪に付ける香油を買った。甘ったるい香りとすっきりした香りと二種類買い、すっきりした方をお礼だと言って私にプレゼントしてくれた。
★
その翌日は二人で評判の店に飲みに行った。空が白むまで飲んで食べて喋り、フラフラになって別れた。更にその翌日は湖まで足を伸ばし、二人でボートに乗ったり、釣りをした。また更にその翌日、私は呼ばれてケントの宿に来ていた。
「どうぞ、入って下さい」
促されるままに部屋に足を踏み入れた私は、勧められるままにベッドに腰を下ろす。
「遅くなりましたが、お返しします」
彼は初日に私が奢った分の銅貨を差し出して来た。
「これ以外は全部アンタに奢って貰ってるじゃないか」
彼と出掛けた時、全て彼が出している。私が出そうとしても初日に奢って貰ったからと言って、出させようとしなかった。
「これで、私に借りはなし、とでも言いたいの」
皮肉交じりに突っぱねようとするとケントは子犬のような目を潤ませて私の隣に勢い良く座り、有無を言わせず抱きしめた。
「そうです。これでやっと言える。僕はあなたが好きです」
「今まで会った事ないタイプだから、珍しかったんだろ」
照れてしまう気持ちを誤魔化そうと呆れた風を装う私に、黒目がちな目をきらめかせ、ケントは言う。
「お金を返してしまったら、あなたと会う機会が減ってしまうと思っていました。口実を探してまであなたと会いたい気持ちについて、深く考えていなかった。けれどどうしてか、やっとわかりました」
ケントは本人の告白通り鈍い所があるが、いつも正直で真直ぐだった。私は彼の胸を押して身を起こし軽くキスをする。もちろん私だって、好きでもない男に連日付き合ったりはしないが、口に出すのは気恥ずかしかった。
「ジーナっ」
キスだけで妙に艶めいた声で私の名を呼んだ直後、ケントは私を抱き寄せ貪るような口づけをして来た。唇に噛みつき、舌が口内をゆっくりなぞる。強く舌を吸う彼を落ち着かせようと肩を叩くが、どうやら効果はないらしい。
「好きです、可愛い。ジーナ」
切羽詰まった囁きが彼が異様に興奮している事を伝えて来る。
「んぁ、っぐ、ケン、ト、苦しい」
「すみません、でも、僕は気持ち良い」
ぐりぐりと胸元に頭を擦り付けて来るケントに私は小さく笑みを零した。乱暴にベルトをはぎ取り、シャツの胸元を押し広げた彼に、私は一応苦言を呈する。
「ケント、まだ、明るいよ」
「はい、ジーナが良く見えます」
蕩けそうな笑顔で言われて私は、柄にもなくときめていしまい、言葉に詰まった。
「ここ、湯浴みが出来るんだよね」
「はい、そこの扉です。ジーナが来る前に頼んでおいたので溜まっていると思います」
「そう」
どうやら私を宿へ誘った時から、やる気満々だったらしいとわかると不思議な気持ちがした。彼はずっと紳士的だったし、好意は感じていたが、そこに欲望絡みの生々しさはなかったように見えた。浴室の扉に手を掛けると後から抱きしめられた。
「ケント?」
「一緒に湯を浴びましょう」
懇願と艶を含んだ誘いを断れるはずもなく、背中から抱かれたまま扉を開ける。石造りの浴槽は長方形で、湯気が立っている。置かれた桶で身体に湯を掛け、汗や汚れを洗い流す。ケントも自身の身体に湯を掛けながら、私を眺めていた。
「この傷は?」
右腰を斜めに走る傷に触れながら言うケントに、私は苦笑を返す。
「前にちょっとね」
「刀傷ですね」
「うん」
「ジーナは……冒険者?」
「まあ、似たような感じの事をやってる。ケントも小さい傷がたくさんある」
「ああこれは、全て父に付けられたんです」
「ふうん?」
続きを促しつつ浴槽に浸かった。
「僕は貧しい貴族の五男坊で、嗜みとして剣と馬術は叩きこまれました」
「そっか」
彼はヴォルグ軍兵士なのかもしれない。私はそれ以上聞きたくなくて口を閉ざす。
何度も励んだ事後の気だるさをにじませながら、ケントが小声で言う。
「明後日には出立しなくてはならないんです」
「うん」
最初から旅先の短い恋だと分かっていた。胸に迫る寂しさや切なさを彼に伝えるつもりはなかった。
「あのでも、軽い気持ちで告白したのではありません」
起き上がって裸だというのに居住まいを正すケントに、私は小さく笑う。
「真面目だね」
「ジーナ、必ず迎えに来ます。待っていて、貰えませんか」
私の手を取り真摯な顔で懇願するケントがまた、子犬に見えた。嘘でも嬉しかった。私は微笑んで頷いた。
★
驟雨の中で剣戟が響き渡る。一週間前彼と情熱的に抱き合った事を周囲に感じさせてはならない。私のショートソードは意思に従い騎士の腹や腕を切り裂く。ケントの騎士剣も同じように仲間の身体を切り裂いて行く。
「やあああ」
甲高い声を上げ、丁度正面に姿を見せたケントに斬りかかる。ケントは私の斬撃を受け止めて右へ流した。技量は互角、彼の騎士剣の方がパワーがあるがスピードは私のショートソードが早い。
「成程アンタに殺気を感じる訳だ」
「あなたの身のこなしに無駄が無い理由がわかりました」
鍔競り合いをしながら叩く軽口は、剣戟と怒号で周囲には漏れていない。
「金獅子の団長が子犬みたいな目をしてるとは思わなかったよ」
「僕も暗黒の乙女が本当に美女だとは思いませんでした」
競り合いに負けて吹き飛ばされ、たたらを踏んで体勢を立て直す。
「油断すんなジーナ!」
ツァイスの声を背に横から迫る騎士剣をショートソードで受け止める。戦いは混戦の様相を呈していた。雑木林での遭遇だったため、ケント以下金獅子騎士団はあっさり馬を下りており、彼らの馬は離れた場所で大人しく主の戻りを待っていた。この道を抜ければ敵本陣右翼から奇襲を仕掛ける事が出来るし、それは騎士団も同じだ。互いに斥候を放っているが、向こうも潜伏は得意だったようだ。
「馬を狙え!」
斬りかかって来た騎士の一人を蹴り飛ばし、叫んだ。旗手が合図の笛を二度吹いた。仲間たちは連携しながらじりじり移動し、離れた場所にいる騎士達の馬に向かう。
「馬に乗れ」
ケントの叫び声も聞こえ、その後、騎士団も法螺貝を鳴らした。馬へ駆けもどる騎士を後目に、仲間達は獣道へ分け入って行く。ちなみに馬を狙えと叫んで笛二回で、別ルートより本陣へ合流するための合図である。笛一回の場合は命令をそのまま遂行。
「撤退」
ケントの鋭い命令が馬上の人となった騎士達に行きわたる。殿を務めていた私は降り注ぐ彼の視線を受け止めて口元を歪めた。




