表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

裏切りの剣、救いの刃 ~中立の村を守るため、英雄は王都軍に刃を向けた~

作者: 背骨

 王都軍の女兵士、ジャンヌは“剣聖”と恐れられた。鍛え抜かれた肉体と戦場を見抜く冷徹な眼――だが彼女がその異名を誇ることはなかった。名誉や称賛より、仲間を守るために剣を振るう。それがジャンヌだった。


 魔王軍との決戦の最中、仲間の盾となって彼女は深い谷底へと落下した。


 命は尽きたと思った。だが、目覚めると粗末な寝台の上。体中に包帯を巻かれ、知らぬ天井を見上げていた。


「……ここは……」


 扉が軋み、ひとりの少女が入ってくる。角と尻尾を持つ――魔族だった。


「目が覚めたのね。良かった……」


 ジャンヌは反射的に身構えたが、動けない。少女は椀を差し出す。


「これを飲んで。体が温まるから」


「……魔族の作ったものなど飲めるか。毒でも入ってるかもしれん」


 少女はくすりと笑った。


「あなたを殺す気なら、谷底から運んだりしないわよ」


 そう言って自らスープを啜る。ジャンヌは無言で椀を見つめた。腹が鳴る。やがて、一口……その温かさに思わず目を細めた。


 少女の名はゾラ。この村は中立地帯で、戦争には関与していない。村の人々も皆、ジャンヌに優しかった。驚くことに、彼らの多くは人間だった。魔族と人間が共に暮らしていたのだ。


 歩けるようになると、ジャンヌは松葉杖で村を見て回った。子どもたちに人間の剣舞を見せ、農夫に怪我の治し方を教え、ゾラには「塩加減ってのはな……」と人間の味付けを伝えた。


 少しずつ、魔族という存在への嫌悪が溶けていく。戦争が見せていたのは一部でしかなかったのだ。


 ――それでもジャンヌは軍に戻った。


「ジャンヌ! 生きていたのか!」


 仲間たちの歓声。指揮官の安堵。戻ったのは戦友の世界。だが、宴の中、彼女は耳を疑った。


「明日、魔族の村を焼き払う。中立とは名ばかり。あの谷を拠点にすれば戦況は大きく動く」


「待ってください! 村には兵はいない、戦力にもならない。ただの暮らしの場だ!」


 ジャンヌの声は届かなかった。


「命令だ。村人もろとも殲滅せよ――と宰相からの通達だ」


 その夜、ジャンヌは鎧を脱ぎ、ひとり軍を抜けた。炎に包まれる未来を止めるため。


「ゾラ! 起きろ! 今すぐに村を出ろ!」


「え……? な、なに?」


 村人たちが集まり、混乱の中、歩哨が叫ぶ。


「王都軍が……もう谷を越えてくる!」


 ジャンヌは剣を抜いた。王都の紋章が掲げられた旗が、夜明け前の空に揺れていた。


「私が止める。ひとりでも多く逃がしてくれ」


「待って! 死ぬつもりなの!?」ゾラが叫ぶ。


「お前に命を救われた。今度は私が――守る番だ!」


 戦場に立ったジャンヌは、かつての仲間と刃を交えた。かつての戦友が怒鳴る。


「裏切り者ッ!」


「それでも、私には――守りたい命があるんだ!」


 剣戟の音が谷に響く。ジャンヌは血にまみれ、盾となり、矢を受け、倒れてはまた立ち上がった。


 そして夜明け。谷に太陽が差す頃、戦が止んだ。


 王都軍は撤退していた。


 後に残されたのは、倒れ伏すジャンヌ。彼女の体には数十の矢が突き刺さり、剣は折れ、血で地が濡れていた。


 ゾラが駆け寄る。


「……ジャンヌ……!」


 彼女の息は浅く、瞳は空を見つめていた。


「ゾラ……みんな……逃げたか?」


「ええ、みんな無事よ。あなたが、時間を稼いでくれたから……!」


 ジャンヌは微かに笑った。


「そうか……よかった……」


 そして、そのまま目を閉じた。


 ――数日後。


 王都では、ジャンヌの死が「戦死」として報告された。


 だが真実を知る者は、谷の村にいた。ジャンヌを葬った丘には一本の剣が突き立てられ、その墓には村の者たちが花を手向けていた。


「この剣が、彼女の想い……この村を守ってくれた、英雄の剣なんだ」


 ゾラはその墓の前で静かに祈る。


「……あなたのこと、忘れない」


【終】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ジャンヌが敵であるはずの魔族の少女ゾラに命を救われ人間と魔族が共存する村で過ごす中で偏見が溶けていく過程が丁寧に描かれていてジャンヌの心の変化に深く共感しました。仲間を守るために剣を振るっていた彼女が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ