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第一話

 高校生にして一人暮らし。

不安こそあったが、なるほど、段々慣れていくというもので、三か月も経たないうちに家事は完ぺきにこなせるまでになっていた。

そして夏休み。

高校一年生の夏、青春を全うするのにはこれほどまでに適した時期はない。

そんな期待を胸にして、卒業式から帰ると、順風満帆の一人暮らしにしてしばらくというものご対面ではなかった、波乱が訪れた。

結果として、それは一人暮らしまでの範疇に収まらず、人生最大の山場とまで化した。


 「電柱に、すっずめが三匹止まってたっと」

「随分古いんだな」

「ん、そうか。まー親父が昭和の人間だかんな。そりゃ、仕草も移るってもんよ」

「そんなもんか」

「あー、電柱がっと」

この俺の隣に歩いている男は同じ高校の同級生であり、名は大泉良助という。

お気楽な性格というのは一目瞭然。

入道雲が立ち込めて、雀が平和にちゅんちゅんと鳴く平和な世の中にはお似合いな野郎である。

卒業式の帰りの時であった。

俺と大泉は一緒になって通学路を歩いていた。

いや、歩いていたのは俺だけかもしれない。

大泉はスキップをして本当に愉快そうだ。

なんでそこまでバカっぽ………いや能天気なのか、俺は問いただしてみた。

「え?だってそりゃ夏休みだろ?そら、愉快な気分になるのは当たり前ってことよ。

十文字、お前は休みが嫌いなのか?」

「んなわけないだろ。ただお前の場合、浮かれすぎなんだよ」

「これくらいが丁度いいんだよ。高校生のうちからブルーな気分を浸ってるなんて、中学生気分抜けてないんじゃないか?

黄昏てて、かっこいいやつってのは限られているもんだぞ。高校生は大人一歩手前って言ってもまだまだ子供なんだ、

年相応にだな………」

「はいはい、わかったよ」

なんでただただ宿題の事を考えていただけなのに、夏休みのスケジュールのすの字も考えていないことをわざわざえばられなきゃならんのか

俺はひたすら詰問し通したかったが、暖簾に腕押しだろうという結果は目に見えていたので、折れることを選択した。


 うちの親は妹に溺愛していて、兄である俺の事は二の次のように思えた、なので俺は外れの高校にいかされ、また一人暮らしをさせられたのかと疑わざるを得ないくらいだ。

だが、あの家の雰囲気を味わうくらいなら、まだ一人暮らしで隔離されていた方がましだ。

しかし、妹の桜だけは俺の味方であり、一人暮らしで旅立つ日、親は当然見送りにも来なかったが、妹はわざわざ駅にまでついてきて

「お兄ちゃん、頑張ってね」

とほほえまし気な笑顔に加えて、ガッツポーズを俺に送ってくれた。

電車から見えて、段々俺から遠ざかっていく駅、その中でずっと桜が手を振っている姿が見えた。

そんな家族構成、俺は桜がいなければとっくにぐれて不良にでもなってたかもしれない。

まずまず桜が生まれる前から俺の家族内カーストは低かった、ペットのノラよりも。

両親は女の子が欲しかったらしい。

だから俺への態度はごんきつねに対する兵十さながらだった。

しかし、生活基準の最低限は確保してくれたので、そこまで俺としても両親を悪くも言えず

結果中々に心の芯を作れたように思うし、家から相当離れているといえど、そこそこにいい高校に入ることもできた(ここよりも近くていい高校もあったがそれは却下された

相当に俺を家から遠ざけたかったのがわかる)

そして一人暮らしの住居というのも、駅も近く、だが電車の音は聞こえないくらいの丁度いい距離。

高校からも徒歩十分ほど。

また飯屋、コンビニ、スーパー、ショッピングモールと施設も充実。

牛丼屋のチェーンはそれぞれ種類別に三個もあった。

俺は炊事をする方なので試験期間中くらいしか利用はしない。

郊外と言ってもさすがに都会、治安も悪くないし、暮らしやすいと言えた。

さて、ここの角を曲がるともう俺の家だ、が。

「なぜおまえがついてくる」

とっくに別れるスポットは過ぎているのに、あろうことか俺の後ろにストーキングしてくるものが一人。

能天気なお気楽屋、大泉。

間の抜けた顔をして、これまた一拍間を開けたのちに、ぽかんと開けた口は、動き始めた。

「え、ああ。いいじゃん。お前、一人暮らししてるんだろ?一度行ってみたかったんだよなぁ。夏休み初日なんだし、別にそんなピリピリするなよ。

それともなにか?友達一人急に訪れてはまずいものでも隠してるのか?安心しろ、俺だって男だ。

そんなAVの一本、二本。出てきたところで一々騒がねえよ。さっき高校生はまだまだガキと言ったが、そこまで幼稚ではないつもりだ」

ここまでまくしたてられたらもう閉口するしかない。

まあ確かに見られて困るといったものはない。

俺は突然の訪問者に対して、事なかれと門戸を開放することにした。


 「へー、アパートか」

電柱よりも低いこの二階建てのアパート、わざわざ見上げるほどでもないと思うが大泉は大げさに目の上に手をかざし、感嘆の吐息を漏らした。

俺は奴を無視して、先へ進む。

「ここがロビーか」

「一々うるせえよ」

俺は我慢できずにそう言った。

「ん、ポストを開けてるのか?」

しかし奴は全くこたえず、というか聞いてないらしかった。

俺はまたもや無視する。

すると、手に感触。

「ん、1通来てるのか」

「お前は俺のスポークスマンかよ」

「どれどれ」

「おい、勝手にとるな!」

「ん、差出人不明、匿名発送、か?へえ、見知らぬ者からのラブレターだったりして」

「だから漁るなって!」

と俺は言いつつも、大泉が止まらないことは知っていた。

人間、理性というものがあるし、それに賭けたのだが、無から有は生み出せないようだった。

この世の無常さに一人嘆いていると

「えっ!?なんだこれ!?おい、十文字!?」

「………なんだよ」

また無視しようと思ったが、大泉の迫真の形相を見るに、そういう態度は取れないと悟った。

まさか本当にラブレター?

「ほら、これ」

大泉は手紙を手渡してくる。

見てみると、それは簡素に、またA5の用紙のど真ん中、孤高にそれはインクで刻まれていた。


「お前を殺す」


そう、これが俺の人生での一番の波乱をもたらすきっかけとなるものだった。



 「……ふん、くだらん」

俺は宛先を見てみる。

「冷静、なんだな」

「当たり前だ。こんな脅迫される覚えもない。おそらく、これは郵送係のミスだろう。多分宛先は俺じゃないは………」

「どうした?」

「………」

無言でそれを手渡す。

それを見た大泉の顔はみるみると青ざめていく。

「………これ警察に訴えた方がいいんじゃねえか?」

「いや、匿名発送で、しかもこの文字を見る限り、デジタルによるものだろう。この手際、指紋も残ってるはずがない。

それに警察は事件が起こってからじゃないと動けないんだ、行くだけ無駄だよ」

「で、でもよぉ。俺は心配だ。気休めでもいいから行っとけよ」

「………大泉、お前案外臆病者なんだな」

「いや、だって、殺害予告だぜ?俺だって友人がこれをきっかけに死んだとかになったら夜もゆっくり眠れねえよ」

動揺する友人に俺は両肩に手を添えて

「大丈夫だ、本当に殺したい奴ならこんなことをする前にさっきの帰宅路にさっさと俺を刺していることだろう。

予告って言っても時刻も場所も指し示してない。結局は口だけ言ってる臆病者ってことさ、もしこの手紙を送った奴が俺の前に現れたとしよう。

そんな臆病者の手に俺は決して殺されたりしないさ」

と多少大げさにいう事で、気を落ち着かせた。

「で、でもよぉ。凶器とか持ってたりしたら」

まぁそこなんだよな。しかし、これ以上友人に気の毒な思いをさせるわけにはいかない。

「大丈夫、これでも一人暮らし勢、催涙スプレーの一つや二つは持ってるさ」

「マジか、そりゃ凄い。じゃあ安心だな」

ようやく大泉は落ち着いてようで、途端にお気楽な調子に戻り

「じゃあ一人暮らし部屋ツアー、行こうぜ!」

と俺の部屋も知らないのに先立って二階の階段を上っていった。

まあ、俺の部屋は二階なんだが。


 俺は一人になって少しこの手紙を眺めてみた。

さっきは大泉を落ち着かせるために強気の姿勢で言ったが、やはり気になる。

指紋の如何はどうなのだろうかと少し期待をかけてみる。

が、調べていくうちにそれは無謀な行為ということが明らかになった。

夏の湿気にあおられていて、封筒と手紙は少ししおれていた。

これでは指の油もおちきってるに違いない。

他にはどうかと、色々紙をこねくり回してみたが、やはり手掛かりと言えるものは何もなかった。

一体誰がこんなのを………。

これに尽きた。

呆然とたたずむ。

冷や汗が首筋をつたう。

だが、悩んでいてもしょうがない。

明日、妹にでも来てもらって慰めてもらおうか。

いやいや、そんなシスコン風情でどうする。

あいつは妹、俺は兄。

そう、年下の妹分にいらぬ心労をかけさせるわけにはいかない。

「どうしたかえ、十文字君。なにやらポストの事で友人と話し込んでいたみたいだが?」

とロビーに併設しているオーナー室からアパートの管理人が窓際に腕をかけてそう尋ねてきた。

「いえ、何でもないんです、ただ変な手紙をもらったってだけで」

「ふむ、みせてごらん」

と手を差し出してくるので、俺はそれを手渡した。

「むむ、これは不気味だのう。やれやれ、最近は狂った輩が多い。闇バイトやらハッキングやら………。どうせこんな殺害予告をするものなど大したことはない。

安心せい。もし十文字君が襲われようという時にはわしがすぐさま駆け付けるからのう!わっはっは!」

豪快にそう笑う管理人。

歳はもう五十路越えと言ったところだろうか。

しかし歳には劣らず、精力的で、とてもいい人だ。

一人暮らしの初めの頃はこの人に大分お世話になった。

それ故、信頼できる人物からのその一言はとても心が軽くなるに値した。

「まぁ、それにもともとこのマンションはセキュリティーがあるからのう。わしがかけつける前にことは決着してるかもしれん。

まぁそうといってもじゃ。流石に不安じゃろう、この手紙」

「まあ、はい。多少は」

「ちょっとまっとれい」

と言って管理人はオーナー室の奥に引っ込んでいった。

なんだろう。


しばらくして、管理人は戻ってきた。

「はい、これ」

と言って渡されたのは二枚の紙。

一つは例の殺害予告の物、もう一つは達筆に管理人の名前と思われるものが書かれている封筒だった。

「なんですかこれ」

「わしの紹介文じゃ。この丘の上の林に囲まれたところに神社があるのは知ってるじゃろう」

「ええ、まあ」

あるのは知っているが、

年越しの時に行こうかと思ってるくらいで、丘を越えるにも労力がいるし、ショッピングモールの道すがら、見かけるだけで中に入ったことはなかった。

「そこの神社の神主とわしは旧友でのう。この手紙、焼き払ってもらってきなさい。ついでにお祓いもしてもらいなさい。それで少々気も休まることじゃろう」

「え、いいんですか!?」

「勿論。悩める若者を生み出す手紙など焼かれるがふさわしい。紹介文ってことで払いはわしに当てるから、手ぶらでふらりといつでも行ってきなさい。

さっき聞き耳を立てた所、夏休みなんじゃろう?」

「あ、ありがとうございます」

「いいんじゃよ。じゃあ、わしはドラマ見るから」

と言って、窓を閉められ、中で管理人がオーナー室のテレビをつけているのがみえる。

「おーい、何してんだよ。てか部屋はどこだよ!」

ここまでに十分ほどあったと思うのだが、なぜか今の今までずっと上の階にいた大泉が階段から顔をのぞかせてくる。

「805号室だ」

俺は冷静に答える。

「お、そうか。でも全部の部屋にカギがかかってたぞ!早く上に来い!」

ま、まさかこいつ、二階の部屋全部扉をガチャガチャと言わせてたのか…?

これはお気楽というより、ただのあほだ。

溜息をしつつ、俺は階段を上った。


 二階に上がると、いつもながらに中々にいい眺めだった。

「結構風強いなここ」

「そりゃ高いところだからな」

と雑談をしながら歩いていた時だった。

805号室の手前に差し掛かった時、突如として804号室の扉が開いた。

扉を開いたのと同時に、ボサボサ髪の俺よりも少し背の小さいパジャマ姿の女が飛び足してきた。

顔には嫌悪の色。

俺たち二人を視認するや否や、舌打ちをしながら

「………ちっ、あんたなの?十文字、扉をガチャガチャと言わせてたのは」

とどすの利いた声でそう言ってくる。

一応こいつとは面識があって、同じ高校のクラスメイト、なのだがお隣同士の関係上にもかかわらずあまり俺と親しくしようという気はないようなちょっと不愛想な女だった。

「んなわけないだろ、この隣にいるアホがやったんだ。一応こいつも鴨坂高校だぞ」

「こんなやついたかしら?」

「あっ、俺はお前知ってるぞ!大阪三春だろう!」

「な、なんで知ってんのよ」

初対面にもかかわらず、ずけずけと物申す大泉に肝を抜かれたのか、大阪にしては動揺している風の答えだった。

「陸上部に生きのいい一年生が入ったって噂だったからな!かっかっか、こんな形でご対面できるとは。それにしてもいい格好してるなぁ!ポケモンのパジャマか、それ」

と大泉が無遠慮に服に向けて指を指し示すと、咄嗟に覆うものもないのに体をかばうような仕草をしてみせ、元々に切れ味鋭いつり目を余計にとがらせて

また口もやわらげることを知らなかった。

「あのね!あんたさっきから目線がいやらしいのよ!死ね、豚!」

「おいおい、それは言い過ぎだろう」

「いいんだよ、十文字。俺も少しこの女には申し立てのつかない貸しがあることだしな」

「……あんたとはこれで初対面のはずよ…」

「って言ってるが」

と、大泉に目線を送ってみる。

すると、男の俺でも引くようなエロい眼つきで、片手で顔の前に合唱をしてみせて、大泉は

「へへっ、ちょっとばかし、陸上部の姿を取らせていただいたんでございやして…いやーあれは儲かった儲かった!はっはっは!」

冗談交じりで言えば、通用すると思ったその大胆な大泉の言動。

だが、この三か月、大阪と多少の付き合いがあった俺ならわかっていたことだったが、

当然ながら、それはまかり通らず、大泉の体は途端に後ろに吹っ飛んでいった。

「ぶほっ!」

「ふざけんなっ!死ねっ!」

前方に足を突き出しただけで、そこそこに大きい大泉の巨体はその衝撃で吹っ飛んだらしく、その事実を理解した時にはもう既に

大阪は部屋に戻っていた、荒い扉を閉める音を残して。

気絶してるのだろうか、ぴくぴくと動かない大泉を俺はおんぶして抱き起こし、この騒動を周りの住民が気付く前に、俺は部屋へと滑り込んだ。


 「ごくごく、ぷはーっ!生き返ったぜ、ありがとさん。しっかしなんて女だい!大阪三春!

あんなナイスボディをしているのに、心はベリーバッドとはお気の毒でい!」

と水を飲ませると、まさしく水を得た魚のように一気に大阪の悪口をまくしたてる大泉。

すると

「ドン!」

と右となりから壁ドンの音が飛んできた。

「聞こえてますってよ。もうやめとけ。あと普通に盗撮はよくないぞ」

とたしなめてやる。

「ああ、そ、そうだな。足を洗うよ。まぁじめじめと陰口をたたいても始まらねえもんな。あの暴力で立場はイーブンのはずだ。よし、これからはもっと踏み込んで大阪と話していこう!」

あれ以上踏み込んでどうするんだ、と少し思ったがそれは口に出さないで置いた。

そこで閃く俺。

「ん、足を洗う、か。なるほど、大泉、お前、これから一緒に神社にでも行かないか?そのけがれきった心、洗い流してもらえ」

「な、なにおう!別にけがれてなんかねえよ。まぁいいけどよ。お前の部屋、案外なんもないことだし」

「まあな。ごみごみといろんなものを置いてあったら、まともに落ち着いて勉強もできないからな」

「へー、まっじめ」

「いや、お前が不真面目すぎるだけだ」

「ふーん、でお前は何の用事があって神社に行くんだ?」

「いや、まあこの紙を焼き払ってもらうついでお祓いにでもってな」

「そりゃあいいな。うん、そりゃあいい。じゃあ早速行こうぜ」

全く、騒ぐか、気絶するかの二択のような奴だ。

とうとう俺は腰を上げる前に、大泉は俺の部屋から抜け出していた。


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