魔法を知らない、魔法使い
目を覚ましたとき、私は燃える村の中にいた。
瓦礫の下から這い出た私を見て、誰かが叫んだ。
「――生きてる!この子、ひとりだけ……!」
気づけば、周囲には人が倒れていた。赤ん坊から老人まで、みんな静かだった。
村は魔物に襲われたらしい。
でも、私には記憶がなかった。
名前も、年齢も、自分が誰かさえも。
ただ、右手には奇妙な印が浮かんでいた。
光る花弁のような文様。
「これは……“魔導の紋”……!」
老神官が震えながら言った。
「この印を持つ者は、“原初の魔法使い”の転生体に違いない……!」
私は、“魔法使い”として拾われた。
*
「お願いです、聖女様。あの子に魔法を教えてください」
「だめよ。彼女は“まだ目覚めていない”の。無理に力を引き出せば、命を落とすわ」
私は“特別な存在”として育てられた。
戦争のために、国は私を求めた。
魔王の復活が迫っていたから。
でも――私は、魔法が使えなかった。
どんなに呪文を唱えても、何も起きない。
杖を握っても、風ひとつ吹かない。
「ほんとうに“原初の魔法使い”なのか?」
「ただの偽物じゃないのか?」
ささやきは、やがて暴力に変わった。
「期待外れだな。口ほどにもない女だ」
私は、魔法の使えない“魔法使い”だった。
*
十五の冬、私は宮廷を追放された。
寒さのなか、一人で山を越え、森を歩いた。
何度も倒れ、飢え、泣いた。
でも、不思議と生き延びていた。
ある夜、焚き火の火が風に消された。
闇の中、黒い獣が現れた。
牙をむき、咆哮する魔物――
私は震える手で石を握った。
「……お願い、やめて」
魔物が止まった。
……それだけだった。魔法も、力も使っていない。
ただ、心の底から願っただけ。
翌朝、魔物は私の足元に横たわっていた。
静かに、まるで眠るように。
*
その後も、私は旅をした。
そのたびに、奇妙なことが起こった。
泣いていた子が笑い出した。
争っていた兵士が剣を置いた。
私がただ、そっと触れ、話しかけただけで。
「魔法じゃない。私は、何もしていないのに……」
そう思っていた。
でも、出会った旅の賢者が言った。
「お嬢さん、それが“魔法”ってやつさ」
「……は?」
「火を出すのも、雷を落とすのも、魔法だろう。だが、“世界を変える”力のことを本当は、魔法って言うんだ」
私は言葉を失った。
*
魔王が復活した。
世界は恐慌に陥った。
王は震えながら、こう叫んだ。
「“原初の魔法使い”は何をしている!」
「なぜ、我々を見捨てた!」
自分たちから「無能」として追放したにも関わらず。
窮地に陥ると助けを求め始める。
私は、誰にも呼ばれていないはずの城門の前に立っていた。
あの日、自分が追い出された門の前に
兵士たちは私を見て、目を見開いた。
「まさか……!?」
魔王の軍勢が押し寄せる。空が割れ、大地が崩れる。
私は、ただ歩いた。
誰かの手を取った。
誰かの頭を撫でた。
倒れていた兵士の背を支え、傷ついた子供を抱き上げた。
そのたびに、魔の気配が消えていった。
*
魔王が目の前に現れた。
「貴様が、“原初の魔法使い”か」
私は頷いた。
「でも、私は魔法を知らない」
「ならば、なぜここに立てる!」
「……あなたを止めたいと思ったから。
それだけのために、私は来たの」
魔王が剣を振るう。
私は、それを受け止めた。――ただ、願いを込めて。
(傷つけないで)
(優しさを忘れないで)
剣は砕け、風が止まり、空が晴れた。
魔王は、泣いていた。
「なんだ……この暖かさ…。私の負の感情が消え去った……?」
私は、静かに言った。
「それが、私の魔法」
*
戦争は終わった。
私はどこかの村で、今も静かに暮らしている。
名も、肩書も、すべて捨てた。
でも、時々やってくる子供たちが、こう言うのだ。
「ねえ、“魔法使いのおばあちゃん”!
お話して、ぎゅーってして!」
私は笑って、彼らを抱きしめる。
そう、これが私の魔法。
言葉も、力もいらない。
ただ――世界を少しだけ優しく変える魔法。
息抜きに書いてみました
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